夢小説 | ナノ




10:送り花

金楽寺へ食堂のおばちゃんから託された煮物を持って行った帰り。
なんだか雲行きが怪しいな、と思っていたら案の定降り始めてしまった。周りにあるのは寂れたお地蔵様だけで、雨宿りできそうな場所はどこにもない。幸い、ここから忍術学園はすぐだ。慌てて走り始めた久作は、雨ざらしになったお地蔵様の横を走り抜けていった。

雨の中、お地蔵様の首が、僅かに動いた。





翌日。
久作が授業から自室に戻ると机の上に見慣れぬ花が置いてあった。
花瓶に生けてあるわけでもなく、無造作に一輪だけ置かれたそれは、夏場によく見かけるものだった。


「…オトギリソウ?」


見間違いかと思ったが、間違いなかった。特徴的な黄色の花を咲かせたそれは、紛うことなくオトギリソウだった。
夏にしか咲かない花が、何故こんなところに。そもそも縁起の悪い花で有名なそれを久作の部屋に黙って持ち込むなど、悪意しか感じられなかった。
機嫌が急降下するのは感じながら、屑籠の中に放り込んだ。










「………」


さらに翌日。
授業を終えた久作を部屋で迎えたのは昨日のオトギリソウだった。
無造作に置かれたそれは、昨日とは違う部分がある。それは机に置かれた花が一種類ではないということだった。


「…なんだこれ…ユリ?」


久作は特別花や野草に詳しいという訳でないのでその花の種類は判別しかねた。
しかしその毒々しい橙色と、昨日に引き続き行われるこの行為に不気味さを感じざるを得ない。
屑籠を見ると昨日放り込んだはずのオトギリソウが消えていた。犯人は屑籠からわざわざ取り出して再び机に置いたということだろう。腹立たしい。
ムスッとした顔をした久作は、二種類の花を掴み部屋から出た。どこかに捨ててしまおうと思った矢先、小松田さんが枯葉を焚火しているところに遭遇した。丁度いいので花を炎にくべてしまう。半分ほど燃えた所まで見届け、踵を返して部屋に戻る。


「――――は……?」


部屋の戸を開けて久作は愕然とした。
机の上に、花が置かれている。夏にしか咲かない黄色、派手な橙、そして白。
先ほど燃やしに行った花が一輪ずつ。
それに加えられたフキノトウ。

もう、なにがなんだか分からなかった。
思わず戸を閉め直し、背を向けてずるずると座り込む。

自分が部屋を出ている間にもう一度犯人が訪れた?
新たにフキノトウを持って?

何故?
そもそも誰が何のためにこんなことをしているのか?

ぐるぐると疑問ばかりが浮かび、何一つ答えは出ない。
混乱の極みにいた久作を思考の渦から拾い上げたのは、


「こっちかーーーーっ!!」
「ぅひゃああああッ!!?」


外に面した廊下の、目の前の茂みから弾丸のごとく飛び出してきた神崎左門に情けない悲鳴が出てしまった。
バクバクと高鳴る心臓を抑え、


「どこから出てきてるんですか!神崎先輩!」
「おう?久作じゃないか!なあ、私の部屋がどこにいったのか知らないか?さっきから行方不明なんだ!」
「行方不明なのはアンタの方向感覚ですよ…」


恥ずかしさと情けなさから、両手で顔を覆った久作に、左門がなんだなんだと駆け寄る。


「どうかしたのか!具合でも悪いのか?何故部屋の前でしゃがみこんでいるんだ?入れないのか?」
「…そういうわけじゃないですよ」
「なんだ遠慮するな!私が布団を敷いてやるから、横になると良い」
「はあ!?ちょっと、神崎先輩!」


思い込みで勝手な行動をする左門に慌てて止めようとするが、決断力の早さでは他者の追随を許さない神崎左門には勝てなかった。スパーン!と勢いよく久作の部屋の戸を開けて、


