夢小説 | ナノ




03:行方不明と神隠し

『か え り た い』
『か  え り た    い』
『 つ れて か え っ  て』


――どこに帰りたいの?


『が く   え ん  』
『   が く え ん 』
『 にん じゅつ が く え  ん』



――どこにいるの?


『か   え り  た  い   』
『 つれ て  か え  っ  て』



――どこにいるのか分かんないと連れて帰れないよ







『 だ っ  た ら 、   』










「なまえ、なまえ。もう朝だよ」
「う、ん?ぅあー…おはよー」
「おはよう。さあ急いで着替えないと朝ごはん食べ損ねるよ」
「おうふ」












「珍しいね、なまえが寝坊だなんて」
「なー」


味噌汁を片手に藤内が言い、三之助が同意した。藤内の横に座っていた数馬もうんうんと頷いている。同じテーブルに着いていた作兵衛が心配そうに言った。


「具合でも悪いのか?」
「悪くないよ」
「寝坊した割には眠そうだな!夜更かしでもしたのか?」
「いやーなかなか眠れなかっただけ」
「寝つきが悪いの?」
「んー…いや、ちょっとうるさくて」
「え!?孫兵いびきかくの!?」
「それとも歯ぎしりか?」
「寝言という可能性もあるな」
「失礼な。僕はそんなことはしない」
「分かんねえぞ?自分はそう思ってても実は…ってことも」
「いやいや。孫兵はものすごく静かに寝るよね。寝相もいいし」
「それじゃあ、何が原因なの?」

「……迷子?」
「…………」

「えー何でみんな俺と左門見んの?」
「なまえに迷惑かけた覚えはないぞ?」
「昨日は大人しく寝てたよなお前ら」
「というか、僕は特に何も聞かなかったぞ」
「あれじゃない?普段は気にならない些細な音が気になっちゃってなかなか寝れないってやつ」
「あー風の音とか?」
「そうそう」


本人そっちのけで盛り上がり完結しかけているがなまえは気にする事なく食事をすすめ、「ご馳走様でした」と手を合わせた。
いつもと変わらない日常風景である。







「孫兵はいるか!」


他の皆も食事を終え、膳をおばちゃんに返そうと立つと少し慌てた様子の八左ヱ門が食堂に飛び込んできた。
突然のことに目をぱちくりとさせた孫兵は手に持っていた膳もそのままに八左ヱ門に近づいた。


「どうかしたんですか?」
「ああ、悪いけど今日の委員会に出れそうにないんだ。活動はいつもと変わらないから、一年たちを頼む」
「分かりました。でも珍しいですね、こんな突然に。忍務ですか?」
「いや、違う。なんていうか、まあ、実習みたいなもんだ。ああっと……みょうじ!」
「はい?」
「五年は今日全員外に出るから、兵助も来れないんだ。タカ丸さんに任せるのは不安だからよろしく頼むって、兵助が」
「そうですか。はい、分かりました」
「悪いな。兵助今手が離せなくて…俺ももう行かないと」
「委員会のことは任せてください。お気をつけて」
「いってらっしゃい〜」
「ああ!」


爽やかにニカッと笑い八左ヱ門は食堂を出て行った。
その姿を見送りながら、何だか今日は珍しいことが続くな、と孫兵は思った。










「五年生に行方不明者がいるらしいよ」


数馬がそう言ったのは三年のいろは合同の実技授業直前だった。
寒さを誤魔化す為の準備運動をしながら続きを促すと、「僕も詳しくは知らないんだけど」と前置きをして、


「実技の課題で、五年生に忍務をふり当てられたんだって。忍務自体はそんなに難しいものじゃなかったはずなのに、一人だけ帰ってきてない先輩がいるらしくて…」
「それで五年生総出で捜索ってことか」
「竹谷先輩が濁したのは僕らが不安がらないようにするためかな」
「多分ね」
「俺らも一応下級生だからなー」
「それにしても五年生がいないと孫兵となまえは委員会大変だね」
「上級生がいないもんな」
「火薬委員はタカ丸さんがいるだろ」
「いやあ…タカ丸さんは上級生にカウントされないだろ」
「藤内酷え」
「なまえもそう思うでしょ?…なまえ?」
「あれ?」


ぐるりと見回すが、先程までねむい〜とぼやいていたなまえの姿はどこにもいなかった。



















「どこにもいないな」
「ああ…この雪じゃ足跡も匂いも辿れないしな」
「せっかく忍犬連れてきたのになー」


はあ、とこぼしたため息は寒さの為に白く息となった。
忍術学園からは遠いと言っても良い森の中。八左ヱ門と三郎はここで途切れた同級生の足取りを求めていた。
生憎の雪で足跡も匂いも消えてしまい、忍犬は申し訳なさそうにしょんぼりとしている。八左ヱ門は励ますように可愛い相棒を撫でる。


「早く見つかるといいな」
「出来れば生きていて欲しいが…」
「希望は薄いが…ん?」


ぴくり、と耳を立てた忍犬に二人は動きを止める。ピクピクと耳をしきりに動かした後、八左ヱ門を見上げ短く吠える。


「何か見つけたのか」
「みたいだ。追わせるぞ」
「ああ」













「なあ、何か聞こえないか?」


途中で合流した兵助に言われ、耳を澄ますが三郎と八左ヱ門には何も感じられなかった。


「何かって何だよ」
「なんか…こう、何かを引きずるみたいな音」
「するか?そんな音」
「そう言われれば…」


ずる ずるり ずる ずる ずる…


三人で目を合わせた直後、視界の端に何かが写った。
鬱蒼と生い茂る木々の陰ではっきりとは見えなかったが、紺色の衣だったような気がする。


「今誰かいなかったか!?」
「もしかして…」


瞬間、忍犬が短く吠えて駆け出した。慌ててその後を追う。そのまま忍犬は駆けて行ってしまったが、何かを引きずった跡を辿れば問題ない。追いかける間も引きずるような音は止まず、走っているような感じはしないのに距離が一向に縮まらない。
焦り始めた時、開けた場所に出た。


