夢小説 | ナノ




19:お供え物

真夜中のある日、小平太は何故だか寝つけなかったので身体を動かそうと裏裏山に鍛錬に出ていた。体育委員会六年目の小平太にかかれば夜の山だってへっちゃらだ。いけいけどんどん!と夢中で走り抜けていくと、ふと見たことのない場所に辿り着いた。
鬱蒼とした草木を背景に、ちょこんと小さな祠が在った。しめ縄飾りの奥には戸があり、更にその奥には何やら小さな像がおさめられていた。

はて、こんな所に祠などあったか?

そんなはずはないと首をひねるが、実際目の前に存在するのだから小平太が知らなかっただけでずっとここに在ったのだろう。興味津津に祠を見つめるものの、真夜中なのでよく見えず、早々に飽きてしまった。そろそろ戻ろうか。


「うおっ?」


踵を返そうと足を動かした時に、何かを蹴ってしまった。
慌てて目を凝らし手で探ると、どうやらお供え物に当たってしまったらしい。一体何年前に供えられたのか、ボロボロの木の実が地面に散らばっている。出来るだけ集めて元の場所に戻したが、朽ちていたこともありいくつかは欠けてしまっていた。


「ご、ごめんなさい!」


パン、と手を合わせて謝罪をする。悪気はなかったとはいえ酷いことをしてしまった。明日何か代わりの物を持ってこよう。だから許して下さい。
ぐぬぬぬ、と念じ終えた小平太はいそいそとその場から退散し、モヤモヤとした思いで朝を迎えた。









長次の朝は、妙に忙しい。
余裕を持って起きるタイプの長次は時間に追われることはないのだが、同室の小平太はギリギリまで寝床にしがみ付くタイプだった。
その小平太を叩き起こし食堂まで引きずって行くのが毎朝の日課だったのだが、今日はその小平太が珍しく長次よりも先に起きていた。最も布団からは出てこなかったが。
年に一度あるかないかの出来事に驚き半分、どうせなら休日ではなく授業のある日だったら良かったのにと残念な気持ちが半分。朝の挨拶をして身支度を終えた長次は、未だ布団の中にいる小平太に声をかけた。


「…いつまでそこにいるんだ」
「うう……」
「……具合でも悪いのか?」
「具合が悪いというか…背中が痛いんだ」
「背中が?」
「怪我をした覚えはないんだが…」


見てくれ、と言う小平太の言葉に従って夜着を剥ぐ。そして長次は絶句した。いつまで経っても何も言わない長次に焦れた小平太が、「どうだ?」と問う。しばらく言葉に迷った後、


「ミミズ腫れが出来ている」
「ミミズ腫れ?何で?」
「私に聞くな。…しかし、これは酷いぞ。保健室に行け」
「そんなに酷いのか?」
「背中一面に出来ている」
「えっ!?それは…酷いな!私、保健室に行ってくる!」
「それが良い」


さっきまで布団にしがみついていた姿はどこへやら、元気に部屋を出ていった小平太を見送り、長次は布団を片付け始めた。












「あぁーーーうーーーー背中がぁー…」
「うーん…本当に心当たりはないの?」
「ない!…と、思う」
「困ったねえ…」


あれから三日後。小平太の背中は悪化の一途を辿って行った。ミミズ腫れは一向に治らないどころか所々出血している個所もある。痛みはそこそこにあるが、痛みよりも痒みの方が勝る。むずむずと戦い続けるのは小平太にとって何よりも苦痛だった。部屋で伊作に薬を塗って貰いながらうんうん唸っている状態だ。
原因は不明で校医の新野もお手上げ。しらみつぶしに薬を飲ませているが、それも全く効果がなかった。


「本人はこう言ってるけど、長次はどう?何か思い当たるようなことはない?」
「ずっと考えているのだが、特には…」
「こんなに酷いミミズ腫れは僕も初めて見たなあ…。ここまで来たらいっそ呪いみたいだよね…」
「呪い…」
「ねえ小平太、そっち方面に心当たりは?」
「ないーー…」


力なく答える小平太を見ながら、長次は考えた。小平太に呪いをかけそうな人間がいただろうか。
本人はこう言っているが、小平太自身に悪気はなくとも恨みを買うことはあるだろう。特にこの友人は少々強引なところがある上に細かいことを気にしない。些細なトラブルはいつものことだったし、最上級生になってからは減ったが昔はよく小平太を引きずって謝罪させて回ったものだ。

……謝罪?


