夢小説 | ナノ




25:おやつの時間

委員会もなく、課題もすでに済ませてしまった夕食前のひと時。
午後の授業が終わり、委員会もない日は、先輩がいるであろう日当たりの良い縁側に向かう。ここ最近、勘右衛門に出来た新しい習慣だった。


「あ、せんぱーい!今日のお菓子はなんですかー?」
「今日はもう食べてしまったよ」
「えっ、嘘!?」
「うん嘘。ほら、おはぎ」
「もー!すごい吃驚したじゃないですか!酷い!先輩の鬼!頂きます美味しそう美味しい!」
「……もっと落ち着いて食べなさい…」
「はーい」


幸せいっぱいの顔でおはぎを頬張っていると横に湯呑を置かれる。そこから香る茶葉の匂いに勘右衛門は微笑んだ。早速一口含む。うん、美味しい。


「はー美味しい…先輩はいいお嫁さんになれますね…」
「げほっ!」


唐突に呟いた勘右衛門の台詞に、先輩は咳き込んでしまった。
背中を擦りながら「大丈夫ですかー?」と聞くと、涙目で睨まれた。残念、怖くない。


「おま、えはっ!急に何を言い出すんだ」
「だってぇー。お菓子作りは天才的に上手いし、お茶も完璧に淹れられるし。先輩が女子だったら絶対にお嫁さんにしてたのに」
「俺はお前みたいな食欲の塊みたいな夫はご免だな。そもそも俺、菓子はともかく料理の腕はからっきしだし」
「えっ!?お菓子作れて普通の料理出来ないってどういうことですか?大体お菓子作れる人って料理も上手でしょ?」
「いやー…菓子は甘くしておけば大丈夫だろ?大体作り方も一緒だし。でも料理って色々味付けが面倒っていうか複雑っていうか……」
「えー、うそ、食べてみたい」
「何でだよ。下手だって言ってるだろ」
「料理下手な先輩可愛い。逆に食べてみたい」
「可愛いって。俺はお前の思考回路が全然読めないよ…」
「えへへ」


呆れたように呟いた先輩は、おもむろに手拭いを取り出して俺の口元を拭った。
乱暴に見えて実はすごく優しく拭きとってくれるのは昔と全然変わらない。先輩にとっては慎重な作業らしく、いつも真剣な顔をしているのも変わらない。


「ほら、口。あんこだらけだぞ。気をつけろ」
「んー、まだいいですよ、どうせまた汚れるから」
「気を付けて食べなさいって言ってるんだよ」
「そんなお上品に食べたって美味しくないですもん。欲望の赴くままに貪りついて食べるのが一番美味しいんです!」
「子供か」
「まだ元服前の子供ですもーん」
「そうだな、子供だな…」


ご馳走様でした!と手を合わせると、拭きとりたくて仕方なかったんだろうか。すぐさま手拭いをあてられた。すっかり綺麗にし終えた先輩は満足そうに笑った。
先輩が笑ったのが嬉しくて、勘右衛門も一緒に笑った。


「先輩」
「なんだ?」


幸せが溢れて甘えたくなってしまった勘右衛門は、本当は先輩に抱きついてしまいたかった。そうすればきっと先輩は呆れながら頭を撫でてくれるだろう。
なのにそうしなかったのは、先輩に成長した自分を見てほしかったから。
しかし突然湧き出た甘えたい欲求は消えず、先輩の袖をつかむことで妥協した。
先輩の横にいるとどこまでも甘えたくなるから困る。


「明日は、どら焼が食べたいです」
「作れってか」
「だめ?」
「だめじゃないよ」


でも作ったことないから、不味くても文句言うなよ。
そう言われて勘右衛門は満面の笑みで頷いた。先輩の作るお菓子が不味くなるわけないのだ。きっとふわふわで、甘くて幸せな味がするに違いない。
明日が楽しみで仕方なくて、結局我慢できずに先輩に抱きついた。
予想通り、先輩は頭を撫でてくれたので、勘右衛門はくふふと笑った。
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