夢小説 | ナノ




09:女装と洗濯

「ああーらそんな格好で何してるのかしら」
「とっても似合うわね。当たり前よね。女なんですもの」
「女装?フフン、そうね、そういうことにしてあげるわ」
「用事が終わったんならさっさと着替えればいいのに。可愛いねって褒めて貰いたいんでしょ?見え見えなのよ!」


「ちょっと、アンタこれやっときなさいよ!私、これから出かけるから。町にお芝居を見に行くのよ」


突然現れて仕事を押し付けて姑の様に嫌みを言ってドヤ顔で去っていった天女様。
押し付けられた仕事は洗濯でした。


「……着替えてからでもいいよね」


あまりの量に一瞬なかったことにしようかとも思ったけれど。
午後から特に予定もなかったし、別にいいかなって。これ、私達のシーツだし。
誰か暇そうな人を見つけて一緒にやろう。鉢屋先輩とか。


「…でもさすがに着替えてからだな」


女装でのお使いの帰りだったので、女物の着物だ。
幸いにも今日は快晴。部屋に着替えに戻ってから洗っても十分間に合うだろう。
そう判断して部屋に行こうとした時。


「おわっ!」
「きゃっ…」


曲がり角で突っ込んできた竹谷先輩にぶつかりました。
竹谷先輩どこまでもクソ。


「わ…悪いっ!」
「いえ…」


地面に散らばってしまった洗濯物。
慌てて拾い上げる竹谷先輩にならって私も屈みこむ。ほとんど竹谷先輩が集めた洗濯物を申し訳なさそうに差し出す先輩に、悪戯心がむくむくと。


「随分とお急ぎでしたけど…何かあったんですか?」
「い、いや別に…ちょっと天女様を探してただけで…」
「天女様ならお出かけになるらしいですよ。何でも芝居を見に行くとか…」
「えっマジで!?」


「俺が誘おうと思ってたのに…」とがっくりと肩を落とした竹谷先輩。
その先輩にさりげなく半歩近づき、膝を僅かに落とす。


「せんぱい、」
「ん?」
「お芝居デートがご破算になったということは、暇ですよね?」
「えっ?えーあーー…まあ…」


たった今自分が拾った物に一瞬だけ視線を走らせた先輩。
手伝わされることが分かったんだろう、言葉を濁して後ずさりしようとした先輩の足が完全に地面から離れる前に左手できゅ、と先輩の袖を摘まむ。

女装のままで良かった。
身長差を利用して上目遣い。少しだけ首を傾げて、声に色を乗せて。


「せんぱい…」
「う……」
「私、こんなにひとりじゃ出来ない…」
「うう…」


もうひと押し。
籠からこぼれない様に洗濯物を地面に落とし、一歩前へ。
そっと右手を先輩の襟に添えて、体も密着させる。硬直してしまった先輩の耳元で、


「ね、先輩……おねがい」
「―――〜〜っ、ああもうっ!分かったから離れろ!」


顔を真っ赤にした竹谷先輩はとても可愛らしいけれど、こんなに色に弱くて大丈夫なのかちょっと心配になりました。










「……それにしてもすごい量だな」
「そうですね、先輩が手伝ってくださって助かりました」
「…手伝わせてるくせによく言うよ…。っていうか、なんなのあの色気。めちゃくちゃエロかったんですけど!」
「催しました?」
「してない!」


そんなにムキにならなくても。
くすりと笑うみょうじは女装しているせいかいつもより可愛く見えた。
こいつ元々アイドル学年の中でも抜きんでて女顔だからな…。
しかも何かすげー良い匂いするし…。


「なあ、何か焚いてる?」
「ああ、白檀を」
「へー通りで…」
「催しました?」
「してないって言ってるだろ!」
「ふふ」


そんなこんなで洗濯も終わり。たすきをしゅる、と解いたみょうじは改めて頭を下げた。


「竹谷先輩、本当にありがとうございました。先輩のおかげで早く終わりました」
「いいって。大したことしてないんだから、頭上げろよ」


悪戯好きで毒舌なみょうじだが、基本的には真面目ないい奴。
だからかみょうじを可愛がる先輩も、みょうじを慕っている後輩も多い。


「それにしても災難だったなー!お使いから帰って早々、洗濯を頼まれるなんて」
「ええ…まあ…」


みょうじの笑顔が一瞬だけ曇ったのを幸か不幸か見逃さなかった。
でもそれは本当に一瞬で、次の瞬間には「先輩、着替え手伝ってくださぁい」とかみょうじが言い出すもんだから俺はまた顔を真っ赤にしてしまった。














「ちょっと、まだ洗濯物取り込んでないの?私が配りに行くんだからさっさと畳んでよね。あ、下級生のはアンタが配りなさいよ」


日が暮れる前に、なんとなく昼間のことを思い出して干し場に行ったのは偶然だった。
そこに今日、会いたくても会えなかった姿が見えてラッキー!って思ったのも束の間。

聞こえて来たのは罵詈雑言の嵐だった。

その内容と事実に頭が真っ白になって立ち尽くしている内にみょうじは畳み終えたらしい。
「随分のろまね。ちゃんと忍者になれるのかしら」なんて捨て台詞を吐いてシーツを抱えていった天女様。
言葉通り上級生の分だけ持っていったのであろう。下級生の方が人数が多いので山もりとなったシーツとみょうじだけが残されていた。


「……みょうじっ!」


山を一人で抱えようとしたみょうじに声をかけると、目をパチパチさせ、驚いた様子で俺を見る。
まつ毛長ぇ…兵助みたい。…じゃなくって!


「…なあ、さっきの」
「ああ、見ていらしたんですか」


あの方は自爆ばかりして、面白いですね。
クスリと笑ったその顔は、昼間のそれとは全然違くて。
冷たくて蔑みすら感じられたけど。

それでも、天女よりも安心できたのは何故だろう。



誤爆乙。
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