夢小説 | ナノ




05:その美貌で全てうまくいく

「あれ?天女様だ」
「こんにちは三年生君。そんな茂みから出てくるなんて忍者って大変ね」
「俺は次屋三之助です」
「私はみょうじなまえよ」
「なまえさんはどうしてこんなところにいるんですか?」
「こんなところ?」
「ここは俺の部屋の前です!」
「いいえ、ここは食堂の裏手よ。私はお掃除中」
「あれ?いつの間に俺の部屋が移動したんだ??」


自室を目指して歩いていると、目の前に掃除中らしき天女がいた。
思わず自己紹介をしてしまったが、三之助は天女のことがあまり好きではなかった。
適当に話を切り上げてその場を立ち去ろうとしたが、件の天女がさらに声をかけてきたのでそれは叶わなかった。


「なるほど君が話に聞く迷子ね?送ってあげたいけど私は三年長屋の場所は知らないのよね」
「あ、いえ。多分俺の友達が探しに来ると思うんで迎えに行きます」
「…ちなみに今、どこに向かおうとしているの?」
「もちろん自分の部屋ですよ、友達も同室なのでそこで合流出来ます!」
「うーん、そっちは学園長先生の庵の方角なのよねえ。次屋君、ここで座って待ってた方がいいんじゃない?」
「えー、でも…」
「私は掃除をしなくてはいけないからここを動けないの。雑談位ならお付き合い出来るけれど、何か暇つぶしに聞きたいことはない?」
「いや、俺特にアンタに興味ないんで」


反射的にそう返してしまって、しまったと三之助は口を押えた。
天女様をアンタ呼びしてしまった。それに加えて興味がないなどと面と向かって言ってしまった日には面倒なパターンが待っている。顔を真っ赤にして怒り、罵詈雑言の限りを尽くすかもしくは魅了した上級生にチクって制裁をされるか。
まだこの天女様に誰かが魅了されたという話は聞かないが、一体どうなるのだろう。
恐怖で固まった三之助に天女が返してきたのは意外な言葉だった。


「あらそう。それじゃあ仕方がないわね。何もすることがなくて暇だと思うけど、そこに大人しく座ってお友達を待っていたらいいと思うわ」
「えっ」
「えっ?」
「……怒らないんですか?」
「何を怒るというの?」


心の底から分からない様子の天女様に、三之助は言葉を飲み込んだ。
そもそもこの天女様は表情が乏しいが、彼女が怒っていないことだけは分かった。


「………いいえ、何でもないです」
「そう」
「……なまえさんが、山賊相手に無双したと聞いたんですが」
「無双という程ではないわ。全滅はさせたけれど」
「いやそれ無双って言っていいと思いますけど…。どうして、自分の身を差し出してまであの三人を助けたんですか?」


それは、当然の疑問だった。
この見目麗しく頭も良いらしい少女が、見るからにならず者という風体の男共に身を差し出してどういう未来を辿るか理解出来ないとは思えない。あの時周りには上級生も先生方も居らず、なまえが自力で倒さなければ悲惨な目にあっていたのだ。
じっとなまえを見て問うと、なまえは動かしていた箒を止め、フッと遠い目をして言った。


「私ほどの美人になると、この美貌を持って生まれた意味を見出す必要があると思うの。私の美貌に未来ある子ども三人分の価値があるというのならば、差し出すべきだと思わない?」
「なまえさん…」
「それに、あの子たちが無事に逃げた後はどちらにせよあの山賊たちを処刑するつもりだったわ」
「処刑て」
「私こう見えても空手や合気道、薙刀を嗜んでいるの。さすがに忍や侍相手には歯が立たないけれど、あの程度の山賊崩れなら問題ないわ」


ブン、と薙刀のように箒を構えるなまえの姿は様になっていた。
あっけらかんと言い放った彼女に三之助は呆れた様子で言った。


「仲間がいたらどうするんですか…」
「そうね、仲間がいたらさすがに処刑は無理ね。でも私ほどの美人をそこら辺で二束三文で叩き売るなんて勿体ないことしないでしょう。初物のまま遊郭にでも売れば大豪遊よ。そうしたらこの美貌を持って花魁になれるわ。そこでお金持ち相手に身請けして暮らすのも悪くないと思って」
「……えぇー…」
「そもそも途中で見張りが薄くなった時に色仕掛けでもして逃げるという手もあるしね。どっちにしろ私はこの美貌故に助かる見込みだったのよ」
「ううーん…そうっすね…。なまえさんなら出来そうですね…」
「もちろんよ」


ぱちん、と見惚れるほど綺麗なウインクをしたなまえに三之助は今度こそ脱力した。
この天女様は、呆れるほど美しくて高潔で、無害だ。
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