夢小説 | ナノ




14:孤独な狐

「えっとね、これが、日本。僕の両親は、ここ…ドイツに、いるよ」


私がこちらに迷い込んで十日ほどが経った。
みょうじの両親はどこにいるのかと聞くと、みょうじは「ぱそこん」という箱を操作して地図を見せてくれた。その地図によると私達のいる「国」は日本というらしい。そして私達は日本人だという。今まで自分が見てきたものと少しだけ違うが、みょうじが昔の地図だと言って馴染みのある地名がたくさん載っている地図を並べてくれたのでなんとか理解できた。
日本は島国なので、ドイツには海を渡って行かなければならない。船で行くのかと聞くと「ひこうき」という乗り物を使うという。続けて見せて貰った飛行機の写真に驚きを隠せなかった。

何もかも、私のいた時代とは違うのだと実感した。
結局こちらにきてからはずっとみょうじの後ろを付いて行っている。みょうじが視界から消えるだけでとても不安でたまらない。
ちょっとした用でみょうじの姿が見えない時は、いつも玄関を見ている。みょうじが私を置いて出かけてしまわないように。
ここのみょうじは金持ちらしい。親が共働きだからだという。だから金の心配はしなくていいと言ってくれたが、金があるということはここ以外にも家を持っているかもしれない。
もしも喧嘩でもしてみょうじに見捨てられれば、私はたちまち野垂れ死んでしまうだろう。むこうでのみょうじと私の関係を思い出せば、可能性はなくなかった。

居候させてもらっている身で、出来ることはないかと模索した結果、少しずつ家事を手伝うことにした。
何故か申し訳なさそうにしているみょうじに色々と勝手を聞き、むこうと大して変わらない風呂掃除と、料理の手伝いをすることにした。
手伝いと言えば、そういえば不思議なことがあるのだが、冷蔵庫という小さな倉庫には食材を入れてある。その食材が、いつの間にか増えていることがあるのだ。
この時代では食材も自動的に補充されるのだろうか?
勝手に洗われる食器や洗濯物を思い出して、こちらは便利だなぁと頷いた。








結局、ベッドとその部屋は元の持ち主であるみょうじに返し、三郎は客間を使わせて貰うことになった。客間には襖があり、畳も敷いてあって、少しだけ落ち着く。
その夜も、いつも通りみょうじに「おやすみ」を言って布団に入った。

真夜中に、三郎は目を覚ました。喉の渇きを覚え、水を飲もうと起き上がるとなにやらごそごそという物音がする。
こんな夜中に何をしているのだろうか。
疑問に思い、少しだけ襖を開けるとしゃがんでいるみょうじの姿が見えた。みょうじは寝る前とは違う服を着ていて、大きな鞄が床に置いてあった。

よく見ると、みょうじがしゃがんでいるのは玄関ではないか?
もしかして、今、みょうじは靴を履いているのでは…?
そしてみょうじは私が止める間もなく扉を開け、


「――――みょうじ、」


掠れた声が届く前に扉が閉まり、最後にピッという高い音がした。
今の音には覚えがある。前にみょうじと外出した時に聞いた音だ。外に出ると鳴る音。つまりみょうじはひとりで出かけてしまったということで、


「……みょうじ、みょうじ…」


どこに行った?何をしに行った。どの位で帰ってくる?
――そもそも、帰ってくるのか?

ぐるぐると思考が渦巻く。ああ、混乱していると自覚しながら、それでも落ち着くことは出来なかった。
ふらふらと立ち上がり、みょうじが出て行ってしまった玄関に座り込む。
今、飛び出せばみょうじに追いつくだろうか。
しかし、もしもみょうじがタクシーを使って移動したら?
金を持っていない私は追いかけることは出来ない。そしてこの扉は一度閉まるとみょうじがいなければ決して開かない。戻れなく、なる。
そう考えると闇雲に飛び出すことなんて出来なかった。



真っ暗な部屋の中。
いつかの路地裏と同じように、三郎は一人で体を抱きしめた。
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