夢小説 | ナノ




大死一番

「なまえ、だいすき」
「あうぅ…」


突然ですが、今、平太にぎゅうーっと抱きしめられています。嬉しいけど、ちょっぴり照れくさくって、すごくあったかい。
団蔵がちょっとだけ呆れたような顔でこっちを見ているような気がするけど、離れがたいのでされるがまま。

どうしてこんな状態になったのかと言うと、十分前まで遡ることになる。
ろ組の委員長として担任の斜堂先生に授業についての伝言を頼まれたから、絶対に間違わないように何度も何度も口の中で繰り返してろ組の面々を探して回っていた。
最後の一人、平太は用具委員会として活動中だというので吉野先生に聞いた場所をうろうろ。その時、すごく大きな怒鳴り声が聞こえてきて、びっくりしてひっくり返ってしまった。恥ずかしい…!
幸い誰にも見られてなかったので、ばっと立ち上がって何もなかったことにして、恐る恐る覗きこむ。
するとことにいたのは、用具委員長の食満留三郎先輩と平太、会計委員長の潮江文次郎先輩と団蔵だった。
犬猿と呼ばれるお二方がそろっている時点で、何をしているのかはなんとなく分かっちゃうんだけど、そ、それにしても、二人ともすごく怖い…!!


「毎回毎回無駄に鍛錬をして〆切り間際に徹夜連発する会計委員長がなぁに言ってやがる!」
「あひるさんボートなんぞいう幼稚なおもちゃを作って喜んでいる用具委員長に何を言われても何とも思わねえな!」
「ウチの平太はなぁ、まだ一年なのに一人で用具倉庫の点検が出来るんだぜ!」
「ハンッ、そんなもの誰にだって出来るわ。ウチの団蔵は十キロ算盤マラソンだって軽々こなす骨のある奴だ!」


バチバチ。
いま、二人の間に火花が散った。お互いの悪口を言い尽くしたらしく、言い合いの矛先はすぐ側にいる一年生二人に向いた。
平太の方が優れてる、団蔵の方が優れてる、と自慢にも似た言い合いの後、「じゃあどっちの一年生が優れているか勝負だ!」という展開になり、当事者にされた平太と団蔵は「「ええっ」」と悲鳴に似た声をあげた。


「団蔵、会計委員会の誇りにかけて負けることは許さん」
「平太、用具委員会で底力、見せつけてやれ!」
「ちょ、ちょっと潮江先輩…!」
「け、食満せんぱぁい…」


ぐいぐいと互いに一年生を前に押し出そうする委員長二人は未だに睨みあっている。
そして一部始終を見てどうしようどうしようと慌てるなまえと、平太の目が、合った。

ああ…平太がこっち見てる…! どうしよう、どうしよう、助けなきゃ…!
喧嘩の仲裁も、委員長の仕事だって尾浜先輩も言ってた…。それに平太も、団蔵も、大事な友達なんだから…!


「ま、待ってください…!」
「「あぁっ!?」」
「ひぃっ…」


震える足を叱咤して、勇気を振り絞って飛び出したはいいものの、お二人の剣幕に絞り出した勇気がポッキリと折れてしまいそうだった。
もう、今すぐにここから逃げてしまいたいけど、平太の縋るような視線にそんなことをする訳にもいかず。
覚悟を決めて、叫んだ。


「け、喧嘩なら、ご自分達でしてください…! 平太と団蔵、嫌がってます…! どっちがすごいとか、優れてるとか、そんなの持ち出さないでくださいっ。どっちも優秀な忍たまで、すごいんです! 二人とも、先輩達が喧嘩するための道具じゃ、ない、ん、です……ぅ」


あ、何か言うこと間違った。
お二人とももっと穏便にしてください、とお願いするはずが、ぼ、ぼく、お二人を叱りつけるようなこと言っちゃってないか…!?

顔面蒼白。今多分僕は、最高に顔色が悪い。
あまりの暴言に顔も上げられない。そんでもって、お二人とも何も言わずに沈黙しているのは、もしかしなくても僕にマジギレしているからじゃないだろうか。


「ぼ、ぼく、ご、ごめんなさいごめんなさいぃぃいいい!!」
「あっ、ちょっと待てみょうじ!」
「うわああぁぁぁすみません本当にごめんなさいうわあああああ!!」
「くっ、相変わらず逃げ足の速い…!」


気がついたら僕は脱兎のごとくその場から逃げだしていました。無意識に右手に平太、左手に団蔵の手を掴んで。
ご、ごめんね…無我夢中になっちゃって全然気付かなかった…。
息切れを起こしている二人に「ごめんねごめんね」と謝っていたら、冒頭の通り、平太にハグされました。回想終わりです。


「それにしてもなまえ、すごかったなあ! あの潮江先輩と食満先輩にお説教しちゃうんだもん!」
「うぐっ。い、いや、あれは言葉の綾と言うか…」
「僕…、すごく嬉しかったよ……ありがとう、なまえ」
「あう」


違うんです、ちょっと口が滑ったんです、
だから僕なんかにそんなお礼言わなくていいんです勿体ないお言葉ですぅ…!!
ああ、今頃きっとお二人とも怒っているんだろうな。その怒りがちゃんと僕に来ればいいけど、平太と団蔵にも飛び火しちゃったらどうしよう。
どうしようじゃ、ないよね。
僕が勝手にしゃしゃり出て、僕が勝手に煽ったんだから責任を持って僕が全て引きうけなきゃ…!

再び覚悟を決めたなまえだったが、


「「やっと見つけたっ!!」」
「ひぃっ」


突如上から降ってきた犬猿コンビに悲鳴をあげた。
う、上から…っ!? あ、屋根ですか!? 屋根からくるとか、さ、さすが六年生は違う…!!

ドックドックと心臓が嫌な音を立てるのを聞きながら、平太を後ろに庇って立つ。
ああ、なんかプルプルしちゃう…。心なしか目も潤んできたような気がする…!

その通り涙目でプルプルと震えているなまえを見て、罪悪感が募る六年生二人。怖がらせないようにとしゃがみこんで視線を合わせ、二人で「すまなかった」と謝った。


「えっ…」
「みょうじの言うとおり、喧嘩なら俺達自身でするべきだった」
「平太や団蔵を乏しめるつもりはなかったんだ」


許してくれないだろうか?
怒鳴り合っていた面影もなく冷静に謝罪を口にする二人に、平太と団蔵も二人のことを許したらしかった。
よ、良かった、お二人とも怒ってないんだ…。ホントによかった…!
平穏を噛みしめるなまえだったが、「それにしても」と留三郎が言った一言で、また彼に修羅場が訪れる。


「みょうじって怖がりなのかと思ってたが案外言う奴なんだな。意外だったぜ」
「ひっ…」


ああああああやっぱり留三郎先輩怒ってたあああああああ。
そうだよね! 一年生の僕如きに口を挟まれたら怒らない筈ないですよね!!
うわああああ僕はどうやって償えば、うわああああああっ。


「ご、ごめんなさぃいいいいいいいーーー!!!」
「みょうじっ?」
「バ、バカタレ余計なこと言いおって! すぐ追え今追え、追いついて捕獲せんとあいつどこまでも走っていくぞ!」
「そんなイノシシみたいな!!」
「うわあああああああぁぁぁすみませんもうしませんんんん!!!」


慌てて留三郎が追いかけようとしたその時、平太が言った「なまえが怪我でもして帰ってきたら、僕、先輩のこと許しません…」を聞いて留三郎は全力で走って行った。
一時間後、ボロボロの留三郎が無傷のなまえを平太の所まで送り届ける姿が目撃された。
[]