夢小説 | ナノ




22:狐の願い

もしかしたらと、思うことがある。
涙を流したままみょうじは言った。

みょうじが室町に飛んだのは、十四歳の夏休み。台風が上陸して、酷い雷雨の夜だったという。
そしてこちらに戻って来たのも十四歳の雷雨の夜。

だったら、みょうじはまた最初と同じ日に室町に飛ぶのではないか?
私もその時に、一緒に戻れるのではないか?


「…勿論、保証はないし、今度こそ僕は死んでしまうのかもしれないけど、」


少しくらい期待してみても、いいのではないか?
私を気遣ってかそう意見を出したみょうじの表情は、形だけの笑みを作っていて、瞳には涙だけでなく諦めの色が滲んでいた。


「みょうじ…」


ずくりと胸が痛む。
何年も待ち望んだ故郷に帰って来たというのに、待っているのは死か、再び室町に飛ぶしかないなんて。
自分がもしそういう状況に立たされたら。三郎には想像も出来なかった。


「みょうじ…いや、なまえ」


名前を、呼んだ。なまえはぱちりと瞬きをした。涙が一筋、こぼれ落ちる。
ぎしりと音をたててベッドに登る。上半身のみを起こしているなまえを跨ぎ、顔を無理やり自分の方に固定する。


「ここにいられないなら、一緒に帰ろう」
「…帰る場所なんて、どこにも…」
「私がずっと、側にいるから…!」


ぽたり、となまえの顔に水滴が落ちる。なまえの顔はゆっくりと驚きの表情に変わって行く。悲愴な面持ちよりも、そっちのほうが断然良い。


「知らないことも分からないことも私が全部教えてやる。出来ないことは出来るようになるまで付きやってやる。寂しいなら話を聞いてやるし、泣きたいなら胸を貸してやる。だから、」


ぽた、ぽた。
こちらに来てから涙腺が緩くなってしまったらしい。
とめどなく落ちる涙を止めることは難しく、また三郎は止めるつもりもなかった。


「だから、そんな…死んでもいいみたいな顔するな…!」


戦場で、敵陣で。
なまえと同じ表情を見たことがある。
それはどれも追い詰められ、打つ手がない時に浮かべる表情だった。


「ひっ、うっ…ぁ、ぁああぁあ…」




嗚咽を漏らすなまえを、宣言通り自分の胸に抱き寄せると、背中に強くなまえの腕が縋りついた。
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