夢小説 | ナノ




番外編03:はじまり

作兵衛が初めてなまえと会話したのは、一年生の時だった。

その日は月も星も雲で真っ黒に隠されてしまって、忍ぶには絶好の条件だったが、人探しをしていた作兵衛にとっては最悪の夜だった。


「くっそ、あいつら一体どこに消えやがった…!」


恨めしそうに頭上の分厚い雲を見上げ、闇に慣れた目で周囲を探る。ふと、塀の近くにある木の影に、見慣れた萌黄色を見つけた。


「てめぇ! なんでこんな所にいやが、る……」
「……だあれ?」


こんな時間に外をうろついているのだから、同室のどちらかだろうと思い切り怒鳴りつけながら無理やり振り向かせてから、人違いに気付いた作兵衛は固まった。
振り返った顔には見覚えがあった。確か、い組のみょうじなまえ。気味の悪い嘘ばかり言い、おかしな行動ばかりする問題児だと同学年では有名だった。

ヤバいやつに出会っちまった!
おまけにこのみょうじなまえは同じくい組の問題児、毒虫野郎こと伊賀崎孫兵と同室で仲が良い。もしも怒らせでもしたらどんな報復が待っているのか分かったものじゃない。
作兵衛はこの時、自分の不幸を呪ったと同時に、原因を作った二人に対する怒りを募らせた。


「いやっ、あの、わ、悪ぃ…人違いだ……」
「人違い? さがしてるの、だぁれ?」
「えっ、あー…、それよりお前、こんな時間に何やってんだ?」


きょとん、としているなまえに慌てて言い訳を繕う。幸いにもなまえは怒っている様子ではない。だが、ここで問題児であるなまえに二人の名前を教えてしまってもいいものか。咄嗟に話題を変えようとしたが、これがまた失敗だった。


「あのね、キラキラみてるの。今日は星がないから、いっとうキレイにみえるのよ」
「へ、へえ…キラキラを、な……ははっ……」


再び述べるが、今日は星どころか月も出ていない。なのにキラキラってなんだ。意味分かんねえ。やっぱりこいつ、関わんない方がいいかも。


「それじゃあ、俺は行くから。早く部屋に戻った方がいいぞ」
「うん」


こっくりと頷いたなまえは、長屋へと歩き出そうとして、足を止めた。そしてくるりと作兵衛の方を向いて、言った。


「富松くんも、お部屋にもどるのがいいよ。二人ともお布団しいて、待ってるよ」
「は……?」


じゃあね、と駆けていくなまえが完全にいなくなってから、気付く。

どうして自分の名前を知っているんだ?
サァ、と血の気が引くのが分かった。だ、誰から聞いたんだ。何故聞いたんだ。「アイツお前のこと気味悪がってたぞ」とか言われたのか!? だから変なこと言って俺を困らせようとしたのか!!?
悪い想像が止まらず、作兵衛はしばらくそのままそこから動けなかった。












三之助がなまえと初めて出会ったのは、一年生の時。場所は森の中だった。
その日は委員会の帰りに、自室へと帰ろうとしたのに気付いたら獣道にいた。


「あっれー…いつの間に……」


この頃からすでに『無自覚な方向音痴』と言われていた三之助は「どうしようかなあ」と頬をかいた。早く帰らないとまた作兵衛に怒られてしまう。
確か忍術学園はあっちだったよな、と見当違いの方向を見ていた三之助の視界の端で、ガサガサと茂みが揺れた。


「……だぁれ?」
「俺? 俺はろ組の次屋三之助。お前は?」
「い組のみょうじなまえ」
「みょうじ? あの問題児のみょうじか?」
「そうそう」
「そうかー、お前があのみょうじなのか」
「よろしくね」
「ああ、よろしく。所でみょうじ、忍術学園ってあっちだよな?」
「ちがうよ?」


忍術学園は、こっち。
なまえが指したのは三之助が言った方向とは逆方向だった。マジか。やべえ、俺今日中に帰れるかな。
ちらりと、なまえを見る。なまえは頭巾についた葉っぱを取ることに苦戦していて、なんというか、暇そうである。


「…なあ、もし良かったら俺を忍術学園に連れて行ってくれないか?」


誰かと行動する時は、手を繋げ。一瞬たりとも離すな。
同室の作兵衛や教師から口を酸っぱくして言われたことを思い出し、なまえに右手を差し出しながら頼む。なまえはきょとんと三之助の顔と右手を交互に見ていたが、首を傾げながら、そっと自分の右手を出した。


「違う違う、これじゃただの握手。俺、無自覚な方向音痴って呼ばれてるくらい方向音痴だから、引っ張って行って欲しいんだけど…」
「…こっち?」
「そう、そっち。道案内、頼んでもいい?」
「いいよぉ」


にっこりと笑ったなまえは自分よりも幼く見えた。近所にいた友達の弟妹達を思い出し、三之助はなんとなく繋いで手を揺らした。するとなまえは楽しそうに笑う。それが嬉しくて、三之助はとりとめのない世間話をしながら、なまえに引かれるがまま歩を進めた。


「そういえば、みょうじはあんなところで何やってたんだ?」
「おいかけっこしてたの」
「遊んでたのか。悪い、相手を放って来ちゃって大丈夫なのか?」
「いいもん。だって、ずるするのよ。飛んで行っちゃうから、全然追いつけないの」
「へえ、飛べるのか。それはズルいよなあ、俺達は精々ジャンプするのがやっとだし」


