夢小説 | ナノ




12:体育と簪

突然だが、体育委員会のことを語らせてほしい。
七松先輩曰く、委員会の花形 。
その七松先輩が無尽蔵の体力を駆使してマラソンやらバレーやら塹壕堀やらをするため、三之助がよく死にそうになって帰ってくる。
そして体育委員会…っていうか七松先輩だな、もう。
七松先輩は破壊魔としても有名だ。いけどんアタックとやらで学園の備品を破壊するわ塹壕掘りまくって地面穴だらけにするわで、俺達用具委員会の苦労は絶えない。

そして今日も例外なく色々やらかしてくれたらしく、それだけならまあいつもと変わりないっていうか。
ああ今日はどこ壊したんですかもう、で終わりなんだが、今日は一味違った。


ボロボロに崩れ落ちた学園の城壁。
ボールが突っ込んだのか無残に割れてしまった長屋の戸。
蛇行しまくって迷路のようになっている塹壕。


「………………」


あああああああヤバイみょうじ先輩が超怒ってるぅううううううう!!
顔が整っているだけに無表情超怖えぇぇええええええ!!!
これ誰が収集つけるんだ!?
食満先輩か!?七松先輩か!?平先輩か!!?
誰でもいいから静めてくれ!!


「ほ、ほらお前ら!何か言うことあるんじゃないか?」
「すまん!」
「悪かった!」
「すみませんでした!」
「ごめんなさい!」
「許して下さい!」

「………………」


駄目だぁぁあああやっぱり駄目だったああああ!!
これからどんな恐ろしいことが起こるのか想像もできない。

あああ…きっとこれからトラウマになるような阿鼻叫喚な光景が待っているに違いない。
先生を呼んできた方が良いのか?
保健委員も要るか!?
どうしようとりあえず一年達は守らなきゃああでもマジギレのみょうじ先輩から俺が後輩を守ることが出来るのか誰か助けてくれそもそも何でこんなことになったんだ誰の所為だ七松先輩か畜生平先輩もしっかり見張っとけよああそうか三之助の手綱握るので精一杯かということは三之助が悪いのかいや待てもうよく分からなくなってきたうわああああああ。


「みょうじせんぱぁい」
「金吾のこと怒らないでくださぁい」
「僕達がんばってお仕事しますから!」

「………………むう」


一年達に縋られて、みょうじ先輩から発せられていた怒気のようなものがシュルシュルと窄んでいくのが分かった。
不満そうに頬を膨らませ俺に抱きついてくるみょうじ先輩。
頭に顎を乗せられて硬直する。もし下手に動いてみょうじ先輩の不興を買ったらと思うと動けない。


「…体育委員会も直すの手伝ってくれますか?」
「あ、ああ!勿論だ!」
「この平滝夜叉丸が責任を持って手伝わせる!」
「……じゃあいいです。気をつけてくださいよ、もう」


プンプンという表現が似合う怒り方になった所でようやく安堵する。ここまでくるともうほとんど怒っていないのだ。
みょうじ先輩が俺から離れて平先輩の元に行く寸前、


「怖がらせてごめんね、作」


耳元で囁かれて、自分の気持ちが筒抜けで恥ずかしいやら、気にかけて貰って嬉しいやら。











「…あっ」
「わっ」


作業を初めてしばらく。
なまえのマジギレを見てさすがの七松先輩もヤバイと思ったのか真面目に作業して下さっている。

そんな中三之助となまえが接触してしまった。
少し体が当たった程度だが、状況が悪い。
休憩中で、丁度なまえが富松の髪を結い直してやっている最中だった。なまえが持っていた富松の髪紐が乾燥中の漆喰の中に落ちてしまった。


「す、すみませんみょうじ先輩!」


真っ青になって謝る三之助は先程の悪夢のような状況が忘れられないのだろう。
髪を纏められている富松も真っ青だ。可哀相に。


「私は大丈夫だけど…ごめん作。私がちゃんと持ってなかったから…」
「い、いえ!先輩は悪くないです!」
「ぶつかってしまった俺が悪いんです!すみません!」
「そんなに謝らなくてもいいよー」