「えっ…」


こぼしたのは誰だったか。その光景に三人は言葉を失った。
積もった雪に残る引きずられた跡。
その跡の先にいたのは小さな後輩だった。
萌黄色の制服に身を包み、うつ伏せで目を閉じたままの後輩は今もなお『何か』に引きずられていた。


ずる…ずる…


左腕を投げ出すように倒れている後輩はゆっくりと進んでいく。初めに行動を起こしたのは直属の先輩である兵助だった。


「っみょうじ!」


ぴたり。
動きの止まった後輩の元に走り寄った兵助はその身体を抱き上げた。


「おい、みょうじ!しっかりしろ、みょうじ!」
「兵助!」


兵助の声に正気を取り戻した八左ヱ門と三郎も駆け寄る。見たところ柔らかい雪の上だったおかげで外傷はないようだが、意識がないという点が心配だ。
ぺちぺちと頬を叩くと僅かに漏れる声。兵助が名前を呼び続けるとなまえはうっすらと瞼を開けた。


「久々知……せんぱい?」
「みょうじ!大丈夫か?」
「あれ…なんで先輩が…」
「それはこっちのセリフだ!何でお前がこんなところに…」
「あれ?」


どうやら自身の置かれた状況が分かっていない様子のなまえはきょろきょろしている。
なまえの目が目の前の兵助から八左ヱ門、三郎へと動く。
三人はアイコンタクトを取り、とりあえずこの場から離れ監督の先生方と合流することにした。


「とりあえず戻るぞ。みょうじ、怪我はないな?」
「はい。あの、自分で歩けます」
「いや、俺が背負って行った方が早い。乗ってくれ」


自分の襟巻をなまえに巻きつけながら兵助は未だ雪中に埋まったままのなまえの左腕を引っ張る。
思っていたよりも深く埋まっていたらしく、僅かな抵抗を感じる。そのままぐっと引き上げるとようやく左手が雪の中から出てきた。


「………あ?」


ずるりと出てきたなまえの左の手首。
そこには、誰のともしれない手が握られていた。


「え?え?何これ…」
「知るか!とりあえず剥がして掘り起こすぞ」









「確か、午後から三年の合同授業があって…準備運動してたんです。そこでふっと視界が真っ暗になって…」
「気づいたらあそこにいたのか」
「はい…」


見つかったのは探し人の五年生だった。
あちこちに傷があるところから、どうやらどこかの忍と出くわしてしまったようだった。そのまま殺され、証拠隠滅の為埋められたのだろう。


『どう思う、三郎』


学園までの帰り道、なまえを背負った兵助が三郎へ問いかける。兵助の背中ですうすうと寝息を立てているなまえに考慮したのか、それともその話の内容のためか矢羽音での
問いかけだった。


『どうもこうも、俄かには信じられん。これが本当ならホラーだぞ』
『そりゃそうだが、だったらあの手とか、引きずられた跡とか説明がつかないだろ?』
『抱き上げた時、みょうじの身体は温かかった。学園からここまであの薄着で来たのならもっと冷えているはずだ』
『そもそも下級生の足じゃあこんな短時間にここまで来れないだろ』
『誰かが運んだとか』
『誰かって誰だよ』


ヒュイヒュイと飛び交う矢羽音の音でなまえは目を覚ました。
背負った方が早く着くから、と兵助に負ぶってもらったはいいものの、そのぬくもりと眠気に耐え切れず寝てしまったようだった。既に夕日が出て、目の前にはもう学園の門が見えている。


「目が覚めたのか」
「はい。あの…すみません寝ちゃって……」
「気にするな」


降ろしてもらったなまえは兵助から借りた襟巻をお礼を述べながら返した。
そのなまえの視界に簡易担架が入った。恐らく先程見つかった先輩だろう。
無言でその担架を目で追っていると、兵助から頭を撫でられた。


「保健室に行くぞ。一応新野先生に診て頂こう」
「はい。あ…」
「どうした?」
「すみません久々知先輩。あの、委員会…」
「あっ」


委員長代理である兵助と他のメンバーの中で最も長く委員会に在籍しているなまえが抜けた今、三郎次だけが頼りだ。一年の伊助はともかく、四年のタカ丸は不安要素でしかない。
言われると急に心配になってきた。一応顧問である土井先生が何かしらしていてくれただろうが…。


「私が保健室まで連れて行くよ」
「三郎」
「ハチ、お前も委員会に顔を出したらどうだ?後は私が」


兵助は渋っていたがなまえ本人から委員会に出て欲しいと言われてしまったため行くことになった。
頼んだ、と三郎に声をかけてその場を去る。


「行くぞ」
「はい」


返事をしながらも、なまえはじっと担架を見つめていた。
その瞳に不思議な色が宿った気がして、三郎は息を飲んだ。


「――――――……」


「なにか、言ったか?」
「…いいえ」


なまえの手を取り、保健室へ向かう道。二人の間に会話はなかった。
なまえは歩きながらも未だ眠そうにしている。それを横目で見ながら、三郎は先程のなまえの言葉の意味を考える。


『帰ることが出来て良かったですね』
『だから』
『だからもう、僕を連れていかないでくださいね、先輩』






「……ガチでホラーかよ」




まさか。まさかな。そんな筈…ないよな。
半ば自分に言い聞かせながら、保健室の扉を開いた。
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