そうこう言っている内に、忍術学園の敷地内に入っていた。見慣れた長屋に入り、ろ組エリアの手前で、なまえはピタリと止まった。


「あのね、ここ動いちゃだめよ。すぐに探しに来るから」
「うん? うん、ここまで連れてきてくれてありがとう」
「いいえー」


ばいばい、と元気に手を振るなまえに手を振り返し、部屋に入っておこうとしてぐるりと体を回転させた所で聞きなれた怒鳴り声が後ろから響いた。









左門がなまえと初めて出会ったのは、一年生の時。町中だった。
休みの日に、ちょっとした消耗品の補充に出かけたのはいいが、なかなか学園に戻れない。
この頃から既に『決断力のある迷子』として有名だった左門は、偶然出会ったなまえに大きな目を瞬かせた。


「お前、見たことあるぞ! 確かい組のみょうじなまえだろう!」
「あたり。君はだぁれ?」
「僕はろ組の神崎左門! 学園に帰る途中なのだが、迷子になってしまった。みょうじは何をしている所なんだ?」
「あのね、『おいで』って言われたから。行ってみたけど、飽きちゃったから、帰ろうかと思って」
「知り合いか?」
「ううん」
「知らない奴に簡単に付いて行っちゃ危ないぞ! もうするんじゃない!」
「はぁい」


素直に頷いたなまえに満足した左門は、なまえの言葉の内容を思い返し、「ちょうどいい!」と持ちかけた。


「学園に帰るんだったら一緒に帰ろう。みょうじは危なっかしいから、僕と手を繋いで帰ろう!」
「いいよ!」
「よし! では出発するぞ。こっちだーー!」
「こっちだー、ぁうっ」
「すまない、大丈夫か?」
「へいき」
「すまない…歩いて行こう」
「うん」


左門の急発進にうまく付いていけなかったなまえが足を縺れさせて転ぶ。頭からいったため、べちんと痛そうな音が響いた。額を真っ赤にしながらもニコニコ笑っているなまえを見て、左門は徒歩での帰宅を選択した。

小さな子供の歩幅はやはり小さく、忍術学園の門をくぐる頃には既に日が沈みかけていたが、それでも左門単身で帰宅するよりは随分と早く済んだ。
まずは保健室に行くか、と左門がなまえの赤い額を見ながら考えていると、ふいに左手の温もりが離れた。


「みょうじ?」
「あのね、ここで待っててね? おむかえ来てるからね」
「迎え?」
「うん、ばいばい」
「あっ、ちゃんと保健室行くんだぞ! 数馬がすごい怒るからな!」
「わかったー!」


返事通り、保健室の方に走っていくなまえの背中が消えるのを確認して、左門も部屋に帰ろうかと見当違いの方向に走り出そうとした時、鬼の形相のクラスメイトと目が合った。












「――おい、みょうじ!」
「?」


作兵衛となまえの、二回目の邂逅はひと月ほど後だった。
木の陰で昼寝をしようとしていたなまえはきょとんとした顔で起き上がった。
肩以外にも力が入っていたはずの作兵衛はその眠そうな顔を見て、脱力した様子で隣に座る。視線はチラチラとなまえを見たり地面を見たりと落ち着かず、「あー」だの、「そのー」だの意味のない言葉を何度も繰り返した所で、ようやく決心したように口を開いた。


「その、俺の友達が世話になった。迷子になったあいつらを何度も連れ戻してくれてたの、みょうじなんだってな。その……、二人を連れて来てくれるのは有難いんだが、なんで俺に直接引き渡さないんだ?」


『作兵衛の顔が怖いからじゃない?』
三之助に言われた言葉が頭をよぎった。いや、そんなはずはない。俺は三之助が言うほど怖い顔はしていない。俺なんかより食満先輩の方がよっぽど怖い。あと潮江先輩と七松先輩と中在家先輩もこわい。

ドキドキしながら返事を待つ作兵衛だったが、


「富松くんのところに連れて行っていいの?」
「あ、当り前だろ! むしろ何で駄目だと思ったんだよ?」

「だって富松くん、僕と会うの、やだなあって思うでしょ?」


一瞬、呼吸が止まった。
   みょうじなまえはい組の問題児で
   迷子になった二人を何度も助けて貰った

次に、スッと体温が下がる感覚があり、
      気味の悪い嘘ばかりつくヤバい奴で
      一度も鉢合わせしたことはなかった

直後、頭にカッと血が上るのを感じた。
         関わり合いに、なりたくない
         二人から聞くみょうじは噂とは少し違って

「俺は!」


激情のまま、立ち上がった。立ち上がったのはいいものの、何を言えばいいのか分からず、思った通りのことをそのまま吐き出した。


「俺は、別に、嫌じゃねえよ!!」
「そうなの?」
「そうだよ! 大体な、あいつらほんの少し目を離しただけで全然違う方向に歩き始めやがるんだ。だから、そう、どうせ連れて来てくれるんだったら最後まできっちり、」
「富松くんのところまで連れていく?」
「そう!!」


力強く頷いてから、しまった、と思った。
これではせっかくのなまえの厚意にいちゃもんをつけているようなものじゃないか。
噂だけで判断していた頃とは違って、別に作兵衛はなまえと会うのは嫌じゃないし、そんな避けるような真似しないで欲しいと、そういう感じのことを言うつもりだったのに。

気を悪くしていないだろうか。
恐る恐るなまえに顔を向けると、なまえは相変わらず気の抜けたような顔をしていて、そして、


「うふふ、わかった」
「!」


嬉しそうに笑った。
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