夢小説 | ナノ




05:天女と傍観

何よ、あれ!
園原愛美は憤慨していた。何度思い出しても腹が立つ。

気がついたら空の上だった。
驚く間もなく感じた浮遊感の後の、落下。ふわっとした。気持ち悪い。
出したこともないような悲鳴をあげながら落ちて行くと、地面に衝突する寸前に浮き上がった。

ラピュタみたい…!
案外余裕なことを考えることが出来たのは、地面からそう高くない場所に浮いたからだろう。ふっと身体が重くなり、衝撃に身を縮ませると温かいなにかに抱きとめられた。
そっと目を開けるとそこにいたのは七松小平太だった。えっと吃驚していると周りによく知ったキャラがちらほらといる。

ここってもしかして忍たまの世界…!?
驚きで声の出ないまま硬直しているとあれよあれよと事態は進んでいく。学園長の庵で事情を説明し、お手伝いさんとして雇ってもらえることになった。
誰かが私の事を『天女様』と呼んだ。

こ…これは…逆ハー天女夢!
いやぁったああああ!何これすごい!あの小平太がワンコみたいに私に甘えてくる!可愛い!
文次郎も留三郎も伊作も兵助もハチも雷蔵も滝も三木も!めっちゃ可愛い!

と同時に、遠巻きにこちらを見ている生徒が気になった。
これは…疑われてますかね!?上級生半分くらいしか集まらないんですけど!
このままだとよくある天女排除ルートになりそうだ。そんなのは嫌だ。せっかく夢みたいな場所に来れたのに!
天女排除ルートなら、傍観主がいるはずよね。きっとテレビや原作で見た事のないモブ。そのモブを探し出して、何とかしなくちゃいけない。
いきり立つ愛美の元になまえが飛び込んできたのは、そんな時だった。


「四年ろ組のみょうじなまえです。どうぞよろしく」


にっこりと笑うその子はとっても可愛くて綺麗だった。
なんとか顔を繕って挨拶した後、すぐさま食事を受け取ってどこかへ行ってしまう彼に傍観主疑惑が強まる。
それとなく周りにいた上級生に彼の事を聞いてみると、

*四年ろ組で三木エ門と同室
*アイドル学年一の女顔
*女装の成績bP
*用具委員会

ということが分かった。っていうか、女顔っていうか、
どう見ても女の子じゃない!男装傍観夢!?何よそれうらやましい!
そう思って観察してみるとみょうじなまえは実にうらやましい生活を送っていた。

さっきだって!
昼休みを思い出す。あの時愛美を上級生が取り囲んで楽しくおしゃべりしていたのに。その楽しい時間を壊すのは、いつもみょうじなまえだった。
みょうじが声をかけると三木エ門と滝夜叉丸はみょうじの元に行ってしまう。そしてみょうじの取り合いをするのだ。喜八郎もみょうじにべったりだし、三郎だって!
そう。喜八郎と三郎。この二人が懐いているモブなんて、どう考えても傍観主だ。このままじゃ私が危ない!殺される!

だったら。愛美は思う。
だったら、殺される前にこっちが殺してしまえばいいんだわ。
私はたくさん天女夢を読んできたもの。きっと大丈夫よね。そうよ、別に私が直接手を下す必要もないし、誰かに殺させる必要もない。
私はただ皆とお話するだけでいい。
人を追い詰めるなんて簡単だ。徐々にプレッシャーを与えて、ストレスを与えて。仲間をこっち側に引きこめばいい。

まっていなさいよみょうじなまえ!この園原愛美が傍観主なんて退治してやるんだから!








廊下を歩いていると、丁度外にみょうじなまえを見かけた。梯子が無造作に地面に置かれている。そういえば用具委員だっけ。
ちょうどいい。周りに誰もいないようだし、釘をさしておこう。


「ちょっと、アンタ」
「はい?私ですか?…えっと、何か御用ですか?」


ちょこんと首を傾げるみょうじはそこそこ可愛い。まあ私にはかなわないけど!
ちょっとした仕草にイライラする。何よこの女。天然ぶってんじゃないわよ。


「アンタに言っておきたいことがあるの」
「はあ…何でしょう?」
「私は天女様なの」
「存じておりますが…」
「アンタじゃなくて私がみんなにちやほやされるの。どうやらアンタにも逆ハー補正がついてるみたいだけど、私の補正の方が強いんだから!すぐにみんな私の虜よ!」
「はあ」
「アンタが傍観主だってことは分かってるんだから!調子に乗らないでよね!」
「はあどうもすみません」


こいつ、傍観主ってこと否定しないわ!やっぱり、やっぱりね!こいつさえ何とかすれば私の天下だわ!
ふふふ、と笑う。まずは私が上だってことを教えて上げる。勝ち誇ったように笑みを浮かべながら愛美は言った。


「ねえ、アンタ。とっても綺麗ね」
「え?はあ…どうも」
「まるで女の子みたい」
「…よく言われます」
「そう。そうね。こんなに男の子ばっかりだと目立つでしょう、その顔」
「そうでもないですよ。四年はアイドル学年と呼ばれるくらい濃い面子が揃ってますから」
「体つきも細くて、背もそこまで高くない。小柄で腕も細くて、本当に女の子みたいね?」
「……まあ、おかげで女装の成績は良いですよ」
「そうでしょうね。だってアンタは本物の女なんだから」
「は?」


じわじわと女の証拠を会話にあげて行く。見苦しく言い訳するみょうじを無視して主導権を握る。
そしてとうとうみょうじの秘密をばらす。ふふふ、私は知ってるのよ、アンタの大事な秘密をね!


「男装してまで忍たまになりたいなんて、どんな事情があるのかしら。詳しく聞きたいわね」
「いえ、あの、私は正真正銘の男です」
「隠さなくていいの。もう分かってるから。無駄よ」
「えー…」
「どうしてもっていうなら、そう。今ここで脱いで見せなさいよ」
「はっ!?いや、それは…」
「出来ないの?でしょうね、だってアンタは女だもの。見られたら困るのよね?」
「…………」


あはっ。とうとう黙っちゃった。ちょっと苛めすぎたかしら。可哀相だから、少しだけ優しい声で話かけてあげる。


「別にね、バラすつもりはないのよ。ただちょっと大人しくしててくれれば、ね」
「大人しく…?」
「そう。簡単でしょ?みんなと一緒に卒業したいよね?だったら。私の邪魔しないで、大人しくしてて?」
「邪魔、といいますと」
「決まってるじゃない。私は上級生みんなに好かれたいの。ちやほやされたいの。大事にされたいの。お姫様みたいにされたいの!だからアンタが滝や三木をそそのかしたり三郎や喜八郎を連れていくのが我慢ならないのよ!」
「…そんなこと言われましても、私は別に」
「何もしてないって?フン、よく言うわ。あんなに必死に媚といて。何が「授業行くよ」よ!独りでさっさと行きなさいよ」
「はあ…」
「男装の事、バレたらきっと退学よね。いい?くれぐれも邪魔しないでよね!」


睨みつけてから早足でその場を去る。
うふふ、これでみょうじは私の言動に手を出せないわ。私はアイツの秘密を握ってるんだから!
これから起こるであろう未来を想像して、にんまりと笑みを浮かべた。
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