夢小説 | ナノ




08:ストーカーの規模が尋常じゃない

どうしてこうなったんだろう。
数馬は冷静になるために今までの経緯を振り返る。
薬草の入った籠を伏木蔵と一緒に医務室に運ぶ途中、お約束の不運を発揮してひとつ残らず廊下にぶちまけてしまった。慌てて拾い集めていると、そこに例の天女様が通りかかった。
思わず身を固めると、天女様は「あら大変」と一緒に薬草を拾い集めてくれた。
ここまではいい。
途中で伏木蔵が「噂の天女様に遭遇するだなんて、すごいスリル〜」とか抜かして肝が冷えたが、天女様は特に気にせずに当たり障りのない挨拶だけして別れようとしたのだ。
伏木蔵が、「天女様、もし暇なら僕たちのお手伝いしてくれませんか?」などと言い出さなければそこで別れられたというのに!
いっそ断って欲しいという数馬の願いも虚しく、「いいわよ」と快諾されてしまい、今現在医務室で天女様と包帯巻きをしている。伊作先輩はやくきて。僕をたすけて。


「天女様は本当にお綺麗ですね〜」
「ありがとう。私の名前はみょうじなまえよ」
「あ、否定しないんですね。僕は鶴町伏木蔵です」
「私ほどの美人になると下手な謙遜は嫌味と言われてしまうの。もう事実として受け入れたわ」
「なるほど〜。じゃあ、なまえさんほどの美人になるとやっぱりすごくスリルな痴情の縺れとか経験してるんですかぁ?」
「ふ、伏木蔵!失礼だぞ!」


目をキラキラさせて女性にそんなこと聞くんじゃない!ましてや相手はあの天女様だぞ!?
数馬の懸念をよそに天女様は首を少し傾げ、「聞きたいのなら別に構わないけれど」と前置きして、


「あなたその歳でもうそんなことに興味あるの?」
「別に痴情の縺れでなくってもいいんですけど、何かスリルなお話が聞きたくて」
「ああ、そういう」


「私ほどの美人になると勿論ストーカーは常にいるのだけど」
「常に」
「ええ、常に。今は三人くらいいたかしら。そのストーカーたちは最終的に刃物を持ち出して『お前を殺して俺も死ぬ!』か、『結婚してくれなきゃ死んでやる!』みたいになるのが日常なのよ」
「ちょっと待って、そんな日常ある!!?」
「すごいスリル〜」
「ちなみに前者は武器を剥ぎ取って『生まれてきてごめんなさい』と土下座するまで説得(物理)を行使して、後者は放置するんだけど」
「前者の人どうしたの!?何がどうなってそうなるの!?怖ッ!」
「ここまでが前提ね?」
「ここまでが前提なの!!?」
「この間、前者の悔恨土下座をした人が奇跡の精神的生還を果たしてしまって」
「僕、悔恨土下座なんて初めて聞きました」
「僕もだよ!」
「武器を刃物から銃器にランクアップさせて人質を取って立てこもり事件を起こしたのよねぇ」
「一人の女性を巡るにしては規模が大きすぎる!!」
「大変だったのよ、物理じゃない説得をしろとか人質の身の安全を優先しろとか」
「それで、どうなったんですかソレ…?」
「結局、私が一人で自分のところまで来るように犯人に要求されたから人質全員の解放と引き換えに応じたわ。そのあと?勿論、銃を奪い取って自力で倒したわ。全く人の迷惑を少しは考えて欲しいものね。二度とこんなこと考えつかないようにたくさん説得()したからもう大丈夫だと思いたいわ」
「す…すごい!すごいですなまえさん!こんなスリルな修羅場聞いたことない!」
「あらありがとう。鶴町くんに気に入って貰えたならあの男も生まれてきた価値は髪の毛一本分くらいはあったわね」
「辛辣にも程がある!」


ぜえぜえと肩で息をする数馬に「大丈夫?」と背中をさする天女様。
「ええ、大丈夫ですなまえさん」と数馬が返せば、「それはよかったわ三反田くん」と綺麗な微笑みつつ、これまた綺麗に巻かれた包帯の山を差し出された。

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