夢小説 | ナノ




16:隙間男

「あれ?硝煙蔵の鍵が開いてる…」


実技授業の帰り道。たまたま通りかかった兵助は、硝煙蔵の鍵が開きっぱなしになっているのを発見した。
蔵の中を見てみるが、誰もいない。昨日の委員会を思い出すが、確かに最後は鍵をかけていたはず。中に置いてある火薬の在庫表を確認するが、特に持ち出された記録はなかった。
とにかく、このまま開けっぱなしにしておくわけにはいかない。火薬は高価で貴重品だ。それに万が一下級生が遊びで入ったりしたら大変だ。
幸い鍵自体は扉に残っていた。もう一度中を見渡し、誰もいないことを確認した兵助はしっかりと鍵をかけた。






放課後、兵助が委員会のために硝煙蔵に行くと、土井と四年生の斎藤タカ丸が蔵の前で何やら話しこんでいた。
土井先生をお待たせしてしまったと足を速めると、土井がこちらに気付き、振り返った。


「遅れてすみません。どうかなさったんですか?」
「ああ兵助、蔵の鍵が開いていたんだが何か知らないか?」
「え?鍵が?」
「僕が来た時にはもう開いていたんだよ〜。でも中には誰もいないし…」


閉めなおしたのに、と兵助が呟くとどういうことかと問われる。昼間の出来事を報告すると、土井は首を傾げた。


「おかしいなあ…今日は火薬を使った授業はないはずだし、蔵の鍵は貸しだされていないし…」
「昼間在庫表を確認したんですが、火薬の持ち出しも記録にありませんでした。無記入で持ち出されたのなら話は別ですが…」
「とりあえず、全員そろったら在庫の確認をしてくれ。私は先生方に心当たりがないか聞いてくる」
「分かりました」


元々昼間の時点で在庫の確認はするつもりだったので兵助はすぐに頷いた。土井が蔵の前から離れ数分もしないうちに全員が集まり、委員会を開始した。














「久々知先輩、こっちの確認終わりました」
「ありがとう、あっちでタカ丸さんを手伝ってくれ」
「はぁい」


普段はぽやっとしているなまえだが、委員会の時は主戦力だ。すぐに口喧嘩を始める伊助や三郎次はなまえが間に入るとすぐに喧嘩をやめるし、タカ丸のフォローも意外と上手い。
頭自体は良いらしく、数え間違いもほとんどないが、集中力が長く持たないのが悩みどころ。
まあ自分が卒業するまでまだ時間はあるし、と兵助が考えていた時、不意に強い視線を感じ体を強張らせた。


「兵助くん?どうかしたの?」
「……いや、なんでもない」


しかし蔵の中には火薬委員以外の人間はいない。誰か入口に来たのかと顔だけを外に出して確認するものの、それらしき気配はなかった。
何だ今のは。
不思議なことばかりが続き少しだけ気が滅入る。しかしこのまま考えていても分かることでもあるまい。
気持ちを切り替え、作業に取り掛かった兵助は、委員会終了後に顧問の土井に、こう報告することになる。


「蔵内の火薬は全て記録通り。持ち出された火薬はありませんでした」














「兵助ー硝煙蔵開いてたけどいいのー?」
「久々知先輩、硝煙蔵って今使用中なんですか?鍵開いてましたけど…」
「おい久々知、硝煙蔵に誰もいないのに鍵が開いていたぞ。確認しておけ」
「おい兵助、最近硝煙蔵の管理がなってないとクレームが…」

「あああうるさーい!!」
「うおおッ!?」


三郎に全力で拳を向けるが間一髪で避けられた。くそ、ムカつく。
一体どうしたと雷蔵に事情を聞かれ、深呼吸してクールダウンを試みた。


「最近硝煙蔵の鍵が開きっぱなしだというのは認めるが、火薬委員会としてきちんと戸締りをしたことは主張させていただく。全員で錠が閉まっているのを確認してるんだ。閉め忘れなんてことはあり得ない。鍵だって土井先生が管理していて誰にも貸し出していない。鍵も壊れていないしピッキング痕もない。火薬だって減っていない」
「それじゃあ何だって鍵が開きっぱなしなんだ?」
「そんなのこっちが知りたいよ…」


はあ、と大きな溜息をつく兵助。おかしな話だと考え込む三郎。同じく何やら考えていた雷蔵が、


「もしかして蔵にどんでん返しみたいな仕掛けがあったりして」
「ええ……」
「まさかぁ…」
「あははは、だよねー」
「…………」
「…………」
「…………」
「一応調べてみるよ……」


