夢小説 | ナノ




11:わらしべ長者

ガタガタ。
  ガタガタガタ。


何か音がする。何の音?
なまえはキョロキョロと音源を捜した。委員会中だったので、場所は煙硝蔵だ。火薬が入っているような壷が揺れる音ではない。
よくよく探してみると、棚の後ろに落ちてしまっている箱があった。それは火薬を包む薬包紙が入っている箱らしい。棚と壁の狭い隙間に落ち込んでしまっているせいで蓋が開かないようだ。
なまえは顔の大きさほどあるその箱が開かないように蓋を抑えて拾い上げると、耳を近づけたり振ってみたりと中に何が入っているかを推測しようとした。以前のなまえならばここで一も二もなく蓋を開けていただろう。孫兵ら三年生の教育の賜物である。
結果分かったことは、中に在るモノはとても軽いことと、振るとぴぃぴぃと鳴くことだ。
しばらく考えた結果、特に危険はないと判断したなまえはそっと蓋を開けてみることにした。


「わあ…」


中で目を回していたのは人に似た小さな生き物だった。いわゆる小人と呼ばれる類のモノだ。
それは中性的な顔つきをしていたがとても愛らしく、なまえの危険センサーにもひっかからない。きっと好奇心から箱の中に入ったのは良いものの、箱ごと落ちてしまい出られなくなったのだろう。
未だに目を回している小人にくすりと笑い、そっと摘みあげ、蔵の外に降ろしてあげた。


「みょうじ?どうかしたのか?」
「久々知先輩」


仕事も途中に外に出て行ったなまえを心配して追いかけてきた兵助に首を振り謝罪した後、手を引かれて蔵の中に戻る。
途中で振り返ると、箱から助け出した小人も、別の小人に手を引かれて歩いて行くところだった。


「(いっしょだ)」


なんだか面白く感じて、くすくす笑うなまえを、兵助が不思議そうに見ていた。










「なまえ、これなまえの?」
「うんー?」


朝、なまえがえっちらおっちらと布団を畳んでいる時。孫兵は目を覚ました。「おはよう」と朝の挨拶を終え、着替えて飼育小屋へ餌やりに行こうと戸を開けた。その時目に入った物を見て、孫兵はそれがなまえ宛ではないかと思った。
呼ばれたなまえは孫兵の指さす先を見て「あっ」と声を上げた。そこにあったのは煙硝蔵にあった箱だった。あの、小人が入っていた。
箱を持ち上げてみると意外と軽い。耳を付けてみるが何も音はしない。そっと蓋を開けてみると、


「これは…薬草?」
「いっぱいだねぇ」


昨日のお礼かな、と呟いたなまえに、特に危険はなさそうだと判断した孫兵が「行ってきます」と声をかけると、「行ってらっしゃい」と返ってきた。











保健室で、保健委員長である伊作は溜息をつきながら後片付けに勤しんでいた。恒例の不運によって薬をダメにしてしまったのである。
ただでさえ冬場は薬草の種類が限られるというのに。この寒さの中薬草を採りに森に入るのは骨だった。


「かあぁぁずまあああああっ!」


と保健室の入り口で大声を出したのは三年生のみょうじだった。突然の叫び声に伊作を含む保健委員が唖然としていると、いち早くフリーズ状態から脱却した数馬が戸を開けた。
「三年い組みょうじなまえ入りまぁす」とお辞儀しながら入ってくる。どうやら両手が塞がっていて開けられなかったらしい。みょうじの手には桶ほどの大きさの籠が収まっていた。


「なまえ、こっちきて座って」
「はい」
「保健室は静かにしなくちゃだめでしょ?いくら両手が塞がっていてもダメ。いい?」
「はぁい」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
「よし。…それで、何か僕に用があるの?」
「あっ、これあげる」


