夢小説 | ナノ




14:銅の箱

喜八郎は道を歩いていた。
ここはどこだろう。そう思いながらキョロキョロとするが、そこにあるのは白い道と、道の外にある土、そして暗闇だけだった。
そして一本しかない道を、喜八郎は進んで行く。

進んで、進んで、休憩して、進んで行くと、見覚えのある場所に辿り着いた。
白い塀に大きな木。後ろには井戸が見える。
いつの間にか喜八郎の手には鋤が握られていた。一度二度、利き手で握り感触を確かめるとそのまま地面に振り下ろした。
無言で掘り続けると、喜八郎どころか成人男性がすっぽり隠れるくらいの大きな穴になった。そろそろやめようか、と思ったその時、ガツン、と何か固い物を弾いた。
音からして石だろうか。
しゃがみ込み、クナイで少しずつ削ると、何やら箱のようなものが出てきた。
興味を惹かれた喜八郎はその箱を掘り起こした。まな板程の大きさの箱は木ではなく、何と銅で出来ていた。箱の蓋には文字が彫ってあるようだが、劣化してしまい読めない。
お宝でも入っているのだろうか。
箱の蓋に手を掛け、持ち上げてみると案外簡単に外れた。そして蓋を箱の横に置き、中を見ようとしたその時、









ぱちり。
見慣れた天井。温かい感触。喜八郎は布団の中にいた。


「やっと起きたか!早く準備しないと朝食抜きだぞ」
「…………?」


むくりと起き上がると、同室の滝夜叉丸の呆れ顔が視界に入った。滝夜叉丸は既に忍装束に着替え終えていた。
喜八郎も布団から出て身支度をする。寒さに震えながら夜着を脱ぐと、滝夜叉丸がブツブツと文句を言いながら喜八郎の布団を畳んでいた。


「ねえ滝」
「何だ早くしろ。置いて行くぞ」
「僕、夢を見た」
「どんな夢だ」
「穴を掘っていたよ」
「夢の中でまで穴を掘るとは…お前も相当だな」
「寝言で輪子がどうこう言ってる滝にだけは言われたくない」
「どういう意味だ!」
「そういう意味」


後ろからギャーギャーと喧しい滝夜叉丸を無視して、喜八郎の身支度は完了した。






休み時間。喜八郎は例の如く穴掘りに来ていた。
ガツ、ガツ、と地面を少しずつ抉っていく。僅かに窪みが出来た頃、喜八郎はふと思った。


穴を、掘らなくちゃ。


今まさに掘っているというのに、何故かそう思った。
しばらく手元の窪みを見た後、「違う、ここじゃない」と思い自慢の踏子ちゃんを肩に乗せて移動した。
どこを掘ればいいのだろう。保健委員が落ちない所が良い。彼らはどんな穴でも落ちてしまうから、美しくない。
キョロキョロと、探し回っていると、丁度よさそうな場所に辿り着いた。

どこかで見たことがある。どこだろう?
側には白い塀に大きな木。後ろには井戸が見える。


「おやまあ、夢の中と同じ場所」


あれは忍術学園の中だったのか。
ふーん、と納得し、それからもう興味は失せてしまった。
まあ、いいや。掘ろう。
ここに、立派な、穴を。
ザクザクと掘り進めて行く。気がつくと穴は大分大きくなり、喜八郎どころか成人男性がすっぽり隠れるくらいの大きな穴になった。

夢と同じだ。
ならばそろそろか、と思ったその時、ガツン、と何か固い物を弾いた。
しゃがみ込み、クナイで少しずつ削ると、箱の角が顔を出した。

そういえば、夢の中で喜八郎は箱を開けたのだった。
しかし、中身を見る直前に目が覚めてしまった。何が入っているんだろうか。
喜八郎はそっと手を伸ばした。泥に塗れた指先が箱に触る直前、


「…あやべきはちろう先輩?」


穴の外から呼ばれて思わず手を引っ込めた。
上を見ると、ほとんど接点のない一つ下の後輩が自身を覗き込んでいた。


「藤内が、探していますよ」
「藤内が?」


そういえば今日は委員会があったかもしれない。
今から行くのは面倒だが、サボると委員長が拗ねて更に面倒だ。仕方なしに委員会室に向かうことにした。
穴の中で立ちあがった喜八郎をなまえがずっと見つめている。一度首を傾げた後、


