夢小説 | ナノ




18:人を呪わば

「なまえくんさぁ、何か欲しいものないの」


部屋にひとりで本を読んでいたなまえは、ふと視線を本から天井へと移した。
直後、ガラリと天板を外してひょっこりと現れたのはタソガレドキの組頭、雑渡昆奈門だった。
驚く様子も見せずに「こんにちはー」と挨拶をするなまえに「こんにちは」と返し、昆奈門は音も立てずに部屋の中に降り立った。
そして冒頭の一言である。突拍子もないその言葉になまえはきょとんとしている。


「お菓子ばっかりあげたら身体を壊すと陣内に叱られてしまってね。お菓子以外で何かプレゼントしたいんだけど何がいいかな?」
「お酒!」
「…は?」


間髪いれずに返って来た内容に思わず聞き返してしまう。
じっとなまえを見つめるとなまえもこちらを見つめ返してくる。数秒して口を開いたのは昆奈門だった。


「お酒、飲むの?君が?」
「僕じゃないです」
「じゃあ誰が飲むの?」
「えっと…神様!」
「……へえ」


お供え物ということだろうか。なまえらしい要望である。
ふむ、と考え込む昆奈門を不思議そうに見ていたなまえは、ハッとした表情になった後にしょんぼりして昆奈門の袂を握った。


「雑渡さぁん…ごめんなさい…」
「うん?何がごめんなさいなの?」
「せっかくのプレゼント、他の人にあげちゃ失礼ですよね…ごめんなさい…」
「ああ、」


確かに贈り物の横流しは非常識であるが、昆奈門は気にしていなかった。だって面白そう。
とりあえず瞳をうるうるとさせてこちらの機嫌を窺っているなまえの頭を撫でつつ、気にしなくて良い、陣内には内緒だよ、と約束して昆奈門は忍術学園を後にした。










「なあ、なんか孫兵の奴やけに機嫌悪くないか?」
「思った」


三年生合同の実習の場で。
不機嫌そうなオーラを振り撒く孫兵を見てこそこそと集まる三年生たちが、原因は何かと意見を出し合う。


「ジュンコ…は、相変わらず首に巻いてるしなあ」
「腹が減ったんじゃね?」
「もしかしてどこか具合が悪いのかも…」
「なまえは何か知らないか?」
「し、しらないよ!」


ぶんぶんと首を横に振るなまえはどうみても知っていた。
ガッシリと藤内に腕を掴まれる。そしてぐるりと囲まれてしまえば逃げ場はなかった。


「具合悪いとか?」
「具合は、悪くないよ」
「じゃあ、何が原因なの?」
「さ、さあ」
「なまえ」
「う…」
「なまえ、僕らは孫兵が心配なんだよ。教えて欲しいな」
「あう…」


右から左からは組の言葉に翻弄されるなまえ。ろ組は沈黙するばかりだった。
なまえの目はうろうろと忙しなく動き、「困りました」と全力で語っている。


「し、しらない…もん」
「ちょっと、何なまえを虐めてるの」


端の方でなまえが囲まれているのに気付いたらしい孫兵が据わった目で近づいてくる。
残念、と藤内はなまえの腕を離した。


「虐めてるなんて人聞きの悪い。ただ僕らは孫兵が元気ないから何か知ってる?って聞いてただけだよ」
「とてもそうは見えなかったけど?」
「うん、嘘が下手すぎるなまえがちょっと面白くて意地悪した。ごめんねなまえ」
「下手…うう……」


がっくりと肩を落とすなまえ。
その頭をよしよしと撫でながら、孫兵は口を開いた。


「…別に、皆が心配するようなことじゃないよ。些細なこと」
「でも、僕達には話せないことか?」
「そうじゃ、ないけど。ここではちょっと」
「じゃー夜に孫兵となまえの部屋に行くから聞かせてな!」
「………勝手にすれば」


行こう、となまえの手を引っ張って歩く孫兵。
孫兵から一歩遅れてなまえ歩くには、孫兵の耳がほんのり赤くなっているのがしっかり見えて思わず笑顔がこぼれた。













「よお、伊賀崎」
「……こんにちは、先輩」


実習が終わって、組ごとに後片付けを振り分けられる。い組はグラウンドの整地をしていたため最後まで残っていた。
それもようやく終わり、なまえと二人で道具を戻し、食堂へと向かった矢先に、今一番会いたくない先輩に出会ってしまった。