手に持っていた籠を数馬に渡す。籠を受け取り、中身を見た数馬は俊敏な動きで伊作の元に駆け寄る。


「せ、先輩!これ…」
「こ、これは…」
「びわの葉!」
「フユイチゴ!」
「「ロウバイ…!」」

「??」


恐れ慄く上学年二人と、「えっ」という表情の左近。ハテナマークが浮かぶ一年生たち。
左近が躊躇いがちに、


「びわの葉って、確か風邪薬になるんでしたっけ?」
「ああ、それもあるけど。びわの葉は万病に効くと言われていてね。下痢止め、暑気あたり、鎮痛、鎮静、火傷なんかに使えるよ。本当はお酒につけてエキスを抽出したほうがいいんだけど…」
「フユイチゴは強壮強精、疲労回復、美肌効果があるんだよ。覚えておこうね」
「じゃあ最後の老婆胃っていうのは何ですかぁ?」
「ロウバイね。咳止めや、やけど、解熱効果があるよ」
「「へえー!」」


薬草講座が始まっているのを余所になまえはニコニコと床にばら撒いてしまった薬の後片付けをしてくれていた。気がつくと床は綺麗になっており、なんだか申し訳ない。


「これ、どうしたの?なまえが摘んできたの?」
「ううん、貰いものー。数馬にあげる!…いらない?」
「要る!とっても!ありがとうね、なまえ。掃除も手伝ってくれてありがと。助かったよ」
「えへへ」


頭をなでなでする数馬と、嬉しそうにそれを享受するなまえ。すると伏木蔵も真似してよしよしし始めた。
慌てて左近が「先輩に失礼だろ!」と撤去するが、どう見てもなまえは喜んでいた。


「あ、みょうじ。お礼にこれあげるよ」


薬の補充と保健室の片付け。自分たち保健委員だけでは何時間かかるか分からない作業をやってのけたなまえに、せめてものお礼がしたかった。
棚にしまってあった菓子を取り出し、なまえに渡す。


「いいんですか?」
「貰いもので悪いんだけど、他にもたくさん貰ったからあげるよ」
「作兵衛たちには内緒にしておくから、孫兵と二人で食べなよ」
「わぁい」

二人分、多くて三人分しかない小さな包みに入った菓子を大事そうに抱えたなまえはにこにこと嬉しそうにお礼を述べると、入室の時を反省してか、忍らしく音も立てずに戸を閉めて行った。











保健室から出て部屋に帰る途中、何だか困った様子の学園長先生に会った。
どうしたんだろう、となまえが声をかけると学園長の視線は何故かなまえが大事そうに抱えている菓子に固定されている。


「実はのぅ〜、今日はワシの元彼女の楓ちゃんと如月ちゃんが来るんじゃが、お茶受けを切らしてしまっているのを忘れていての。困っておったんじゃが…」
「へえ〜」
「ううむ、ここまで露骨にアピールしても気づかんとは…。オホン、それを譲ってくれんかの」
「……………えっ」


思わず一歩、二歩と後ずさるなまえと、それを追いかける学園長。
じりじりと無言の攻防が続き、次第になまえの目が涙ぐんでくる。


「これは…孫兵と食べるんです……もん………」
「なっ、何も泣くことはないじゃろう!」
「ふえぇ…」
「おっ、そうじゃ!ちょっと待っとれ!」


忍らしく一瞬にしてその場から消え、数分もせずに帰って来た学園長の手には高級そうな着物があった。


「ほれ!こうれと交換しよう!」
「えぇー…」
「これは結構高いんじゃぞ!楓ちゃんにプレゼントしようと思ったのじゃが趣味じゃないと断られてしまっての…」
「あらら…」
「じゃから交換しよう!」
「あっ」


