夢小説 | ナノ




番外編02:毒虫と激励

「あー!ジュンコがいるぅ〜!」


委員会の途中で喜三太が言った言葉に顔を上げた。見ると喜三太が木の上を指さしている。平太としんべヱも上を見上げている。つられるように視線を上に向けると確かに三年の伊賀崎が飼っている毒蝮のジュンコがいた。枝の上で気持ちよさそうに昼寝をしている。


「先輩、どうしますか?」
「何が?」
「ジュンコ、脱走したんじゃ…」
「伊賀崎先輩、きっと探してますよぅ」
「富松先輩も今日はいないし…」


どうしようどうしようと群がってくる一年生に、なまえは綺麗に微笑みながら、


「そんなの、知ったこっちゃぁないよ」
「こらこらこら!」


会話が聞こえていたらしい食満先輩に突っ込みを入れられる。解せぬ。
迷子は飼い主の責任ですよ。本人も言ってましたし。


「そりゃあ…まあ、そうだが。なまえは先輩なんだから、もうちょっと後輩に優しく出来ないか?」
「…………」
「い、いや、別になまえが冷たいとかそういう意味じゃないんだ。ただ、少しばかり厳しいかなーって思ってだな…!」


無言でじっと見つめるとあわあわしている食満先輩。
面白くてしばらくからかってしまったので、反省も込めてジュンコを生物委員会までデリバリーします。頭巾でジュンコを包み、飼育小屋を目指す。
飼育小屋の前で市松模様を四つ発見。一年生しかいないことに些か以上の不安を覚えるが、仕方ない。突撃。


「あ!四年ろ組のみょうじなまえ先輩だ!」
「え?学園一女顔のみょうじなまえ先輩?」
「ホントだ!用具委員会所属のみょうじなまえ先輩だー」
「こんにちは、女装の成績が一番のみょうじなまえ先輩!」
「はいはいこんにちわ、これどうぞ、それじゃあさようなら」
「早っ!」
「待ってえええぇぇぇえぇぇええ!」
「僕たち困ってるんです!」
「助けてくださぁあああい!」
「チッ」


あからさまに困ってる様子だったから上ノ島にジュンコを押しつけて離脱しようと思ったのに。無駄に実戦経験だけは豊富な夢前と佐武に阻まれてしまった。すかさず他の二人が抱きついてくる。何だこの連携プレイ。見た目よりは力も筋肉もあるけど、さすがに一年生を四人もくっつけて歩けない。仕方なしに事情を聴くことにした。


「実は、伊賀崎先輩の…」
「あ、それは私の管轄外だ。竹谷先輩はどこ?」
「竹谷先輩、学外実習でいないんです…」


なんて役立たずな…。
私は虫はあまり好きじゃないし、三年生とは折り合いが悪いというのに。


「伊賀崎先輩の飼っていたペットの、毒蛙のきみ助が死んじゃったんです」
「死因は?」
「脱走して、一年生に踏まれてしまったみたいで…」
「それで、伊賀崎先輩、すごく落ち込んでしまって…」
「お墓の前から動かないんです!」
「僕たち心配で…」
「お願いですみょうじ先輩!伊賀崎先輩を励ましてください!」


これはまた苦手分野が来たな。私は人を励ますのが大変不得手である。
しかしながらこの様子だと断るのも一苦労しそうだ。不本意ではあるが、一度励ましてみて「ダメでした、他をあたってね」というしかなさそうだ。
目をキラッキラさせている夢前に伊賀崎の居場所を聞き出し、向かう。私はただジュンコを届けに来ただけなのに。似合わないことをするもんじゃないな、とため息をひとつ。





「……いた。」


こんもりと盛り上がった土と線香が焚かれ、その前で体操座りをしている伊賀崎。その顔は膝に押し付けられていて、泣いているのはどうかは判別できない。
わざと足音をたてながら近付くと伊賀崎はぴくりと反応した。少し離れた所に陣どり、木の幹に体重を預ける。


「よう」
「…みょうじ先輩?」


出てきた声は意外そうだった。まあそうだろう。私と伊賀崎はびっくりするくらい接点がない。あるとしたらあの一件くらいか。
さて何と言って励ますかと今更考えていると、伊賀崎から話しかけられる。