必死すぎる三年たちが面白かったのか、なまえがくすくす笑うとあからさまにほっとした表情になる二人。
それを眺めているとなまえが私を呼んだ。


「ねー滝。私の部屋から髪紐持ってきてくれない?ほら、この間買った珊瑚色のやつ」
「何故私が取りに行かねばならない!自分で行け!」
「だって私、今手が離せないし」
「別に後でまた纏めれば良いだろう」
「ダメ。ここがベストポジションなの」
「何だそのこだわりは…大体お前は部屋の中を勝手にいじられるのを嫌っているだろう」
「滝ならいいよ」
「……………どこにしまっているんだ」
「いつものとこ。文机の横の引き出し。上から二番目ー」
「すぐに取って来てやるから、三之助を見張っていてくれ」
「心得た。おい次屋、お前一歩でもそこから動いたらその両足は漆喰に突っ込むことになるからそのつもりで」
「絶対に動きません!!!」
「……早めに戻る」











まったく。人使いが荒い奴だ。
そう憤りながらも滝夜叉丸の足取りは軽い。何となく気分が良いような気がする。だからこうしてなまえのお願いを聞いてやっているのだが。
四年長屋のい組を通り越しろ組の棟を目指して歩いていると、目当ての部屋の戸がスッと開くのが分かった。

三木エ門か?
そう思い目を凝らして見ると、


「……え?」


なまえの部屋から出て来たのは天女様だった。
天女様はのことをあまり良く思っていない様子だったが、三木エ門にでも用があったのだろうか。

そう思うと沸々とライバル心が燃え上がってくる。
三木エ門め、抜け駆けなんぞしおって!私は負けんぞ!

そうなればやることはひとつだ。
手早く身なりを整えた滝夜叉丸は、天女様に嬉々として近づいて行った。


「あらこんにちは!委員会の途中なの?」
「はい!と言っても、七松先輩がやらかしてくれたのでその後片づけをしなくてはいけないんですが…」
「うふふ、小平太は今日も元気いっぱいね!」


にこにこと笑う天女様を見ていると、疲れが取れていくような気がした。
しかし今日の天女様は、どこか焦っていらっしゃるような印象を受けた。はて、何か問題でも起きたのだろうか。
内心首を傾げながらも「まあこの私にかかればそんなこと造作もないことですけどね!」などと常套句を告げると、天女様の手に何かが握られているのが分かった。


「滝くんも大変ね、頑張ってね!」


私から隠すように――いや、実際隠したのだろう、袖に何かが仕舞われた。
一瞬キラリと光ったが、それが何なのかまではいかに優秀な私といえども確認できなかった。
何を隠したのか気にならないと言うと嘘になるが、天女様にだって見られたくないものの一つや二つあるだろう。それを黙って見なかったふりをするのが紳士というものだ。
だから私はあからさまに会話を切り上げ去っていった天女様には何も言及しなかった。
















「これいいでしょ〜!貰ったんだあ」


じゃーん!と無邪気に自慢している天女様を見て、滝夜叉丸は血の気が引いて行く音を聞いた。
委員会も無事終わり、道具の片づけがあるからとなまえと分かれ喜八郎と食堂へ向かった。注文したランチを受け取り、席に着いた直後に聴こえて来たあの会話。
視線はいつもとは違う意味で天女様に釘付けだ。


「誰から頂いたんですか?」
「うふふ、内緒!これすっごく綺麗だから愛美にぴったりだよね〜」


嬉しそうに簪を眺める天女様。
いつもなら天女様が笑っているだけで満たされた気持ちになるというのに、どうして。


「……………」


バキリと軽快な音がした。音源は喜八郎の手の中にあった箸だった。
無言で食い入るように天女様が身につけている簪を見つめている喜八郎の瞳には、息を飲む程の憎悪が宿っていた。


「ねえ滝、僕の目がおかしいの?あの簪、」



なまえとお揃いでこしらえた簪にそっくり。


泥っ子天女様。
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