夢小説 | ナノ




24:探しもの

委員会もなく、課題もすでに済ませてしまった夕食前のひと時。
勘右衛門は暇を持て余していた。
兵助は火薬委員会で何か問題があったらしく、土井先生と何やら話し込んでいるようだ。ろ組は実習に出ているしで、何か面白いことでもないかと散策していたところ、


「おや勘右衛門じゃないか。一人か?珍しいな」
「先輩 !良いところに!」
「は?」


縁側でのんびり茶を啜っていた委員会の先輩に、ラッキーと近づいて行く勘右衛門。視線はお茶受けの団子に釘付けである。
勘右衛門の目当てが団子と分かったのだろう。苦笑しながら残りを勘右衛門に渡してくれた。


「残り全部貰っちゃっていいんですか?」
「ああ、お前が夕飯もきちんと食べられるならな」
「超余裕でっす!」


いただきます、と手を合わせてから一口食べると、みたらしの甘さに頬が緩んだ。
なにこれすごい美味しい。っていうか先輩がくれるお菓子はどれも美味しい。一体どこのお店で買っているんだろう。


「ああ、それは自作だ。気に入ったんなら良かったよ」
「自作…手作り!?まさかの!?」


思わぬ答えに手元の団子と先輩の顔を何度も見比べてしまう。
何だその反応はと頬を抓られた。


「全く、お前は何も悩みがなさそうで羨ましいよ」
「まるで俺が年中へらへらしてる奴みたいな言い方には少々引っかかるものがありますが、今回は置いておきましょう。先輩、何かお悩みなんですか?」
「相談にでも乗ってくれるのか?」
「勿論です。俺はこれでも学級委員長ですから!」


えっへん。
わざとらしく胸を張って見せるとくすくすと笑い声が聞こえてきた。


「ありがとう、でも大丈夫だ。こればっかりは自分で見つけなきゃな」
「そうですか」


上級生ともなると、プロの忍になるために乗り越えなければならない壁がいくつもある。先輩もそこにぶち当たっているのだろうか。
力になりたい気持ちはあるが、手助け不要と言われてしまえば自分があれこれ言うのは却って邪魔になるだろう。
ずっと良くしてくれていた先輩に恩返し出来ず、何となく歯痒い。
そんな心情が表に出ていたのか、それとも先輩の察しがいいのか。わしゃわしゃと大雑把に頭を撫でられる。


「わっ、ちょ!俺、もう五年生なんですよ!いつまでも子供扱いしないでください!」
「あはは、悪い悪い」


もう!
憤慨したようにプンプンしている勘右衛門は、けれどもその場から離れることはなかった。










「勘ちゃん最近楽しそうだね」
「そう?」


布団を敷きながら、不意に兵助が言った。 勘右衛門が首をかしげると、こくこくと頷いた。
あの日から、暇を見つけてはあの場所に足を運んでいた。
勘右衛門が行くと必ず先輩はそこにいて、手にはお茶。傍らには毎回違う手作りのお菓子。
先輩は勘右衛門が来ると困ったように微笑み、勘右衛門のたわいもない話をねだった。気分転換になるのなら、と幼子が親にするように、その日あったことを先輩に話す。先輩はいつも優しく笑っていた。


「ちょーっとね、ボランティアというか何て言うか。行き詰まってる先輩の気分転換にお話してるんだ」
「先輩?」
「そう。報酬は手作りお菓子」
「お菓子…最近する甘い匂いはそれか」
「もうね、ちょー美味しいの!今度兵助にも作ってって頼んでみるね!」
「うん、ありがとう」


鼻歌まじりに布団を敷く勘右衛門はとても楽しそうで、委員会のゴタゴタで落ち込んでいた気分が少しだけ浮上したような気がした。
それにしても。


「何か嗅ぎ覚えのある匂いなんだよなぁ」


どこで嗅いだっけ。
思い出せないモヤモヤは、布団の中に入っても続いた。








「あれ、みょうじがいる」
「尾浜先輩」


こんにちは、と頭を下げるみょうじに同じくこんにちは、と返す。
そしてみょうじの回りに誰もいないことを確認し、珍しく思った。
とりあえず保護しとこ。


「こんな所で何してるの〜?」
「硝煙蔵の火薬在庫を調べてたんです」
「ああ、例の…一人で?」
「いえ、タカ丸さんと一緒でした。終わった後、補習があるとかで」
「そっかそっか」


特に何も言わず手を差し出すと、みょうじは当然のように勘右衛門の手を握り、横に並んだ。よく躾られている。兵助の仕業か、それとも伊賀崎か。
じーっとみょうじを見ていると、みょうじはきょとんとして見つめ返してくる。そうだ、この子は視線を逸らさないのだ。
無言で見つめ合う内に、勘右衛門の中にある考えが浮かぶ。
それはとても良い考えだと思った。


「ね、今から俺の先輩の所に行こ!」
「え?でも…」
「何か用事でもあるの?」
「な、…あ、あります」
「ほほう?」


明らかに嘘だった。
どんな用事なのかな〜?と聞くと、視線をあっちこっちにウロウロさせた後、「しゅ、宿題が…」と言うので「後で手伝ってあげる」と返す。
逃げ場がなくなったみょうじはあうあうと困っていた。そんなに嫌だろうか?


