夢小説 | ナノ




毒林檎で三郎と恋人だったら

「なあここ、どうやるんだ?」
「ここはさっきやった公式を当てはめるんだ。応用だが、整理して考えれば分かるはずだ」
「えーと…ああ、こうか?」
「そうそう。…朝っぱらから課題が終わらないと泣きついてくるからどんだけ出来ないのかと思ったが、なんだ、ちゃんと、出来るじゃないか」
「いやいや、俺一人じゃ無理だったよ…。三郎の教え方がいいから分かるようになったんだって。ありがとうな」
「そんなに褒めたって課題は手伝わないからな。あくまで自力でやれよ」
「わ、わかってるよ」

雷蔵が委員会でいない休日の朝。
さて、何をして過ごそうかと贅沢な悩みを抱えていた三郎だったが、八左ヱ門の襲来によりその悩みはめでたく解消されることとなった。
なんでも、先日の小テストの点があまりにも悲惨だったらしく、大量の課題が出されたらしい。暇潰しがてら、三郎の自室で勉強会をすることになった。
朝からずっと机に張り付いていた甲斐あって、残りは数枚だ。
これならば夕食までには終わるだろうか。
うんうんと唸る八左ヱ門を見ながら考えていた三郎だったが、

パァン

軽快な音を立てながら開け放たれた戸。挨拶もなしに部屋に訪れた犯人は、ひとつ下の可愛い恋人だった。犯人ことなまえは、突然の出来事にで呆然としている八左ヱ門を見て、同じく呆然としている三郎を見て、最後に机の上に広がっている勉強道具を見て頷いた。


「すみませんが鉢屋先輩をお借りします」
「えっ」
「私の部屋に行きます。今すぐ立ってください」
「ま、待ってくれみょうじ! 今からやるところがすごく難しくて…!」
「私と八左ヱ門先輩とどちらが大事なんです?」
「なまえです!」
「即答かよ! 分かってたけど!」


勢いよく立ちあがった三郎を見てがっくりと項垂れた八左ヱ門に、「今日という日はまだ半分も残っていますよ、ファイトです」となまえが声をかけ、三郎と連れだって部屋から退出した。










こ、これは一体全体どういうことだ。三郎は混乱していた。

部屋に入るとまず、ひとつだけ用意されていた座布団が目に入った、次に目に留まったのはその傍らに積まれていた本の山。帯から察するに図書室の本だろう。
なまえは座布団の上に体操座りのような格好で三郎を座らせ、三郎の足の間に自分の身体を滑り込ませた。
三郎が後ろからなまえを抱きしめているような格好になり、硬直する三郎を余所になまえはとん、と三郎の胸に頭を預けて目を瞑り、今に至る。


「あ、あの、なまえ? これは一体…」
「お暇なら積んである本の中から好きな物をどうぞ」


話が噛み合わない。というか、なまえに話を合わせる気がないのだろう。
突然のデレに心臓が跳ねて落ち着かない。これ、なまえにも聞こえてるんじゃないだろうか。絶対聞こえてる。聞こえないはずないわこの密着度で。


「……髪、解くぞ」
「どうぞ」


結っていては邪魔だろう。なまえに許しを得てからしゅるりと解くと、綺麗な髪が肩に広がった。

あ、今すごい良い匂いした…。
少しばかり疾しい気持ちが芽生えはじめる。恋人とこんなに密着しているのだ。何も思わない方がおかしい。
そう自分に言い訳をした三郎は、そっとなまえの腹に腕を回してみる。拒否はされない。よし。
左手はそのままなまえの腹を抱きながら、右手を足に伸ばすと、


「痛っ、イタタタタ…なまえちゃん痛いですイタイ」
「真昼間からナニしようとしてるんですか。いやらしい」
「だってなまえが積極的だったからごめんなさいイテテテッ」
「先輩は大人しく私の椅子になってればいいんです」
「椅子!? 私、椅子の代わりだったの!?」


ギリギリと手の甲を抓られ、口答えすると更に力が強まった。
謝罪をして何とか解放してもらうものの、まさかの椅子発言に思わずツッコミをいれる。


「…もしかして何かあったのか? 私で良ければ相談に乗るが、」
「いえ、まだ何も」
「…まだ?」
「まだ、です」


ごそごそと自分の袖を探ったなまえは、綺麗に折りたたまれた紙を取り出し、三郎に渡した。
なまえをホールドしていた腕を解き、紙を広げる。


「四年、六年合同実習…? いつから?」
「明日から六日間です」
「明日!? 聞いてないぞそんなの! しかも六日も!!?」
「私だってさっき知りました。今朝がた学園長先生が急に思いついたそうで」
「ああ…」


学園長の思いつきなら仕方がない。先生方はきっと今頃準備で大忙しだろう。
しかし六日。六日かあ…。長いなあ……。六日もなまえに会えないのか…そうか……。
紙を再び四つ折りに戻し、床に置く。そして今度は両腕でなまえの身体をぎゅっと抱きしめた。肩に額を乗せ、ぐいぐいと押しつける。


「…先輩が寂しがるかと思って椅子にしてあげてるんです。感謝してください」
「マジか…ありがとう……良い匂いする…」
「…………」


なまえがドン引きしている気配がする。だがしかし、そんなこと気にしてられない。
ぎゅうぎゅうと隙間なく抱きしめていると、なまえから溜息が聞こえてきた。軽く腕を叩かれ、少しだけ拘束を緩めるとなまえは体を捩じり、三郎へ振り返った。


ちゅう。


「そんなに落ち込まないでくださいよ。今日は一日先輩にあげますし、帰ってきたらすぐに会いに来てあげますから、ね?」
「は、はい」


珍しい恋人からの口付けに反射的に返事をした三郎。
その返事を聞いて綺麗に笑った可愛い恋人に、ちっとも勝てる気がしないが、自分達はこれでいいのだと、三郎は思った。
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