夢小説 | ナノ




番外編04:兎の戦場視察

「戦場視察……」


三郎の腹にしがみ付き、ぷるぷると震えているなまえの背を撫でながら、三郎は呆然と繰り返した。
五年生ともなれば戦場を見ることは珍しくない。数人で小隊を作り、最善の注意を払って視察に行く。それだけならば三郎も「気を付けて行ってこいよ」と励ましの言葉をかけるだけで終わっていただろう。しかし、今回の忍務はなんとなまえ単独での視察だという。視察先の戦場は激しく、また両軍の監視も厳しい。数人で赴くよりも一人で行った方がやりやすいということだろう。

だからといって、何もなまえを宛がわなくても!

心の底からそう思った三郎だが、なまえとて忍を目指す忍たま。
やらずに済む訳はなく。


「…仕方ない、出発まで少し日にちがある。その間に少しでも隠密術を鍛えよう」
「うん…」


なまえもそれが分かっているのだろう。
弱音は吐いたが行きたくないとは言わず。涙も、辛うじて流していなかった。












気を付けて行ってこいよ、となまえを送りだして数日。
本来ならば帰還している予定だというのに、なまえはまだ帰って来ない。

ざわざわと胸が騒ぐ。
もしかして怪我をしているんじゃないか。
森で迷ってしまったのでは。
敵と間違われて捕まってしまっていたとしたら。
嫌な想像は際限なく膨らみ、そしていやに現実味を帯びている。三郎はずっと気が気でなかった。

それは教師陣も同じらしく、帰還予定日を過ぎて三日。バタバタと慌ただしい様子が見て取れる。きっと今頃、なまえを探すために誰かしら送り込む算段を付けているに違いない。誰が行くのだろうか。やはり、六年生? それとも、五年生から?



――ああ、もう、待ってられない。















ザアザアと雨が降っている。
大粒の雨を一身に受けながら、なまえはそびえ立つ崖を睨んだ。
触っただけでボロボロと崩れる崖は、雨で更に崩れやすくなっており、とてもよじ登れるような状態ではない。かといって、下は下で大きな川が流れており、勢いが強い。流れが速すぎて泳ぐことは難しいだろう。


「雨、降ってきちゃった…普通でも登れないのに、これじゃあ……ううん、だめ、絶対帰るんだから…!」


ぐい、と滴る雨を拭って苦無を握った時、


「なまえ…!」
「さぶ、ろ…?」


一番聞きたかった声が聞こえた。













戦場視察は、なんとか無事にやり遂げた。
しかし、帰還する頃になって第三勢力が介入してきた。当然、戦場は大混乱に陥り、矢が飛び、銃弾が飛び、砲弾までも飛び交い、ひっちゃかめっちゃかになった。
そんな中でも何とか身を隠し、脱出しようとしていたなまえだったが大量の砲撃と火矢を受けた地盤が緩み、小さな土砂崩れのようなものが起きたと言う。気付いた時にはあの、崖の途中の僅かな出っ張りに取り残されていた。落下の時に痛めたのか左の腕は腫れ、苦無もうまく刺さらず何度もずり落ちたらしい。

それでも、なまえは諦めなかった。

泥だらけの忍装束と、傷だらけの身体。
三郎を見て張りつめていた緊張が解けたのか、何とか上に引っ張り上げた時にはなまえは既に嗚咽を漏らしていた。

もう大丈夫だ、さあ、帰ろう。
三郎の言葉に何度も何度も頷くなまえを見て、もっと早く来ればよかったと三郎は後悔した。


「さぶ、ろ…、ありっ、がと…来てくれて、ありがとう…!」


数日分の食料を少しずつやりくりしていたなまえは、体力の低下が著しかった。
ふらふらと覚束ない足での帰還は難しいと判断した三郎は、なまえを自分の背に乗せた。やはり無理をしていたのだろう、最初は渋っていたなまえも、三郎が言い聞かせると素直に頷いた。本当ならばどこかで雨を凌ぎ、降り止んでから動くのが通常だが、あまりにも弱々しいなまえの様子に三郎は即刻帰還することを選んだ。
背中に乗ったなまえは、三郎に体温に安心したのか、再び涙を流し始めた。


「なあに、このくらい。なまえを探すためならどこまでだって私は行くよ」


さあ、もうすぐ学園が見えてくる。
帰ったらまずは、温かい風呂に入って、ご飯を食べて、怪我の治療だ。
語られる温かい未来に、なまえはぎゅ、と三郎の服を握りしめた。












「みょうじ、大丈夫? もう痛くない?」
「だ、大丈夫…骨折とかも、してなかったし…」
「熱も出なかったみたいで良かったのだ」
「三郎がボロボロのみょうじを担いで帰って来た時には肝が冷えたぜ」
「うん…ご、ごめんなさい…」
「まあまあ、それにしても、あの時の三郎は凄かったねえ」


忍術学園に帰って三日。
なまえの自室に五年生の面々が集まり、布団にもぐっているなまえの話相手になっていた。
左腕は幸いにも折れておらず、薬の効果ですぐに良くなった。まだ動かすことは禁じられているものの、包帯が取れるのも時間の問題だ。
軽い怪我で良かった良かったと呟く一同の中で、雷蔵がしみじみと言った。その言葉を聞いて、他の面々も「ああ…」と少しだけ遠い目をしており、一人事情が呑み込めないなまえはきょとんとしていた。


「本当はね、六年生の先輩方の誰かがみょうじを探しに行く予定だったんだ。それなのに三郎ったら、『私が探しに行きます!』って学園長先生の所に突っ込んで行って…」
「そうそう、もう手がつけられなくってさあ…。学園長先生も三郎の剣幕に圧されたと言うか折れたと言うか」
「三日経っても見つからなければ戻ってくることを条件に送りだしたら、たった一日で連れて帰って来るんだもんなあ…」
「三郎ってもしかしてみょうじセンサー持ってるんじゃない?」
「ありそう」
「持ってそう」
「私が何だって?」


ガラリと戸を開けて三郎が入ってきた。手に持っているのはなまえに飲ませる薬湯である。
「別に何でも〜」とあからさまに誤魔化す面々を一睨みし、なまえを見て三郎はぎょっとした。


「ひっく…う、うぅっ」
「な、なんでなまえ泣いてるんだ!? 誰が泣かしたんだ! お前か、ハチ!」
「え!? いや、俺じゃな…ないよな!?」
「うぅー…」


兵助がよしよし、と目元を拭ってやると、「ありがとう…」とお礼をいい、三郎をじっと見上げた。


「さ、三郎も、本当に、ありがとう…」
「よ、よしてくれ。別に、お礼を言われるようなことじゃ、ない」
「あれ? 鉢屋、耳赤くない? 赤いよね? 真っ赤っかじゃない?」
「み、見るな! 赤くないッ!」
「真っ赤なのだ」
「赤くないったら!」


ワーワーと騒ぐ三郎とい組。残されたろ組の二人は、「三郎、照れちゃったね」「あいつ意外に照れ屋だからな」などとなまえに吹き込み、なまえも思わず笑ってしまった。
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