夢小説 | ナノ




ヤンデレ回避02

「悪い、次の休みは実家に顔をださなきゃ駄目なんだ」


なまえが申し訳なさそうにそう断るから、急になまえと二人で出かけたい、だなんて言い出した僕も悪かったなって。
そう思って謝ったのに。
なのに。


「ねえ、これなんかどう? なまえには緑の着物が似合うと思うのよね、私」
「えー、俺は寒色の方が好きだ。緑はずーっと着てるんだから私服くらい違う色着させてよ」


なのに、なんで女の人と楽しそうに買い物しているの?












「なまえの浮気者。ひどい、ひどいよ、ひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどい! 何なのあの女! 誰なの! どういう関係なの!? いつからなの!!? 僕のこと騙してたの? 僕はずっとなまえだけを愛していたのに、僕の一方通行だって言うの? それとも最初から僕のことなんて遊びだったの? 僕がなまえの言葉に一喜一憂するのを面白がっていたの? 僕のこと好きだって、愛してるって言ってくれたのはただの戯言だったの? 僕ってなまえにとってその程度の存在だって言うの? どうなの、ねえ、なまえ、ねえってば、なまえ!!」
「帰宅した俺を部屋に引きずりこみ転がしてマウントを取っていつでも首を絞め殺せるような状態にして一体何を言い出すのか数馬は…」
「しらばっくれる気なの? 僕、見たんだよ…? 今日さぁ、実家に帰るとか言って年上の綺麗なお姉さんと楽しそうに買い物してたよね? なまえは青が好きって言ってたのに、結局緑の着物を買って、お姉さんの見立て通りの服を着て帰ってきて、僕が一体どんな気持ちで……。ああ、もう、いいの。いいんだよなまえ。そうだよね。なまえだって男の子だもんね。女の、年上のお姉さんに憧れちゃうことだって、あるよね。僕はないけど。だからね、なまえ。許してあげる。許してあげるから、だから、一緒に死のう? 一緒に死んだら、僕達の愛は本物だよ。本物の、綺麗で、上等な、美しい愛だよ。なまえは僕のこと好きだよね…? 僕もなまえのこと、好きだよ。大好き。だから…ね? いいでしょ? 一緒に逝こう?」
「あっ、ようやく合点がいった。数馬、お前の主張はよく分かった。まずは俺の話を聞いてくれる?」
「何で返事してくれないの? 一緒に死ぬの、嫌? あの女となら一緒に死ねるの? 僕だから死にたくないの?」
「いや、そもそも俺、まだ死にたくないし」


なまえの言葉に、反射的に首に添えている手に力を込めようとした数馬だったが、なまえがそっと数馬の頬を優しく撫でたもんだから、これまた反射的に動きを止めてしまった。
その一瞬の隙を見逃さなかったなまえは、今朝出かける時には持っていなかった風呂敷を手繰り寄せた。包みも解かずにそのままそれを数馬に手渡した。


「ん」
「…なにこれ? お土産? こ、こんなもので僕が絆されるとでも思って…」
「いいから開けてみろって。俺はここから動かずにじっとしてるから。ちなみにお土産じゃないけど」


宣言通り、両手を床に投げ出して脱力するなまえ。
少しばかり警戒しながらも、言われた通りに風呂敷を広げると、中から丈夫な本が出てきた。


「アルバム…?」
「中、見てみなよ。一番最後のページ」


表紙にはなまえの名前と、生年月日が書かれている。指示のまま、一番最後のページを開くと、そこには一枚の写真が挟まっており。
そこに写っていたのはなまえと、なまえによく似た青年と、なまえによく似た父親らしき男の人と。
先ほど町で見かけた年上の女性だった。

何これ、家族公認の仲だっていうわけ?
瞬間湯沸かし器と言われても反論出来ないような速度で一気に怒りが湧いた数馬が何かを言おうと口を開き息を吸い込んだ所で、なまえがぽつりと言った。