目にもとまらぬ速さで菓子と着物を入れ替えた学園長は一目散に逃げて行った。残されたのは、涙目で着物を抱えるなまえだった。










「おや、みょうじじゃないか。どうかしたのか?」


俯きながらぐすぐすと涙を溜め歩くなまえに声をかけたのは仙蔵だった。顔を上げると、火薬の相談だろうか。仙蔵と兵助がなにやら話をしているようだった。
兵助はなまえが瞳いっぱいに涙を携えているのを見つけると、慌てて駆け寄ってきた。


「みょうじ!?どうした?怪我でもしたのか?何かあったのか?」
「学園長先生にお菓子とられましたぁ…」
「「…は?」」


兵助の膝の上で、かくかくしかじか、と事のあらましを説明するなまえ。兵助は手拭いで涙を拭いてあげながら「学園長先生…」と呆れ顔で呟く。
食い意地が張っているとは知っていたが、まさか下級生から取り上げるなんて。絶対シメる。
密かに怒りに燃える兵助の傍ら、仙蔵は「ふむ」となまえの持っていた着物を広げて検分する。


「どうだみょうじ、この着物、作法委員に提供する気はないか?」
「え?」
「立花先輩!?先輩まで何を…」
「落ち着け久々知。この着物はどう見てもみょうじには大きいだろう。着るのは二年後三年後だ。それまでこの状態をみょうじが管理出来るとは思えん。だったら私たちが有効に利用しようじゃないか」
「う…しかし……」
「勿論タダで貰うとは言わん。代わりにこれをやろう」
「これは…」
「簪?」
「それならばみょうじが今からでも使えるだろう」


差し出されたのはシンプルなデザインの簪だった。
値段的には釣り合わないが、実用性はこちらの方が高い。受け取った簪をじーっと見つめるなまえ。


「それじゃあ…交換です」
「交渉成立だな」


どうやら簪はなまえのお気に召したようで、さっきの涙もどこへやら、すっかりご機嫌ななまえに兵助はほっと胸を撫で下ろした。









簪を持ってトコトコ歩くなまえが次に会ったのは同じ委員会の斎藤タカ丸だった。
タカ丸の目の前にはめかし込んだくのたまがいた。髪を結ってあげているんだろうが、何やら難しい顔をしている先輩兼後輩に、なまえは話しかけた。


「タカ丸さん?」
「あっなまえくん。こんにちは」
「こんにちは。どうかしたんですか?」
「うん、実はね、今この子の髪を結ってるんだけど、手持ちの簪じゃイメージ通りにいかなくって…。うーん、どうしようかなあ」
「簪…」


ふと、手元の簪を見た。しばらく考え込み、


「あの、これはどうですか?」
「え?わーっ、可愛い簪!これならぴったりだよ!でも、貰っちゃっていいの?」
「いいですよぉ」


なまえから受け取った簪を見て大はしゃぎするタカ丸。早速くのたまの髪をいじり、簪を挿す。
タカ丸にセットしてもらったくのたまは、とても可愛らしく見えた。


「きゃーっ、すごい!さすがタカ丸さん!これならきっとうまくいくわ!」
「それは良かった。なまえくんのおかげだね」
「そうね、ありがとう!私が簪とっちゃったから、代わりにこれをあげる」
「鈴…」
「可愛いでしょ?あげるね!」


手を振って走って行ったくのたまを見送って、手元の鈴に目を落とす。
鈴は猫の顔を模していて、穴が丁度、鼻〜口の部分になっている。赤い紐を括られているので、小物に付けられるようになっていた。


「えっと…」
「可愛い」
「あ、そ、そっか。じゃあ…良かったのかな?」
「はい!」


簪が鈴に変わってしまったが、持ち主のなまえは満足そうなので、良しとしたタカ丸だった。










「あれっ、なまえじゃん。こんなところで何してんの?」
「ここ僕のお部屋ー」
「あれ?」


部屋に戻ったなまえが貰った鈴を鳴らして遊んでいると、三之助が迷い込んできた。
なまえの返事に心底不思議そうな顔をしている三之助。


「どこに行くつもりだったの?」
「体育倉庫前。これから委員会なんだよなー」
「一緒に行く?」
「マジか。悪いな」
「ううんー」


鈴を袖に入れ、ぱっと立ちあがって部屋の戸を開ける。三之助の手を取って歩き始める。先程までずっと目的地にたどり着けずにうろうろしていたというのに、今度はちっとも、迷わなかった。