「…何しに来たんですか」
「一年たちに励まして欲しいと頼まれたから」
「……そうですか」
「うん」
「…………」


再び、沈黙。
ううん、励ましの言葉が一切浮かんでこない。というか接点がないから人となりがよくわかんない。これが作だったらあの手この手で翻弄した後に「うーそ☆」とか言って励ますのに。
沈黙を破ったのは、また伊賀崎だった。


「…きみ助は、まだ若い蛙だったんです」
「へえ」
「……もしも、僕が飼ったりせずに野生で育っていたら。…きみ助はもっと生きられたでしょうか」
「……は?」


予想外の質問に思わず地の声が出た。何だ、何を落ち込んでいるのかと思ったら。


「たらればを考えるのは、意味がないよ」
「そんなことは、分かってます!でも、でも!考えずにはいられないんです!」
「その蛙、一年生に踏まれたんだって?一年生って言えば、忍たまといえどもただの子供とほとんど変わらない。そんな子供に踏み潰されるようじゃ、野生でもすぐに死んでたと思うけど」
「…そんな言い方…!」
「事実でしょ。それに、その蛙がまだ若かったっていうけど。蛙になってるってことは十分生きてたんじゃないの?そもそも蛙と人間は寿命が違うんだから、体感時間も違うでしょ。こっちからすればほんの数日でも、そいつからすれば何年、何十年の域でしょ。それを『もっと生きられたんじゃないか』なんて考えること自体ナンセンスだよ」
「………」
「人だって多くが二十年も生きられずにボロボロ死んでいくんだし。大往生したんじゃないの?餌だって何もせずに与えられて、綺麗な寝床を貰って。隠居生活なんじゃん?」
「そう…でしょうか」
「そうだよ、きっとそう。羨ましいよね。いつかそんな生活してみたいもんだね」


飼われるなんてごめんだけど。
さすがにそれは言わない。空気を読む。
何やら考え込んでいる伊賀崎に、とりあえず義理は果たしただろうと一声かけて行く。


「それじゃあ、私はもう行くけど。今日は竹谷先輩はいないんでしょう?一年生も、他のペット達も待ってると思うけど」


よし、任務完了。
これくらい会話すれば「励ました」と言えるだろう。さっさと一年達に報告して部屋に戻ろう。
歩きだした私が嫌な気配を感じた直後、


「みょうじ先輩…っ」
「うぐ!」


伊賀崎が腰にタックルかましてくれやがりました。咄嗟に足を踏ん張ったので転ばなかったけど、どんな勢いで突っ込んできてんの。っていうか何故抱きついてきたし。
振り返って訝しげに伊賀崎を見ると、何故か伊賀崎くんは涙目でした。なんでやねん。


「みょうじ先輩…!僕、感動しました!」
「はあ?」
「みょうじ先輩は苛烈で冷酷で非人道的な人間だと思っていたけど、」
「オイ」
「でも、それは僕の勘違いでした!先輩は、僕の毒虫たちの気持ちを考えられる、とても心優しいお方だったんですね!」
「…うん?」
「その上、死んだきみ助だけじゃなくて他のペットたちのことも考えてくれるなんて…感激です!」
「……う、うん。ヨカッタネ」
「はい!」


「僕、委員会に行ってきます!死んだきみ助の分まで、他の子たちを可愛がりますから!」とキラキラしい顔をして駆けて行った伊賀崎。こっちは置いてきぼりである。
まあ、良く分からんがさっきの私の言葉の中に何か琴線に触れるような言葉があったんだろう。結果的に元気になったようだし、良しとする。
ふうと一息ついて空を見上げる。随分時間をくってしまった。さっさと部屋に帰ろう。





ちなみに飼育小屋で一年生からジュンコを受け取り、経緯を聞いた孫兵が、「ジュンコにまで気にかけてくれるなんて…!」となまえに対する好感度を人知れず上げて行くのだった。


孫兵と夢主のお話。
内心「蛙が死んだくらいで…」と思いつつ、思ったことを口にする夢主。後々綾部と「あんなに大事なら脱走させなければいいのにねー」「ねー」という会話をする。
そして後日、竹谷と富松が孫兵から突然夢主の話題を出されて「!?」ってなる。

ちなみに毒蛙のきみ助は創作です。
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