夢小説 | ナノ




番外編05:水の音

※現パロ
※室町の記憶有り
※なまえは相変わらず霊感チート











夕方のことだった。兵助がコンビニに行くと、偶然なまえに遭遇した。
なまえは弁当コーナーの前で迷っているようで、一瞬、その可愛らしさに口角がゆるんだ兵助だったが、十二歳――平成では小学六年生のなまえが一人でコンビニ弁当を買おうとしている図にはっとした。

即座になまえに話しかけ、偶然の出会いに喜ぶなまえにナデナデを施してから事情を聞いたところ、要約すると次の事実が判明した。





・孫兵達と遊んだ後、帰宅すると鍵を忘れたらしく中に入れない。
・そういえば今日から父親は出張だった気がする。
・母親は法事で県外にいる。
・仕方がない、外泊しよう。ホテルになんて泊まるお金もないし、ネカフェでいいや。
・お腹空いたなあ、夜ご飯なに食べよう。






「と、言う訳で、なまえ共々お世話になる」
「どう言う訳だよ」
「お前聞いてなかったのか!?なまえが野宿しようとしてるんだぞ!!?あのなまえが、だぞ!こんなんもう保護して一緒にお泊まりするしかないじゃないか!」
「事情も気持ちも分かるが、何故私と雷蔵の家に連れてくる。あとネカフェは野宿とはいわない」
「俺の家族がいたらなまえが気を使うだろ。あとネカフェなんてなまえが一人で泊まることを考えたら野宿と危険度はさほど変わらない」
「それはホラー的な意味で?」
「犯罪的な意味で!」


ガルガルと肉食獣の母親のような兵助に三郎は溜息をついた。本人であるなまえは部屋の奥で雷蔵に勉強を見て貰っている。きゃっきゃと楽しそうな声が聞こえてくるあたり、あまり捗ってはいないようだ。
外は冬だからか既に陽は落ち、未成年が出歩くには危険な感じである。


「…あり合わせのものしか作れないぞ」
「大丈夫だ、豆腐を買ってきた!」
「それで大丈夫なのはお前だけだ馬鹿兵助」
「なまえのリクエストで鍋の材料も買ってある。勿論メインは豆腐だが」
「グッジョブなまえ!」


兵助から渡されたスーパーの袋を台所へ持って行く。袋の中身は至って平凡な鍋の材料だった。豆腐が多いことを除いて、だが。
時刻は午後六時。そろそろ夕飯の支度を始めてもいい時間だろう。
なまえと雷蔵の所へ行こうとする兵助の首根っこを掴み台所へ連行する。不満そうな声と表情は無視だ。お前は働け。



「ごちそうさまでした!」
「美味かったか?」
「はい、とっても!鉢屋先輩、料理お上手なんですねーすごいです!」
「そうかそうか。ああ、片付けなんかいいからお風呂に入ってきなさい。出てきたらアイスクリームを出してやろう」
「わあい」
「良かったね、みょうじ」
「はい!」
「一緒に入ろうな、 みょうじ」
「はい!」
「兵助に変なことされたら大声を出すんだぞ」
「はい?」
「三郎、お前!羨ましいからって!」
「違うわ馬鹿」


替えの下着はコンビニで買ってきたから何か服を貸してやってくれ。
兵助に言われて三郎が部屋着を手渡した。


「これならウエストは紐で絞れるし、上が長い分には構わないだろう」
「ありがとうございます!」
「はいはいどういたしまして」


じゃあ、お風呂に入ろうか。
兵助と手を繋ぎながら浴室に消えていくその姿を見て、まるで兄弟みたうだねと雷蔵が笑った。







先輩先輩。孫兵は相変わらず優しくてだいすきです。僕たち以外にはちょっとつんとしてますけど、女の子たちはそこがクールでカッコいいって言ってました。僕も孫兵はカッコいいと思います! あ、でも、作兵衛もカッコいいんです! 僕が転びそうになったらぐいって引っ張ってくれて、危ねえな、気をつけろよって! それでね、それでね――…。

せっかくのお泊まりなのだから雑魚寝しようということで、和室に布団と毛布を持ち込み、 なまえを真ん中にして横になった。お泊りが嬉しいのか、なかなか寝付かないなまえと、楽しそうになまえの話を聞く兵助。もちろん三郎と雷蔵も、微笑ましい気持ちでいっぱいである。楽しそうではあるが、そろそろ寝かしつけなくては成長に良くない。
兵助がなまえの背に手を伸ばし、赤ん坊を寝かしつけるようにぽんぽんと優しく撫でる。その効果があったのか、はしゃぎ疲れたのか。十分もせずにうとうとし始めたなまえ。


「ん、んんー…」
「おやすみ、なまえ」


もぞもぞとぐずるような素振りを見せるなまえを抱き寄せ、毛布で包む。
人肌に安心したのか、そのまますぐに、なまえは眠りに落ちた。





ぴちょん、ぴちょん。


水音がする。

薄く沈んだ意識の中で、そう思った。
それはとても小さな音で、昼間ならば生活雑音にかき消されてしまうようなものだ。
だが深夜であるからか、その音はやけに大きく感じられ、一度その音に気付くと気になって気になって仕方がなかった。


ぴちょん、  ぴちょん、


どこの水だろう?
雨が降っている気配はない。ならば室内か。
台所、洗面台、風呂、トイレ。水周りの候補を上げるも、分かるはずもなく。


ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、


ああ、うるさいな。
段々イライラしてきた。止めに行ってしまおうか。ああでも、俺が動くとなまえが起きてしまうかもしれない。目を瞑ったまま悶々と考えていると、衣擦れの音がして、数秒。水音はピタリと止まった。