「嫌、じゃないです。でも、尾浜先輩はその先輩のこと、好きですか?」
「うん、大好き!お菓子くれるしー、いつも俺のこと気にかけてくれるしー、優しいし!」
「だったら、やっぱり、僕は…」
「大丈夫、みょうじのこともきっと気に入ってくれるよ」


ね!行こう!
半ば強引にみょうじを引っ張っていく。
兵助に見られたら張り倒されそうな光景だな、と。無理を言っている自覚は勘右衛門にもあった。

だが、なんとなく。
なんとなくみょうじを連れていけば、先輩の悩みが解決されるような気がした。
むしろ、みょうじが必要不可欠だと。
そんな気がしてならない。


「先輩!見て見て!」
「こら勘右衛門。後輩を採ってきた虫みたいに見せるんじゃない。困っているじゃないか」
「はーい」


ジャーンと自慢するように見せたら叱られてしまった。
ごめんなさーいと全然反省していない謝罪に先輩は溜め息をついた。
一方みょうじは不安そうに先輩と勘右衛門を交互に見ていて、まあ可愛い。


「紹介しますね!この子は兵助の後輩のみょうじです。危なっかしいので見かけたら保護してくださいね!」
「お前なあ…」


普段よりハイテンションな勘右衛門に落ち着けと言い、いつも通りお菓子をすすめられる。今日は三色団子だ。


「みょうじだっけ、お前もほら、食べて…」
「先輩?」


先輩は突然固まった。びっくりした顔をした後、フッと優しく笑った。
その顔が、今まで見たことないぐらい優しくて、勘右衛門は少しだけ怖くなった。


「ああ、そうか。俺がなかなか見つけられないから、勘右衛門が代わりに持ってきてくれたんだなぁ。お前は昔っからそういう勘は鋭かったもんな」
「せん、ぱい。なに、言ってるんですか…?」


一向に質問に答えてくれない先輩に、不安になっていく。
思わず伸ばした手が先輩に届く前に頭に温かいぬくもり。


「気分屋でお調子者で、甘え上手。わいわいしながら組の仲間を引っ張っていくお前は、学級委員長に向いてるよ。六年やれば、良い経験になる。要領の良いお前なら城仕えでもフリーでもやっていける」
「せん、」
「勘、お前、」


おっきくなったなぁ。
そう言って、昔良くやってくれていたみたいに頭を撫でて、先輩は立ち上がった。
俺の隣で眉を下げているみょうじに、「ありがとうな」と一言。みょうじは何も言わなかった。
一歩、また一歩、勘右衛門から離れていく。


「せんぱい、どこにいくの」


絞り出した声は自分でも驚くほどか弱く、幼かった。
五年生にもなってこんな様を後輩の前で晒すのは耐え難いが、そのおかげで先輩の歩みは止まった。


「俺はずっと探してた。探しても探しても見つからなくて途方に暮れてたら、勘右衛門、お前が来てくれたんだ。俺はとても嬉しかったよ。昔に戻れたような気がしてさ。それだけでも幸せだったのに、お前は俺の代わりに見つけてくれたんだから、さすがに優秀だな」
「…見つけたって、」


何を。どうして。
俺が代わりに見つけた?
俺は別に何も見つけちゃいない。今日だって、いつも通りに先輩にどうでもいい話をしようと思って来ただけだ。
ただひとつ、違うことがあるとすれば、


「…先輩!」


今まで動かなかった体が嘘のように動いた。勢いを殺そうともせずに先輩の背中に抱きつく。
昔から憧れていた逞しくて大きな背中は、今ではもう勘右衛門とほとんど変わらない。


「ありがとな、勘右衛門。それと、みょうじも」


優しく腕を解かれ、頭を撫でられる。
撫で方がいつもより乱暴で、頭がぐわんぐわんと揺れる。思わず目を瞑り、


「せん、ぱ……」


次に目を開けると、そこには誰もいなかった。




勘右衛門が入学して初めて学級委員長委員会に出席した時、三つ上の先輩がいた。
その先輩はいつも甘い匂いをさせていて、お菓子をくれた。
優しくって、一度も怒鳴られた記憶がない。
勘右衛門がおつかいの帰りに山賊に襲われた時は、恐怖で震える勘右衛門を背に庇い守ってくれた。
その、大きくて逞しい背中は勘右衛門の憧れだった。
ひたすらに先輩に懐き、付き纏っていたから、先輩が卒業する時には大号泣だった。遊びに来るよ、という先輩との約束は、一度だけ果たされた。
城仕えで、人が少なくて忙しいんだと、困ったように笑う先輩はそれでも楽しそうだった。だから先輩がなかなか学園に来なくても、一年、また一年と月日が過ぎても勘右衛門は我慢した。

本当は、薄々気づいていたのかもしれない。


「ああ、そうかあ…」


歪んだ笑みを浮かべながら呟いた。ストンと地面に座り込む。


「先輩、亡くなってたのかぁ……」


泣きそうな顔をしている自覚があるのに、何故か涙が出ない。
悲しい筈なのに先輩の為に泣けない自分が嫌で、悔しくて、勘右衛門は地面を見つめるしかなかった。
そんな勘右衛門に、みょうじが声をかける。


「尾浜先輩、これ…」
「あ…」


差し出されたのは、先輩がお茶受けに用意していた団子。
いつの間にかみょうじが持っていたらしい。皿に盛られている内の一本をみょうじが持ち上げ、勘右衛門の口元に持ってくる。食べろということだろう。
今はそんな気分ではない。
気分ではないが、今食べなければもう二度と食べられなくなるような気がして、かぶりついた。


「美味しいですか?」


問われて、勘右衛門は。


「…おい、しい。美味しいよ…っ、せんぱい……!」


懐かしい味に気が緩んだのか。
ようやっと流れ出た涙に、嗚咽が止まらなかった。
五年生にもなってみっともなく泣き喚く勘右衛門に、みょうじは何も言わなかった。その優しさが嬉しくて、人恋しくて、座り込んだままみょうじを抱きしめる。
押しつけられた肩が涙で濡れても、やっぱりみょうじは何も言わなかった。
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