夢小説 | ナノ




春眠暁を覚えず

五年ろ組のなまえは会計委員で、とっても気さくな奴なんだ。
どっちかっていうと優しいお兄さんタイプ。変な悪戯する三郎にも部屋に毒虫をうっかり放ってしまうような俺にも困ったように嗜めるくらいで滅多に怒らない。
もちろん後輩にも優しいし、でも厳しくするべき所は会計委員らしくビシッと叱っていて、俺もなまえみたいなカッコいい先輩になれたらいいなっていつも思ってる。
そんな先輩を立てて後輩のフォローも上手ななまえだけど、低血圧らしく、朝はなかなか起きてこない。寝起きも悪く、無理に布団から引きずり出そうとすると激しい抵抗に合う。その様は普段と違いすぎてとても同学年以外には見せられないので朝のなまえの部屋は他学年立ち入り禁止だ。

しかしなまえは地獄の会計委員会。徹夜での作業なんてザラだ。
幸いなことに寝起きが悪いだけで、最初から寝なければちょっと眠たそうな普段通りのなまえでいられる。
これまでの経験上、四徹以降は危なくなる傾向がある。
どう危ないかって、いつもは楽しそうにみんなと話すなまえが無言になる。顔は別に普通なんだけど喋らない。
もちろん話しかければ返事はしてくれるんだが、口を開くのが面倒らしく自分からは話しかけない。
なまえがこの状態になったら俺ら五年生が潮江会計委員長に口喧しく訴えかけて一時中断させてもらっていた。
潮江先輩はいつも「お前たちはなまえを甘やかしすぎだ」と苦い顔をしていたけど、先輩はなまえの寝起きの悪さを目の当たりにしたことがないからそういう風に言えるんだと思っていた。思っていただけで、なまえのイメージ保護の為にみんな口を噤んでいたので、このことを知っているのは俺たち五年生だけだった。


結論からいうとそれがいけなかったのかもしれない。


毎度恒例、会計委員の徹夜作業で三徹。
学園長の思いつきで急に決まった五年生の実習で二徹の計五徹。
へとへとで帰ってきてその時点で無表情+無言になってるなまえを見て、先生も何か察したのか即行で解散になった。
さーなまえ、お風呂入って寝ようねえ。あと三十分でお布団に入れるよぉとなまえの手を引いてお風呂に入れ、長屋で雷蔵たちと別れて自室に帰って光の速さで布団を敷いた。
ほら!なまえ!布団引いたぞ!おやすみ!となまえを布団に放り込んでポンポンと布団の上から叩くと、なまえはすぐに安らかな寝息を立てて夢の中に旅立って行った。

はーやれやれよかったわ俺も寝ようおやすみ、と自分の布団に入った直後にすぐに近くにいるのかな、結構な声量でギンギン言う声が聞こえて実習中にも見せなかったような早さで音もなく部屋から飛び出した。廊下に出ると雷蔵たちも顔を青くして出ていたから俺と同じ考えだろう。


『なまえは!?』
『今寝たとこ!』
『やばいやばいやばい!』
『寝起きよりも寝始めがやばいのに!』
『良いから早く止めるぞ!とりあえず咽喉を狙え!』


矢羽音で会話しながら慌てて潮江先輩を止めに行く。
い組が先輩を両側から拘束して雷蔵が後ろから口を塞ぐ。俺と三郎がそれぞれの足を持って移送準備完了だ。
突然体の自由を奪われた潮江先輩は一瞬驚いたような顔をした後、すぐに拘束から抜け出そうともがき始めた。


『大人しくしてください!』
『暴れないで!重い!』
『ちょっとこの場から移動して貰うだけですから!』
『え?なに?分かったから離せ?』
『どうする?』
『潮江先輩、本当に静かにしてくれますか?約束ですよ?』
『よし、じゃあ、』


「こらお前達!これは一体どういうつもりだ!!?ちゃんと説明しもがむごっ」
『うそつき!先輩のうそつき!』
『きたないさすが六年生きたない』
『もうこのまま問答無用で運んじゃおうよ!』
『そうだね、そうしよ…いたッ!?』
『雷蔵!』


先輩の口を塞いでいた雷蔵が先輩から噛まれて思わず手を離してしまった。
再度塞ぐ前に先輩は一際大きな声で怒鳴ってしまって、ここはまだ俺となまえの部屋の前なので、うん、まあ。
なまえ起きちゃうよね。


「うるっさぁぁあああい!!」
「へぶゥッ!?」


静かに戸を引いてなまえが出てきた瞬間、俺たちは潮江先輩を放り投げてなまえの視界からログアウトした。
その為、唯一目に入った騒音の原因に飛び蹴りかまして出てくるなまえ。
ぶっとんで突然のことに対処できない潮江先輩につかみかかって、


「深夜にギンギンギンギンうるっさいんだよ!なんで五年長屋の前でやるんだよ六年長屋行けよむしろ山へ行けさもなければ寝れ!そもそもギンギンってなんだよ下ネタかよセクハラか!こちとら五徹目で死にそうなんだから寝かせろやボケ!大体俺がこんなんなのもてめぇが無駄にランニングさせたり匍匐前進させたりして作業が進まなかったからだろーがてめぇ少しは反省しろよてめえの十キロ算盤の上に正座させて膝の上に俺の十キロ算盤のせてサンドイッチしてやろーかああん!?」
「なまえ!なまえちゃん!大丈夫だからもう寝よう?ね!?」
「うん」
「ほーらもう静かになったよぉ大丈夫だよぉ」
「うん」
「お布団入って寝ましょうねー」
「うん」
「もうギンギンはいなくなったからねー」
「うん」
「よしよし眠たいねーなまえはずっと頑張ってたもんね、えらいねー寝ようねー?」
「うん」


潮江先輩からなんとか引き剥がして五年で囲ってよしよししながら言い聞かせると眠気が戻って来たのかひたすら「うん」と繰り返すなまえ。
そのままお布団で包んで差し上げるとすぐに寝入ってしまった。よし、これで平和は守られた。
二度と悲劇が繰り返されないように茫然とする潮江先輩を六年長屋まで輸送して一通り事情を説明して解散した。
はー、疲れた。俺も寝よう。








「最近、潮江先輩が変に優しいんだ…」


心配そうな顔で相談してきたなまえだが、なんとなく原因に心当たりがある俺たちは返答に困った。
とりあえず雷蔵が「どういう風に?」と聞く。


「最近やたらと委員会が早く終わるし、十キロ算盤マラソンも匍匐前進も池で寝るのもなくなっちゃって…」
「よかったじゃない」
「それはそうなんだけど…」


なまえは眠さで爆発した時のことはいつも記憶にないらしい。
だからあの夜のことも覚えてない。
何かあったんだろうかと首をひねるなまえに、皆一様に苦笑いで口を閉じた。
[]