ありがとう、お礼を言った兵助に双忍は励ましを込めて肩を叩いた。














「まあ、ないとは思うんだが一応、確認しておく。何かおかしな所があったら報告してくれ」


最近硝煙蔵が開けっぱなしになっていることが多いらしい。らしい、というのはなまえはその場面に遭遇したことがなく、全て伝え聞いたものだからだ。
何でだろう。誰かの悪戯かなあ。でも火薬が保管してあるし、危ないなあ。最近、久々知先輩もお疲れのようだし、早く原因が分かると良いなあ。
そう考えながらキョロキョロと不審な所がないか探して歩く。三年間ここで委員会活動をしているが、特に変わったところは見受けられない。

ふと、棚と棚の隙間が目に付いた。こういうところに何かあったりして。
そっと隙間に近づくと、なまえはぱちぱちと目を瞬いた。


・・・・・・・・・
棚の隙間に男がいた。


隙間と言っても一センチもあるかないかという程度だ。常識で考えればそんな狭い所に人間が収まるわけがない。
その男はぎょろりと大きな黒目をなまえに合わせ、じっとなまえを見下ろしていた。


「(誰かいる…誰だろう……どしようかな。久々知先輩に報告…あっ、でも目を離したすきにどっか行っちゃうかも?)」


どうするべきか悩みながら、なまえは視線を逸らさない。男も眼球を動かすことはしなかった。
ただしどういう訳か、男の表情が次第に険しい物に変化していくのをなまえは感じた。目に力が籠り、充血し、怨念とも憎悪とも言うべき感情が漏れ出している。


「………?」


はて、何故そのような目を向けられているのだろう?
なまえはこの男を発見して、ただただ視ているだけである。視られているのが嫌なのか?だったら視線を逸らせばいいのに。

疑問ばかりが降り積もる思考の中で、段々男の体が縮んでいることになまえは気がついた。
男を視るため、大人を見上げる程に傾けていた首が徐々に下がって行く。


「あっ」


男の体はなまえの身長よりも小さくなり、膝の高さくらいになった時に唐突に消えてしまった。一瞬だが、黒い靄(もや)のようなものが視えた。
思わず声を上げたなまえに、兵助がすぐさま反応した。


「みょうじ、何かあったのか?」


兵助の問いに、なまえは隙間を見て、兵助を見て、もう一度隙間を見た後、

      ・・・
「いえ、何もいないです」


その僅かな返答の違いに気付いた兵助は、少しだけ逡巡した後、無言でなまえの頭を撫でた。
なまえは、良く分からないという顔をして兵助を見上げていた。

















「おう兵助、硝煙蔵の鍵の件、どうなったんだ?」
「三郎」


何か仕掛けがあったか?
廊下ですれ違った三郎が興味津津に聞いてきたため、兵助は苦笑した。


「残念ながら三郎が喜びそうな仕掛けはなかったよ」
「何だつまらん。ならば謎は残ったままか」
「いや、先日土井先生が鍵を交換したら、パッタリとなくなったよ」
「合鍵でも作られていたか。それにしても火薬も盗らずに鍵だけ開けっぱなしにしていた理由が分からないが…。もしかして嫌がらせか?」
「さあな。火薬委員会としてはきちんと火薬が管理出来ればそれでいいから、今回は合鍵があったということで落ち着いたよ」
「……へえ?」


含みのある兵助の言葉に気がつかない三郎ではない。
楽しそうに兵助の肩を抱き窓枠に連れ込むと、「それで?」と続きを促した。


「……土井先生が新しい鍵を持って来てくださった日に、火薬委員で蔵の中の点検をしたんだ。その時、みょうじの様子が少し変だった」
「それは何と言うか…意味深だな…」
「だろ? 何かあったか、と聞いたら
  ・・・
何もいないって返って来たし…」
「おおう…」


他の人間の言葉ならば深読みしぎだと笑い飛ばすことができるが、それがなまえの言葉ならば話は別である。
無言で窓の外を眺めていた兵助は、躊躇いがちに言った。

               ・・
「俺、思うんだけど。硝煙蔵には何かがいて、俺が声をかけた時には既にいなくなっていたんじゃないか、って」


だからみょうじは、「何もない」ではなく「何もいない」と言ったんじゃないか、って。
そう口にした兵助の表情からは後輩に対する心配しかなかった。


「お前も苦労するなあ」


最上級生のいない委員会に、年上の後輩、危なっかしい後輩。悩み事が盛りだくさんだ。

さて、何と励まそう。
窓から見える、楽しそうに同級生と歩いているなまえを見ながら、三郎は言葉を探した。
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