「なあ、この間の返事、考え直す気はないか?」


またか。
孫兵は眉間にしわが寄りそうになるのを何とか抑えた。代わりに固い無表情になってしまったが、顔を顰めるよりはマシだろう。
返事と言うのは、つい三日前にされた告白の返事である。目の前に立つ六年生の制服を着たこの男は、孫兵のことが好きだと言う。しかしながら孫兵はこの先輩のことを好きになれなかった。告白された時に初めて名前を知ったような間柄なのだから、当然と言えば当然だ。
だから孫兵は告白された時に、その場で返事をした。勿論、NOと。
相当渋られたが、たまたま生物委員会顧問の木下先生が通りがかったためにとりあえずは納得してもらったはずだ。
それなのにこの先輩はあれ以来孫兵の前に現れては「気は変わらないか」としつこく聞いてくるのだ。正直、迷惑以外の何物でもない。


「先輩、そのお話は何度もお断りしているはずです。これ以上続けるのなら、僕も色々考えなければならなくなります」


これ以上付きまとう場合は先生方へ報告する、とやんわりと伝えると、意外なことにこの先輩は「そうか、すまない」と言って頭を下げた。


「やっぱり駄目だよな。しつこくして悪かった。お詫びと言ってはなんだが、菓子を包んできたんだ。是非食べて欲しい」
「菓子、ですか?」


怪しい。怪しすぎる。一体何が入っているのか分かったもんじゃない。
だが、これを受け取らない限り引いてはくれなさそうだ。受け取るだけ受け取って、食べずに捨ててしまおう。
仕方なしに、孫兵は差し出された包みに手を伸ばす。しかし、


バシン、と。


目の前で菓子の包みが手で弾かれ、地面に落ちた。
驚いた孫兵は手の主を見てから、更に驚くことになった。


「…………」
「なまえ…?」


なまえが怒っていた。
いつもニコニコしている顔を強張らせて、口をぐっと結んで。

なまえは全力で怒っていた。


「お、お前!何する――」
「何でこんなことするんですか」


キッと釣り上げた目は幼さの残る顔立ちから決して怖いものではなかったが、常とのギャップに思わず口籠ってしまう程度には威力があった。
先輩の言葉を遮って、固い声で責め立てる。しかし相手も六年生。すぐに我に返り言い返した。


「それはこっちの台詞だ! せっかく用意した菓子が台無しじゃないか! 一体何のつもりだ!? あぁ!!?」


どうしてくれるんだ、責任を取れとどこか切羽詰まった様子で攻寄る男に、なまえは一向に怯んだ様子を見せず、


「そのお菓子、何が入ってるんですか」
「何って…大福だよ。三元堂の、」
「そうじゃなくて、その大福の中に何を入れたんですか」
「っ、な、何って…別に何も入れてねえよ!変な言いがかりつけるのはやめろ!お前、俺のこと舐めてるのか!?」
「ずっと、孫兵にアレを盛るつもりだったんですか」
「―――やめろって言ってるだろッ!!!」
「なまえ…っ!」


渇いた音が響く。直後、勢いに耐えきれずどさりとなまえが地面に倒れた。
孫兵が悲痛な声で名前を呼びながら駆け寄る。慌てて自分に向けさせたなまえの頬は、痛々しく腫れていた。


「なまえ、なまえ大丈夫っ? すぐに保健室に…」
「孫兵は、」


そっと孫兵の手を外したなまえは目にいっぱいの涙を溜めながら叫んだ。


「孫兵はっ、毒虫が本当に好きで…っ。な、なの、にっ、なんでっ、……なんで大福に…っ」


ジャリ、と先輩が後退る。その顔色は悪く、青いを通り越して真っ白だ。
どこか異様なものを見るような目でなまえを見ては浅い息を繰り返すばかりだ。


「孫兵は何も悪いことしてないのにっ、ひど、い、です、虫、も、かわいそ…」
「黙れ黙れ黙れ!うるさい!黙れ!」


振動を感じ取れそうな程の大声で叫んだ先輩に、孫兵となまえは目を丸くする。
一瞬の沈黙の後、鬼のような形相で何か言おうとした様子が見て取れたが、


「おい!そこで何をしている?」
「山田先生、土井先生…」
「………!」
「何故逃げようとするんだ?ちょっとこっちに来なさい。土井先生は二人を保健室に」
「…はい」


逃亡を図ろうとした六年生は即座に山田先生に捕まっていた。
「さあ、もう大丈夫だ。保健室に行くぞ」と土井先生に促され、頬を真っ赤にして目をぱちぱちとさせているなまえを連れて保健室に向かった。















「結局、大福には何が入っていた訳?」
「虫」


頬の治療を終え、部屋に帰ってもしばらくプンプンと怒っていたなまえだったが、慣れないことをした所為か怒りつかれてしまったらしい。
すぐに船を漕ぎ始め、今は孫兵の膝で寝息を立てている。
どうやら六年生が下級生に手を上げたことは瞬く間に学園内を飛び交ったらしく、噂を聞きつけて駆け付けた三年生たちはなまえのあどけない寝顔に溜息を吐いた。
動けない孫兵の代わりに毛布をなまえにかけてあげながら、数馬が事情を聞くと孫兵はあっさりと言った。


