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番外編12: 捻挫と過保護


前略。
右の手首を捻挫しました。


「なまえ、それは俺がやるから、あっちを頼む」
「はい」
「ああっ、なまえ、そんな重たいものを持って怪我が悪化したらどうするんだ。俺が運ぶから、喜三太の補助をしてやってくれ」
「はい」
「待て待てなまえ! 梯子に登ってバランスでも崩したら、」
「はぁ、もううるさい」
「なまえ!?」


数え切れないほど繰り返した会話に思わず本音がポロリ。
ガーン!って顔をしている食満先輩とオロオロしてる作兵衛。つーんとそっぽを向く私。カオスだ。


「食満先輩、確かに私は怪我人ですが、少しも動かせない訳ではありませんし、私だってもう四年生です。左手で釘を打つことも釘の入った道具箱を持つことも梯子をバランスを崩さずに登ることも出来ます」
「し、しかしだな、もしものことがあったらと思うと俺は気が気でなくて…」
「先輩のそれは心配を通り越した過保護です。その優しさは私じゃなくって善法寺先輩にでもあげてください」
「いや、あいつはしばらく許さん。なまえに怪我なんかさせやがって…」
「………」


食満先輩、目がマジである。
正直言うとちょっと怖い。というかご自分は善法寺先輩の不運に巻き込まれまくって怪我もしまくってむしろ最近その不運すらちょっと移って来てても「同室だから」と受け止めていたと言うのに、ちょっと私が善法寺先輩に巻き込まれて転倒したくらいでこの掌の返し様といったら。今頃善法寺先輩泣いてるんじゃないんだろうか。

しかし、これは由々しき事態だ。
食満先輩がこんなに過保護を発揮するとは思わなかった。これでは食事の時すら付いてきて「俺が食べさせてやるからな!」とか無駄に爽やかに言いそう。さすがにそれはやめて欲しい。なんとかしてこの状況から脱しなければ。


「先輩は私のこと、まだまだ子供だって思ってらっしゃるんですね…」
「はっ!? いや、別にそういう訳では…!」
「私、もう四年生なのに。先輩にお世話して頂かないと委員会も満足に出来ないと。そう思ってらっしゃるんでしょう」
「誤解だ、なまえ! お前は立派な忍たま四年生だ。俺の不在時でもきっちりと委員会を仕切ってくれるし、何かと暴走しがちな四年生をうまく統率してくれるし、学園内を壊しまくる輩に牽制もしてくれる。実際俺もなまえにもっと甘えて欲しいくらいで、」
「じゃあ、私、頑張りますので。食満先輩は見守っててください。それで、どうしても出来ないことがあったら手助けしてくださいますか?」
「ああ、勿論だ。任せておけ!」


哀車の術からの喜車の術。食満先輩と鉢屋先輩と竹谷先輩は焦ると要らぬことを捲し立てて言い訳する属性なので引っかけやすい。涙に弱すぎ。
しかし言質は取った。これで今日の委員会は快適に過ごせるはず。隣で作兵衛が割とマジで引いてるような顔をしてるけど、ちょっと話し合いが必要かもしれない。




その後は約束通りハラハラしつつも見守ってくださった食満先輩。そういう律義な所は先輩の美点だと思う。結構好きだ。お世話したくてうずうずしていらっしゃるようなので、感謝もこめて何回か部分的な助けを求めると嬉しそうにやってくれる。
まあ先輩とは長い付き合いだしね。弟のように可愛がってくれて、感謝してますよ。
最近自分で色々出来るようになってちょっと寂しかったのかもしれない。
調子に乗って頭まで撫で始めた食満先輩に、文句を言おうとして、やっぱりやめてあげた。私って優しい。













「なまえ、なまえ! その右手じゃご飯食べにくいだろう!? 安心しろ、私が食べさせてやろう! さあ、口を開いてごらん!」
「鉢屋先輩は引っ込んでてください、これは僕の仕事です。はいなまえ、あーんして」

「おばちゃん、おにぎりください」


食堂に入った途端に纏わりついてきた鉢屋先輩と喜八郎を無視しておばちゃんにおにぎりを頼む。背後で「なんでえええええ」と崩れ落ちる二人のことは、見えない気にしない。
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