「なんだ?久作は花が好きなのか?今は冬だというのに、よくこれだけ集めたな!」
「……っ!!!」


すごいな!!と無邪気に褒める左門に、久作は反応を返すことができなかった。
久作の机の上。そこには、三種類の花が置かれているハズだった。


「久作?」
「なんで…」

        ・・・・・・・
久作の机上には、山盛りの白い花が積まれており、その上に先ほど確認した花が三輪乗っていた。
その山を作っている花はフキノトウとはまた違う花で、しかしながら今はそんなことどうでも良かった。だって、
・・・・・・・・・・・・・・・
久作はずっと部屋の前にいたのに。
戸を閉めて、その前に座り込んでいたというのに、犯人はいつ中に入ったというのだ?
そんなこと、考える間もなく不可能だ。

尋常でない様子の久作に気付いたらしい左門が、久作に事情を聞こうとするも、久作の口はぱくぱくと開いては閉じるだけで意味のある言葉は出てこなかった。
困り果てた左門が何気なく部屋を見渡すと、入ってきた戸の隙間から見知った友人が見えた。


「おおーいなまえーー!!」


突然側で大声を出された久作は苛立つが、左門が呼んだ相手の名前を聞いて何とか堪えた。
みょうじなまえ先輩。オカルトに縁のあるあの先輩なら、何かアドバイスをくれるかもしれない。
廊下の先の塀沿いを歩いていたなまえは、大声で呼ばれたことに気づき、ててて、と駆けてくる。左門と一言二言話して、久作に断りを入れて部屋の中に入る。


「聞いてくれなまえ!久作の様子が可笑しいんだ!病気かもしれない!」
「ううーん、それは僕じゃなくて数馬の専門だからなあ」
「あの、みょうじ先輩。聞いていただきたいことがあるんですが、」
「うん?」


不思議そうな顔している左門となまえに座布団を勧め、久作は昨日から自身の身に起こる不可解な現象を出来る限り詳細に話した。
左門が何か言ってくるのではないかと思ったが、意外にも左門は大人しく話を聞いている。なまえも、特に親しくもない後輩である久作の突然の相談に嫌な顔一つせずに話を聞いてくれている。
全てを話終えた久作はなまえの言葉をじっと待つ。なまえは腕を組んで「うーん」と唸り、


「あ、これあげるね」


と、懐から懐紙を取り出した。懐紙に包まれていたのは、


「椿の花?」
「うん。あげる」


ニコニコとこちらに椿を差し出すなまえに困惑する久作。
相談してもらった手前、無下にはできないが意味が分からない。


「あの、僕は知らぬ間に花が置かれていて困っていると話したんですが…」
「うん、だから、椿の花をあげるよ」
「えっと…」
「なまえ、それじゃあ意味が分からないぞ。これ以上花を増やしてどうするんだ?」


ナイス、神崎先輩!
普段は文字通り振り回されている先輩だが、今日はとても頼もしく見える。
やはり同級生であり、なまえに関わる時間が長いせいか自然に行われる左門の会話の誘導は久作にとって分かりやすく、とても有難かった。


「うんとね、椿の花は厄払いの効果があるから」
「置いておけばいいのか?」
「うん、机の上にポイってね」
「そうか。しかし、誰が置いたのか知らないが性質の悪い悪戯だな。下級生が混乱する様を見て楽しむなんて卑劣だ。先生に密告しておこう!」
「そうだね〜、チクっちゃおうか」

「………えっ?」


その言い方だと、まるで、


「犯人は、人間なんですか…?」
「ああ、恐らく上級生だな。能勢は真面目だが融通がきかないから何か不況を買ったのかもしれん。だからといってこのような嫌がらせするなんて、酷いよな!」
「何気に神崎先輩も酷いこと言ってるような気もしますが…。でも、それならこの山盛りの花は、いつ置いたんです?僕はずっと部屋の前にいて、」
「何を言ってるんだ久作。天井から部屋に入ったに決まっているだろう?」
「天井…」