「こら三之助!集合時間はとっくに過ぎているぞ!」
「だって体育倉庫がいつの間にか移動してて…」
「いい加減お前は方向音痴を自覚しろ!まったく…」


はぁぁああああ、と深いため息をつく滝夜叉丸に、大変だな、となまえは思った。
体育倉庫の前には他の体育委員が既に揃っていた。無事引き取られ、迷子縄を付けられた三之助に手を振ると、チリンチリンと袖の中の鈴が鳴った。


「鈴の音がするぞ!」
「うきゃっ」
「な、七松先輩!?」


突然持ち上げられてなまえはびっくりしたような声を上げた。直後、小平太はなまえを揺らし始めた。体が揺れる度に鈴の音が鳴る。


「七松先輩、なまえに何してんスか」
「鈴の音がする!」
「鈴?」
「あ…これですか?」


半ギレの三之助が小平太に突進、しようとして滝夜叉丸に羽交い絞めにされている。それを余所に平然と会話をする小平太となまえ。
小平太の言う鈴を袖から出すと、小平太がさも『いいことを思いついた!』という顔で言った。


「それ、三之助に付けよう!」
「え?」
「迷子鈴だ!」
「でもそれ、みょうじ先輩のですよ?」
「くれ!」
「ええっ」
「そんな横暴な…」
「いいですよ」
「いいんですか!!?」


ありがとう!と満面の笑みでなまえを降ろし、鈴を三之助の腰ひもに括りつけた。


「これで今日は迷子にならないな!」
「しかし、本当に貰って良かったのか?」
「えっと…じゃあ何かください」


実は、と今朝からの一連の流れを話した。学園長のくだりで三之助の目がマジになる事件があったが、話を聞き終えた滝夜叉丸が呟いた。


「わらしべ長者か」
「はい。だから何かくださぁい」
「何かと言われてもな…仕方ない、それではこの滝夜叉丸のサイン色紙をやろう!」
「なまえに変なもん渡すのやめてください」
「変!?変とはなんだ三之助!この滝夜叉丸様のサインなど貴重すぎて…ぐだぐだぐだ」

「これをやろう!!」


滝夜叉丸のぐだぐだが始まり下級生がうんざりし始めた時、どこに行っていたのか小平太がぬっと割り込んできた。
ほれ、と手渡されたのは綺麗な椿の花だった。


「椿?」
「そうだ!あっちに咲いていたぞ!」
「わあ」


嬉しそうな顔をしたなまえを確認して、「それじゃあ私達は委員会をするぞ!いけいけどんどーん!」と去っていってしまった。











・・・・・・・・・・
椿の花を久作に譲った数日後、なまえの部屋に久作が訪れた。
久作は先日のお礼に、とおいしそうなボーロを持ってきてくれた。


「な、中在家先輩と一緒に作ったんです。一応あの後、花攻撃は止まりましたから…」


それじゃあ、これで!と逃げるように部屋から出て行った久作と、残されたボーロを見て、なまえはにっこりと笑った。
部屋にボーロと孫兵を残して出て行ったなまえは、しばらくしていつものメンバーを連れて戻ってきた。


「みんなで一緒に食べよ!」


最初に貰ったお菓子は、高級だったが孫兵と二人でしか食べれなかった。
最後に貰ったボーロは、手作りであったかくて、みんなで分けることが出来る。

だったら、こっちの方が良いや、となまえは嬉しそうに笑った。





数分後、他の先生から責め立てられ、元彼女の二人にも非難された学園長が菓子折りを持って謝罪に来るのは、また別の話。
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