夢小説 | ナノ




番外編01:星に願いを

「…もう、ほんと、最悪だ…」


穴の中で、膝に顔を押しつけて数馬は呟いた。
夜のマラソンの帰り道。やっと学園に帰って来たと思ったら落とし穴にストン。言い訳をするならば、今日は新月で周囲が見難かった。
落下した拍子に数分だが意識が飛んでしまい、また運悪く最後尾にいたので誰にも気づいてもらえなかった。自力でよじ登るのは難しい深さだ。既に周囲に人の気配はない。夜も遅いこの時間帯では、救助は明日の朝になるだろう。
じわり、と膝に滲むものを感じながら、数馬はひたすらに俯いていた。
しかし、


「数馬ぁーどこー?」


聞こえてきた声にバッと数馬は顔を上げた。
一瞬、聞き間違いかと思ったがすぐにまた同じ呼びかけが聞こえ、慌てて目元を拭って叫ぶ。


「なまえー!ここだよー!!」
「あっ、いたー!」


ひょっこりと穴の入口から顔をのぞかせたなまえは、数馬を見つけるとにっこりと微笑んだ。
そして上からするすると縄梯子が降りてくる。登れということだろう。有難く使用して登りきると、なまえは手拭いで数馬の顔に付いた泥を拭ってくれた。やや乱暴だが、「綺麗になったよ!」と笑うなまえに注意する気にはなれなかった。


「はあ、今日は朝から散々だったよ…」
「そうなの?」
「うん。朝食のご飯に石が入ってたし、授業で分からなかった問題を当てられるし、七松先輩のバレーボールが当たるし、委員会で薬草ブチ撒けちゃうし、やっと一日が終わると思ったら最後にコレだもの」
「数馬、疲れてるね。お風呂行こう? 疲れ、取れるよ」
「…そうだね、ありがとう」


眉を八の字にして数馬の腕を取るなまえ。ネガティブな発言をする数馬にどうフォローしていいのか分からないのだろう。
なまえを困らせてしまった、と自身の発言を後悔しつつ、数馬は頷いた。


「あっ、見て数馬!」
「えっ…」


顔を真上に向けて空を指差すなまえに、数馬は反射的に上を向いた。
そこには、


「…星…すごいきれい……」


そっか、今日は新月だから。
月がないから、いつもより星が綺麗に見えるのか。
キラキラと輝く星空に感動していると、追いうちのようにきらり、と光が流れた。


「見てなまえ、流れぼ…」
「数馬が元気になりますように数馬が元気になりますように数馬が元気になりますように」
「未だかつて聞いたことがない程の早口!?」


真剣、という表情で願い事を唱えたなまえは普段のおっとりした口調からは考えられない姿だった。更に、無事に三回言い遂げるという快挙。
数馬が思わず突っ込みを入れるとなまえはきょとん、とした後にふにゃりと笑い、


「数馬、元気になったぁ」
「………うん、なまえのおかげだ。ありがとう!」
「どういたしまして!」


お風呂行こう、一緒に入ろう、と手を繋いで歩き出す。

…今日は朝から散々だったけど、悪いことばかりじゃなかったなぁ。
少なくとも、穴に落ちなければこんな綺麗な星空をなまえと一緒に見ることもなかった。
なまえが流れ星に数馬のことを願ってくれた。
それだけで、今日一日の不運がなかったことになるくらい、数馬は嬉しかった。


「星、綺麗だね」
「ね、すごく綺麗」
「たまには、不運も悪くないね」
「そうなの?」
「そうなの」


くすくすと笑いあいながら、仲良く歩いて行った。










「まあ小さな不運がなくなっちゃったら数馬、大きな不運一発で死んじゃうから、悪いものじゃないよねー」
「ちょっと待って今なんか聞き捨てならない言葉が聞こえた気が、えっ!?」
「あっ、三之助がいる。おーい!」
「いやいやいやそんなことより今の発言について詳しく!なまえ!」





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保健委員の不運はただ運が悪いんじゃなくて、即死レベルの不運を回避するために小さな不運を被ることによって、リスクを分散させているのではないかという話です。
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