そうだ。ここは忍術学園だ。忍は天井裏に入り移動することは少なくない。
だからあの花を見たとき、真っ先にそのことを疑うべきだったのに、動転してしまって気がつかなかった。

……恥ずかしい!
さっきまで自分は「これはアヤカシモノの仕業だ」と信じて疑わなかった。よく考えれば分かることなのに!
羞恥心で顔を真っ赤にした久作を気遣ってか、


「えっとね、椿に厄払いの効果があるのは本当だから、置いておくね。これできっと大丈夫だよ。この山盛りのお花は捨てておくから」
「ここで散々騒いでいるし、もう悪戯しには来ないだろう。良かったな!」
「はい……」


「まだ怖いというなら僕の部屋に来るといいぞ!こっちだー!!」と言い残してあらぬ方向へ消えていってしまった左門に、さっきの頼もしいという感想はなかったことにしたい久作だった。

















「なまえじゃないか!奇遇だな。僕の部屋がいつの間にか消えてしまったんだ!一緒に探してくれないか?」
「いいよー」


あの後、消えていった左門を追うこともせずに、なまえは外出していた。途中で寄り道をして、目当ての花を摘む。両手いっぱいに抱え、トコトコという効果音が似合いそうな歩みで辿り着いた目的地には、何故か左門がいた。そのことに対して驚きもせず、なまえはよいしょ、と抱えていた花を地面に降ろした。

                 ・・・
「それ、久作の所にあった花だろう?お供えするのか?」
「お供えっていうか、お返しっていうか…」
「よく分からんが、手伝おう」
「ありがとう!こう、ばさーって置きたいの!」
「そうか。やはりよく分からんが、任せろ!」
「うん」


フィーリングでイメージを伝えようとするなまえに無責任に返事をする左門だったが、結局はお地蔵様の前にどっさりとフキノトウが山積みになった。
満足げに仁王立ちする左門。その横に立ったなまえはイマイチ納得がいかなさそうな表情をしていたが、諦めたのか左門の手を取り、「帰ろー!」と笑う。
「こっちだー!」と左門に手を引かれる形で走り出した二人。

帰り道は、何故だか少しも迷わなかった。
















数日後。
例に洩れず、迷子になっていた左門はあのお地蔵様のある場所に辿り着いた。
ただしくは、お地蔵さまが在った場所といった方がいいのかもしれない。


「おお、割れてる」


雷でも落ちたのか、お地蔵様は粉々で、お供えしていたフキノトウと思わしき燃えカスが散乱していた。
しばらくその光景を眺めていた左門は、すぐに方向転換をして走っていく。走りながら、ふと数日前のことを考える。


あの後。
なまえとあの地蔵にお供えをした後に左門はなまえに強請って図書室に行った。
そこで広げたのは、花の図鑑だった。久作の話に出てきた順番に調べていく。ついでに二番目の花の名前も見つけ出した。

一番目、オトギリソウ。季節は夏。花言葉は、『恨み』。
二番目、オニユリ。季節は同じく夏。花言葉は、『嫌悪』。
三番目、フキノトウ。季節は冬。花言葉は、『処罰は行わねばならない』。
四番目、スノードロップ。季節は冬。花言葉は、『あなたの死を望みます』

見事に悪い意味ばかりだな、と左門は思った。恨まれ、嫌われ、罰を与えると宣言され、死を望まれる。十中八九、与えられる罰は死だろう。
そして、その中のフキノトウを、左門となまえはお供えした。いや、なまえは「お返し」と言っていたか。

そのお地蔵さまが粉々に壊れている。
      ・・・・・・
――つまり、処罰が下った、ということだろうか。
誰が与えたのか、何の罰なのかは知らないが、これで久作の身は安全だろう。
だったら、それだけで左門は満足だ。

どうしてなまえが花に詳しいのか、花言葉を知っているのか。椿の花をどうして持っていたのか。
気になることはあるが、聞くべきこととは思わない。
そんなことは些末なことで。なまえがなまえらしく過ごせるのならば、文句などありはしなかった。
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