夢小説 | ナノ




10:狐の認識修正

「……これ、は?」
「あ、朝ごはん…です……」


朝、起きて一瞬ここがどこだか分からなかった。
知らない天井を見て、自分が寝ている上等な布団を見て、やっと思い出した。
正直、目が覚めたら夢だった、という展開を望んでいなかったと言ったらウソになる。しかしそんな都合のいいことが起こるはずもなく。

疲労を感じながら起き上がり、部屋から出る。みょうじはもう起きているだろうか。
そんな三郎の目に映ったのは食堂の朝食を完璧に再現したかのような食事だった。白米に味噌汁、卵焼きにほうれん草のお浸し。主菜は焼き魚だ。思わず昨晩と同じようなことを聞いてしまい、みょうじがあわあわしながら見たまんまのことを答えた。その後に小さく、魚は嫌いかと問われ、慌てて首を振った。
昨日と同じく席に着き、食事を始める。無言の時間が続き、食べ終わり、そこでみょうじが遠慮がちに聞いてきた。


「あ、あのね、鉢屋…嫌いな食べ物とか、あれば……」
「好き嫌いか?いや、特には……」
「そ、そっか。よかった…」
「……ああ、昨日も今も、美味かったよ」


嘘ではなかった。
食堂のおばちゃんのご飯と並べても遜色ないくらいには料理上手だと思った。
三郎が感想を述べるとみょうじは一拍遅れて、


「あっ…ありがとう……」


はにかんだ。
もう一度言う。はにかんだ。

いつも三郎が見るみょうじの表情と言えば、怯えているか泣いているかなので、何だか少しだけ、ほんのちょっぴりだけ、妙な気分になってしまった。













「これは、何だ」
「これは、冷蔵庫って、言って、食材を冷やすもの。こっちの扉は、冷凍庫。凍らせてあるものを、入れるよ」

「食器の洗い方は変わらないのか?」
「食器は、この箱に、入れて、ここを押せば、自動的に洗える、から」

「昨日灯りを消しただろう。どうやったんだ」
「電気は、これを、押すと、つくよ。もう一度押せば、消える」

「昨日、私を追いかけていた男たちは何だ」
「昨日の、男の人たちは、警察って言って、岡っ引きみたいな…感じ、で、悪い人や、怪しい人を調べる、よ」
「怪しい人…」
「あっ、あの、着物は、ここでは一般的じゃないし、忍装束だったし、その、鉢屋は刃物を持っていたから…!」
「いや、いい。分かったから。そんな必死にフォローしてくれなくても大丈夫だ」

「そいつらが乗っていた鉄の塊はなんだ」
「鉄の塊?え、えっと…?」
「昨日私たちも乗っただろう。すごい速さで動く乗り物だ」
「ああ、車。車は、駕籠の絡繰りみたいなもの、かな。危ないから、車の前に出ないで、ね」

「みょうじが持っていた絡繰りはなんだ?途中で置いて帰ってしまったが」
「あれは、自転車っていって、馬の絡繰り版…かな」


暇を持て余して、あれはなんだこれは何だとひっきりなしに尋ねる私に、嫌な顔をすることなくみょうじは説明してくれた。
口で答えるだけでなく、ふでぺんとやらで文字でも示してくれるというサービスっぷりに驚くばかりだ。
試しにと勧められ、使ってみたが、小筆とそう変わらずに扱うことができた。
すごいなこれ。蓋をすれば持ち運びも楽だし、手も汚れないし。めちゃくちゃ欲しい。

私がふでぺんに目を輝かせていると、みょうじが「すごいね」と呟いた。


「鉢屋は、すごいね。もう、こんなに、落ち着いて、いて。ぼ、僕が室町に行った時は、もっと色々、その。取り乱して、落ち着くのに、何年もかかった、よ」


だから、鉢屋はすごいね、と。
心底自分が恥ずかしいとでも言いたいような表情をするみょうじを見て。
ああ、コイツはずっと独りで戦ってたんだなと思った。

世間知らずなのは、当り前で。
こんな便利な絡繰りに囲まれて生活していて。
夜も明るくて、上等な布団で寝ていて。

そこから一気に、不便な生活を余儀なくされたのだ。

握っていたふでぺんを、机に置き。代わりにみょうじの手を取った。
昨日の夜、私が不安でずっと握っていたのを、強く強く握ってくれていた、手を。


「すごいだなんて、そんなことないさ。本当はまだ少し、混乱しているし。でも、そうだな。私にはみょうじがいるだろう?こちらの生活に慣れていて、私を気遣ってくれる、みょうじがいる。だから、私は落ち着いていられるんだと思う」
「……そ…う…?」
「ああ、そうさ」
「……そっ、か」


本日二回目のはにかみをいただきました。
ちょっとだけ、愚図で鈍間だとバカにしていたみょうじを好きになった。

気が、する。
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