「えっ…虫? 虫入り大福?」
「それもただの虫じゃない。毒虫をすり潰して混ぜたそうだよ」
「うーーわーーーー」
「あれ!? もしかしてその毒虫って孫兵のなんじゃ…」
「いや、先輩が個人で用意した毒虫らしい。部屋に毒虫を入れてた壷が見つかったって。……最も、色々な種類を一つの壷に入れていた所為で共食いしちゃってたらしいけど」
「うーーーーわーーーーーー」
「三之助うるせえよ」
「だぁってさー、マジこういうのないわー」
「孫兵の毒虫が使われなくて良かったな!」
「本当だよ。もしそうだったら、ただでさえ『毒虫が好きな孫兵に毒虫を食べさせようだなんて!』って怒ってくれたなまえがどうなっていたか…」
「あーでも、何かちょっと羨ましいなー」
「なまえが怒ったところなんて見たことないしなあ」
「ね、僕らも見たかったね、藤内。……藤内?」


一人だけ参加せず腕組をして思考に耽る藤内に数馬が声をかけると、藤内は躊躇いがちに質問をした。


「ねえ、確認したいんだけど大福にはすり潰した毒虫が入ってたんだよね?」
「ああ…その先輩が自白したらしい」
「それで、たくさん毒虫を入れた跡がある壷が見つかった。しかも毒虫達は共食いしてた」
「うん。数ヶ月前から用意してたみたいで、執念を感じるよ…」


「あのさ、それってもしかして蟲毒じゃない?」


「コドク? 何それ?」
「蟲毒っていうのは呪術の一種で…」
「はあ!? 呪術!?」
「作兵衛、しーっ! なまえが起きちゃうよ」
「わ、悪い…」


うぅー、と身じろぎしたなまえの髪を孫兵が梳いてあげると、なまえはまた眠りに落ちたようでスヤスヤと眠っていた。
自身の口を手で塞ぎながらそれを確認した作兵衛は謝りながら藤内に続きを促した。


「蟲毒っていうのは、あらゆる毒虫を壷の中に入れて、蓋をして共食いさせるんだ。それで最後に生き残った一匹を最強の毒虫として敵に使うらしい。蠱の怨念とか魂とかを相手に取り付かせて呪い殺したり、蟲をすりつぶして食事に混ぜて毒にしたり…。しかも普通の毒と違って解毒は出来ないんだって本に書いてあったけど……」


状況的に蟲毒の可能性は低くないと思うんだけど、どうかな?
絶句する一同の中で最初に口を開いたのは三之助だった。


「うーーわーーー何それ超怖ぇえーーーー」
「告白する前から仕込んでたってことは、断られたら最初から殺す気だったってことかよ」
「何て陰気な奴だ! 危なかったな孫兵!」
「ね、ねえその毒虫入り大福って今どこにあるの…?」
「なまえが怒りながら焚火に突っ込んで手を合わせてたよ。土井先生は大事な証拠品を、って怒ってたけど…」
「さすがなまえ」
「抜かりない…」
「こういう時ホント頼りになるよな…」


しみじみと一同がなまえを眺めていると、さすがに視線を感じたのかむっくりとなまえが起き上がった。
くしくしと目を擦りながら、


「んんー? 皆で何のはなしー?」


遠慮なしに擦るなまえの手をそっと掴み、孫兵はコツンと額をくっつけた。


「なまえのおかげで助かったよ、って話。僕の為に怒ってくれて、ありがとう」
「どういたしましてー!」


にぱっと花が咲くように笑うなまえの笑顔を見て、やっぱりなまえは怒った顔よりも笑った顔の方がいいな、と。
孫兵は改めてそう思った。


















「なあ、知ってるか? この間三年の伊賀崎に毒虫入り大福喰わそうとした六年生が毒虫に噛まれて死んだらしいぜ。新野先生が急いで解毒薬飲ませたけど全然効かなくてそのまま、だってさ」
「それって伊賀崎の仕返しじゃないのか? あいつ毒虫飼ってるよな」
「いや、あの後伊賀崎を含めて生徒全員、生物小屋に近づけさせなかったんだと。見張りまで付けていた上に、その時伊賀崎は学園長先生の庵で将棋の相手させられてたらしい」
「それじゃあただの事故か。いやあ何て言うか、自分が使おうとした獲物で自分が死ぬなんて因果なもんだなぁ」
「ぶっちゃけ自業自得だと思うがね」
「違いない」


怖い怖い、と呟きながら歩いて行く上級生の会話を屋根の上で聞いていた左門は、ふと「人を呪わば穴二つ」、という言葉が頭に浮かんだ。
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