「…小平太、一週間ほど前にお詫びがどうとか言ってなかったか?」
「うんー?」
「何か壊したとか言っていた気がするが…」
「壊した…?……ああーーーッ!!!」
「うわっ」


ガバッと起き上がった小平太に驚き伊作がひっくり返った。それを起こしてやりつつ、ようやく心当たりに辿り着いたらしい友人に事情を聞く。


「そういえば祠のお供え物を駄目にしてしまったから何か代わりの物を持って行こうと思ってたんだった!」
「えっ、祠?ってことは本当に呪いなのこれ?」
「どっちかっていうと祟り…」
「ど、どうしよう長次!どうすればいい!?」


オロオロと落ち着かない小平太を宥めながら、とりあえずは謝るしかないだろうと答えた。供え物を駄目にしてしまったのなら自分の言った通り、何か他の物を持って行くべきだと。


「その祠は何を祀っていたの?」
「分からん!暗くてよく見えなかったんだ!」
「じゃあ無難に…果物とか、木の実とか、米とか?」
「時季的に米しかないだろう…」
「じゃあ食堂のおばちゃんに頼んで、…小平太?」


ごそごそと荷物を漁る小平太が取りだしたのは、


「なあなあ、酒って供えても大丈夫か!?」
「大丈夫だけど…うわっ、これすごい上等なお酒じゃないか。一体どうしたの?」
「貰った!」


それじゃあ早速供えてくる!と走りだした小平太に、慌てて「ちゃんと謝るんだよー!」と伊作が呼びかけたが、果たして小平太の耳に届いていただろうか。





夕方に帰って来た小平太は妙に小ざっぱりした顔つきだった。長次の姿を見つけると犬のようにすっ飛んできて、「痒いの治った!ありがとう!」と嬉しそうに報告した。良かったな、伊作にもお礼を言っておけと言うと「うん!」と言ってすぐにいなくなった。
図書室に向かうため小平太が駆けていった廊下を歩いて行くと、三年のみょうじが目を回してひっくり返っていた。慌てて抱き起こし、「な、七松先輩が…速いぃ」の言葉で全てを悟った長次は小平太の代わりに謝ることにした。

小平太が供え物を駄目にする数日前。
この小さな後輩が部屋を訪ねてきたのを長次は覚えていた。
特に接点のないみょうじが一体何の用かと思ったが、小平太にあげたいものがあると言う。差し出されたそれを見て、飲んでいいのかと問う小平太に、みょうじはだめと答えた。必要になるまで取っておいてください、と。
ハテナマークを飛ばす小平太がこちらを見ていたが、長次にだって何がなんだか分からなかった。

今日までは。




数分後に復活したみょうじに、長次は聞きたいことが山ほどあった。
どうして酒を小平太にやったのか?
小平太が祠に粗相をすることを知っていたのか?

――なぜ、知っていたのか?






ふと、みょうじを見るとじっと長次の顔を見ていた。長次が何か言うのを待っているようだった。
いっそのこと、聞いてしまおうか?
逡巡し、口を動かした長次だったが、みょうじのあどけない顔にふ、と息を漏らした。自分が聞くべきことではないだろう。こういうのは仙蔵か、みょうじの委員会の先輩である久々知の役目だ。
そのまま長次の行動を待つみょうじの頭を出来る限り優しく撫で、小平太の代わりにお礼を言った。

小平太を助けてくれて、ありがとう、と。
みょうじはにっこり笑って、どういたしまして、と言った。
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