「…雷蔵?」
「ああ、兵助。ごめんね、起しちゃった?」
「いや…」


目を開けると、布団に入り直そうとしていた雷蔵がいた。
なまえを起こさないように小声で会話していると、もそりと三郎が身を起こした。


「今日はどこだった?」
「うん、お風呂」
「昨日は洗面所だったよな…」


意味深な話をする家主二人に、目で「混ぜろ」と訴える兵助。
当然、その視線の意味に気付いた雷蔵は苦笑しながら言った。


「最近ね、水周りが不調なんだよね。トイレとか、お風呂とか、夜中に水漏れしちゃうんだ」
「それ、大丈夫なのか? 業者を呼んだ方がいいんじゃ…」
「一度呼んでみたんだがな。異常なしだった」


全く、迷惑な話だよな。気になって眠れやしない。
割と神経質な三郎だけでなく、細かいことは気にしない性分の雷蔵まで三郎の言葉に頷いている。相当悩んでいるのか。
まあ、でも、今日はもう起こらないだろう。いつもそうだからな。
そう言って布団に潜り込む三郎を見習い、兵助も毛布を手繰り寄せる。腕の中に収まっているなまえは、いつの間にか兵助にがっしりとしがみついていた。かわいい。

そうして兵助がまた瞼を降ろそうとした時、


ぴちょん、


「…………」


また水音が響いた。
無言で体を起こす家主たち。その顔は何だか疲れていた。


「……、見てくる」
「よろしく、三郎」


のっそのっそと歩いて行く三郎を見送り、雷蔵は兵助の胸元に目を落とした。
なまえは気持ちよさそうにスヤスヤ眠っている。


「よく眠ってるね…」
「癒される寝顔だろ」
「何で兵助がドヤ顔なの」


くすくすと笑いながらなまえの頭を撫でる雷蔵。
なまえはすやすやと安眠を貪っている。軽くほっぺをつついてみるとすごく柔らかかった。癒される。
雷蔵がほっこりしていると三郎が不機嫌そうに帰って来た。


「どこだった?」
「台所」
「お疲れ様、もう寝よっか」
「ああ、」



ぴちょん、
          ぴちょん、
                    ぴちょん、




「…………もう引っ越した方がいいんじゃないか」
「ああ、最近の趣味は不動産めぐりだ…」
「そうか……」


三郎がまた音源を探しに行こうとした時、もぞりと兵助が抱いている熱が動いた。


「ううー…んぅ…」
「なまえ、ごめん、うるさかった?」
「ちが…おトイレ…」
「トイレか。一人で行けるか?」
「よゆう」


余裕か。すごいな。
兵助がどうでもいいことを考えている間になまえはぺたぺたとトイレに向かって行った。ちょっと寝ぼけてたな。あんな風に三年達と喋ってるのかな。可愛いな。
フフッと兵助が口元を緩ませた、その時。



ぴちょん、

ぴちょん、ぴちょん、

ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、

ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん、ぴちょ
ん、ぴちょん、




ザーーーーーーーッ


水音が、水滴から明らかに水量が増えた。
それはもはや滝のような音で、思わず三人は耳を塞いでいた。


「ちょ、みょうじは!?」
「俺、様子見てくる!」
「待て、私が行く!」
「俺も行くって!」
「ちょっと待って、何か…聞こえない!?」


轟音に負けないように声を張り上げ、半ば怒鳴り合うように会話をしていると、ふと、水音に混じって何か別の音が聞こえる。


ザーーーーーーーーーッ
    やめろ……
ザザーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ
    触るな……

ザーーーーーーーーーーーーーーーーーー

来るなァアァアアァアアァァァァアアアアアアアアアアアア


ブツッ





「…………」
「…………」
「…………」


轟音の後に訪れた異常なほどの静寂。
あまりに異様な出来事に、三人は何を言えばいいのか分からなかった。

ガチャ…

突然の音に、肩を震わせる。
その音は、別に何てことはない、リビングのドアが開いた音で。
そこから、そっとなまえが困った顔で三人を窺っていた。


「なまえ…? どうしたんだ?」
「先輩達…大きな声で、け、喧嘩ですかぁ…?」
「喧嘩? あっ、いや、違うよ!」
「びっくりさせたか。すまない、もう大丈夫だから、こっちにおいで」


そろそろとこっちに歩いてくるなまえは、真偽を確かめるかのようにじっと三人の顔を見た。
不安そうな顔に、兵助の庇護欲が全開になった。


「なまえ、ほらおいで。一緒に寝よう」
「…はい……」
「大丈夫、俺達喧嘩なんかしてないよ。ちょっとじゃれていただけだから、ほら、二人も全然怒ってないだろ?」
「…本当だ」


ホッとしたなまえはふにゃりと笑い、布団に入った。やはり子供だからだろうか。すぐにスヤスヤと眠りに落ちる。
なまえが完全に寝入ったのを見届けてから、三人は何となく入口に目をやり、そのまま、布団に潜っていった。

その後は、水音どころか物音ひとつたたずに快適な夜になった。











後日、三郎と雷蔵が言うには、あの日以来水周りの異常がピタリと止まったのだと言う。
絶対になまえが何かしたと思うのだが、本人は半分寝ていたらしく、何も覚えていないというものだから、真相は闇の中ということになる。
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