「そこに写ってるの、俺と俺の兄と、俺の父と、俺の母。前に俺、四人家族だって言ったの覚えるか?」
「覚えてるよ! なまえに聞いた話は全部何一つ漏らさずに覚えてる! でもねなまえ、こんな若い女の人がなまえの母親だなんて、僕のこと馬鹿にしすぎじゃないの!?」
「待て、アルバムを放り投げるな。気持ちは分かるが、証拠はちゃんとある」
「証拠!? 何!?」
「アルバム、今度はちゃんと表紙から開いてみてよ」


別に数馬は、なまえの指示に従う必要などないのだ。
不義をはたらいたのはなまえなんだから、言い訳なんか聞かずに、問答無用で一緒に死んでしまえばそれで解決なのだ。
それでも、なまえの言うことを聞いてしまうのは惚れた弱みだろうか。
それともあまりにもなまえが淡々としているから、なまえの言う通り数馬の勘違いなのだと、思い込みたくて流されているのか。
きっと両方だ、なまえはずるい。僕をこんなにもなまえがいないと駄目な風にしておいて、女に手を出すだなんて。

滲みそうになる涙をこらえながら、表紙をばさりと、開いた。
そこにはとても可愛らしい赤ちゃんがいて、さっき見た写真より若い父親が微笑みながらなまえを抱っこしていて、昼間に見た綺麗な女性もまったく変わらない顔で赤ちゃんのなまえを抱っこしていて――……。


「え!? なんでこの人がここに写ってるの? 何かのトリック?」
「種も仕掛けもないんだよなこれが…。写真、全部見てみろよ。俺の母親、顔が全く変わらずに写ってっから」
「え、えぇ!!?」


パラパラと全ての写真を見終えた数馬は、茫然とアルバムを閉じた。
なまえの言うとおり、女性は最初の写真から全く衰えた様子を見せずにニコニコと写真に写りまくっている。年に一度家族写真を撮るのがみょうじ家の決まりらしく、年々父親の方は顔が年相応に老けていくのに隣に立つ母親は一向に衰える様子がないのが逆にホラーだった。
何も言えずに固まっていると、ちょんちょん、となまえが数馬をつっついた。


「納得したなら、退いてくれない?」
「あっ、ご、ごめん! 僕、僕……!」


今度こそ涙を瞳に携えて、数は即座になまえの上から退いた。そのままなまえの前に土下座して、床に額をぶつけて謝った。


「ごめんなさい、ごめんなさいなまえ、なまえは何もわるいことしてないのに僕がひとりで突っ走って、なまえをこ、殺そうとして、僕、僕どうしよう、僕、」
「はいはい落ち着いてー大丈夫、大丈夫だよー」


一気にパニックに陥った数馬をなまえが宥める。
ぐすぐすと涙を零す数馬の目じりを優しく拭いてあげながら、


「いや、俺もさ、母親がどうみても十代後半の容姿をしているってなかなか言い出せなかったんだけど、手間が省けてよかったよ。なんだかんだ言いながら数馬は俺の言い分を最後まで聞いてくれたし。でも、最初から最後まで浮気だって決め付けたところは傷ついた。謝って」
「ごめ゛ん゛な゛ざい゛…」
「うん、許す。俺もごめん、数馬を不安にさせた。許してくれるか?」
「う゛ん゛…!!」
「良かった。じゃあこれで仲直りな。今日は朝早くから出掛けたから俺、疲れた。夕食までまだ時間あるし昼寝でもしようと思うけど、数馬も一緒に寝る?」
「寝る。なまえに抱き付いて寝る。もう離さない」
「布団くらい敷かせてくれ」
「ごめん」


二人で仲良く布団に入って、ちょっとだけお喋りして、あっという間に眠りに落ちて、夕方に目が覚めて。
そうしたらもう、いつも通りに二人に戻っている。恋人との喧嘩なんて、こんなものだ。
ナチュラルにいちゃつきながら布団を敷きだした二人の様子を外から窺っていた藤内と孫兵は、何とか事が収まったことに安心してそのまま廊下に座り込んだ。
[]