「委員会、行ってくる」
「そうですか」
「うん」


地面に刺したままの踏子ちゃんを抜き取る際に、銅箱に目が行った。
さてこれはどうしようか。委員会に持って行っても楽しいかもしれない。仙蔵は案外こういうものが好きだ。
ふと、喜八郎に影がかかった。再び視線を上げれば、なまえが箱を注視していた。


「その箱は、」
「出てきた。夢の中と同じ。中身は見てないけど」
「そうですか」
「うん、そう」
「その箱は、ここに埋めておくのが一番良いです」


喜八郎はぱちぱちと瞬いた。
この箱は、ここに埋めておくのが一番良いのか。
おやまあ。だったら、早く埋め直そう。


「……………」
「?」


無言で穴から這い出てきた喜八郎は、じっとこちらを見るなまえの頭をぽん、と撫でた。
撫でられたなまえは首を傾げ、無言で穴を塞ぎ始めたのを見てにっこりと笑った。


















ザク、ザク、ザク。
喜八郎は穴を掘っていた。この土の感触には覚えがある。喜八郎がここを掘るのは三回目だ。
ガツン、という音と共に軽い衝撃が喜八郎を襲った。しゃがみこんでクナイを使い、土を削る。


「…………箱」


土の中で埋もれていた銅の箱を見つけた。
クナイを地面に置き、蓋に手を伸ばすが、


「その箱は、ここに埋めておくのが一番良いです」


昨日、初めて言葉を交わした後輩が、頭をよぎる。
しばらく考えた後、喜八郎は伸ばした手を地面に置いた。


『――開けないの?』


そんな声が聞こえた気がして上を見るが、そこには誰もいない。


「おやまあ」


喜八郎は呟き、クナイを仕舞い込んだ。そして踏子ちゃんを手に取り、穴の中から出た。
こんもりと積もった土を、少しずつ戻していく。作業中に、先程聞こえた声が頭に響く。


『開けないの?』
『ねえ、開けないの?』
『どうして、開けないの?』
『なんで、開けないの?』
『開けないの開けないの開けないの開けないの開けないの開けないの開けないの開けないのねえ開けないの開けないのどうしてなんでねえ開けないの開けないの開けないの開けないの開けないの開けないのなんで開けないの』


「―――開けないよ」


ぴたり、と声が止んだ。
静寂の中、喜八郎が穴を埋める音だけがそこに響く。


「だって、その箱はここに埋めておくのが一番良いんだもの」


パシン、と。
埋め終え、表面を叩いた喜八郎が目元の汗を拭い、目を開けると、視界に広がるのは見慣れた天井だった。













その日、箱があった場所に喜八郎が行くと桶を持ったなまえに出会った。
なまえはきょとんと喜八郎を見た後、「こんにちは、綾部先輩」とペコリと頭を下げた。
「何してるの」と喜八郎が問うと、「水遣りです」と返ってくる。
桶で水遣りとはこれまた豪快なと思っていると、なまえが喜八郎の目の前で水を撒いた。


「……そこに何か植えてるの」
「植えてないです」
「なのに水撒きしたの」
「井戸の水で、キレイにしようと思って」
「そう」


じっと目の前の水を見る。すぐ後ろの井戸で汲んだらしいその水は、昨日掘り返したばかりの土に勢いよく滲みこんでいく。
喜八郎は桶を持って同じように地面を見ていたなまえに近づき、抱きあげた。
三年生で一番小柄ななまえはひとつ違いの喜八郎でも簡単に持ち上げることができた。そのままなまえを肩に跨がせ、肩車をして歩き出す。


「どこ行くんですか?」
「どこがいい?」
「じゃあ、綾部先輩のお部屋がいいです」
「分かった」


喜八郎は、控え目に自分の頭に手を乗せるなまえを肩に置いて歩きながら、さて部屋で何をしようかと考えた。
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