夢小説 | ナノ




09:お狐様

『お狐様って知ってる?』
          『知ってる?』

───────知らない。教えて?





『呼ぶんだよ』
     『喚ぶんだよ』


───────何を?





『善いもの』
    『悪いもの』


──────よんでどうするの?





『訊くのよ』
    『教えるのよ』


──────何をきくの?





『いろいろ』
     『知りたいこと全部』


──────楽しいの?





『たのしいよ』
      『おもしろいよ』



『『だってこれは──……』』









「お狐様って知ってる?」


作法委員会で使う火薬を取りに来た藤内に、なまえが尋ねた。藤内は首を振り、「何それ」と聞いた。


「あのね、遊びなんだって。お狐様をお呼びして知りたいことを聞く遊び」
「遊びなのか、それ」
「遊びなの。危ないからやっちゃダメだよ」
「危ない?何で?」
「善いものを呼べたら当たり。悪いのが来ちゃったら外れ」
「? お狐様を呼ぶんじゃないのか?お狐様にも善い悪いがあるのか?」
「お狐様も忙しいよ。そんなにホイホイ来れないの。だから代わりに色々来るよ」
「イロイロねえ……。分かった、気を付けておくよ。皆にも伝えとく。具体的にはどんなことをするの?」
「あのね、」


煙硝倉で火薬委員全員が聞き耳をたてていたことは言うまでもない。






最近二年生の体調不良者が少しずつ増えている。しかも全員は組。最初に来たのは十日ほど前のことで、数日おきに一人、また一人と増え、今朝とうとう二桁に突入した。発熱だったり悪心だったり症状は様々だが、全員に共通しているのは魘されているということだ。左近は不思議に思い、同じは組の四郎兵衛に心当たりを聞くことにした。桶に入れた水を変えるために保健室から出た左近は、委員会帰りであろう泥だらけの四郎兵衛を捕まえ、


「なんか全員で食べたりしなかったか?」
「全員でー?あーうん…全員でしたことならあるけど、多分関係ないと思う」
「いいから言ってみろよ。何か原因が分かるかもしれないだろ」
「うーん…組のみんなでね、遊びをしたんだ」
「遊び?どんな?」


関係ないと思うよ、と言う四郎兵衛の顔色は優れず、まるで自分に言い聞かせているような様子だった。言い渋る四郎兵衛を左近がしつこく促し、ようやっと口を開いた。



「お狐様って知ってる?」



お狐様?なんだそれ?
首を傾げる左近に四郎兵衛は説明した。


「紙に鳥居とか、いろは唄を書いて銭に指をおいてする遊びなんだけど、この間教室で組の四人がやり始めたんだ。で、みんなで見てたの。知りたいことを何でも教えてくれる遊びらしくて、嘘だあって思ってたんだけど、スーって銭がね、動くの。誰か動かしてるんだろうって聞いたけど、皆違うって。それで、すごい!ってなって、最初はどうでもいいことばっかり聞いて面白がってたんだけど、四人の内の一人が変なこと言い出して……」
「変なことって?」
「…………『この中で一番最初に死ぬのは誰ですか?』って」
「はあ!?なんだよそれ、酷いな」
「だよねえ。皆そう言ったんだけど、聞いたもんは仕方ないだろって開き直っちゃって」
「うわー…そいつ最悪だな」
「良いところもあるんだけどね」
「それで?」
「え?」
「それで、なんて答えが出たんだ?」
「………それは…」


四郎兵衛は俯き答えない。言いにくいことだとは分かるが、まさか。


「もしかして、四郎兵衛…?」
「ち、違うよっ!そうじゃなくて…」
「な、なんだびっくりさせるなよ!あんまりにも言い難そうにしてるから勘違いしちゃっただろ!」
「ご、ごめんね!」
「全く!それで、結局誰なんだよ?」
「…『────シ』だって」
「え?」


「『 ミ ナ ゴ ロ シ 』、だって…」
「…………!?」


ゾワッと走る悪寒に思わず体を抱きしめる。皆殺し。四人全員皆殺し。
そこまで考えて左近は首を傾げた。お狐様とやらをやったのは四人。しかし、今医務室にいるのは……。


「なあ、もしかして皆殺しって、その場にいたは組全員皆殺しってこと…?」
「ま、まさかぁ!」
「だ、だよね!」
「関係ないよね!偶然だよね!」


えへへー あははー
誤魔化すように笑いあった二人はそのまま井戸に向かって歩いていった。






「───というのをついさっき聞いたんだけど」
「その時藤内はどこにいたの?」
「綾部先輩の蛸壷の中…」
「怪我ない?」
「ないよ、ありがとう」


ぐりぐりと泥で汚れた頬を手拭いで拭いてくれるなまえにお礼を言いながら、


「それで、二年は組のことなんだけど」
「ああ、呪われちゃったねえ」
「呪われちゃったの!?」
「外れが来ちゃったんだねー」
「じゃあ二年は組、ミナゴロシにされるの?」
「いやーそこまで強くないから、全員寝込むくらいじゃない?大丈夫大丈夫」
「それ全然大丈夫じゃないから…」


がっくりとうなだれながら突っ込む藤内に、よく分かりませんという表情でハテナマークを飛ばすなまえ。孫兵の言う「なまえの大丈夫はあてにならない」という言葉を実感しながら、解決法がないか探ることにした。


「二年は組が全滅するのを防ぐ方法はないのか?」
「あるよ」
「あるんかい!」


だったら回避してやれよ!
藤内の渾身の叫びをBGMに、何やらごそごそと準備を始めるなまえ。
その準備内容にひっかかるものしかない藤内。


「なまえくん」
「なあに藤内くん」
「お狐様のように見えますが?」
「お狐様ですよー」
「どういうことでしょう?」
「あのね、時友たちはお狐様呼べなかったんだよ。外れが来ちゃったから具合悪くなったんだと思う。だからお狐様にお願いして還って貰おうと思って」
「帰って貰う…?それってまさか、なまえ…」


「うん、お狐様やろうね」

・・
あのなまえがやるお狐様。
藤内は、息を飲んだ。






なまえの机を部屋の中央に置き、広げた紙の上中央には赤い鳥居。その右下、左下には はい/いいえの文字。そしてその下にはいろは唄。銭に指を乗せる。藤内はなまえの正面で同じように指を乗せる。


「お狐様、お狐様。赤い鳥居を通っておいで下さい」


ぴくり、と銭が動いた。流れるように鳥居に向かい、ピタリと止まる。


「お狐様、あなたは二年は組に降りたお狐様ですか?」


なまえの質問に間髪入れず動き出す銭。『いいえ』と書かれた場所に止まる。


「違うのが来ちゃった。まあいいや」
「問題ないのか?」
「うん」


芳しい反応に藤内は感心するが、なまえはというと特に反応を返さずに、当たり前といった感じで淡々と進めていく。


「お狐様、二年は組に悪戯するモノが分かりますか?」
『はい』

「それとあなたでは、どちらが強いですか?」
『 わ た し 』

「───ではお狐様、それを追い払って下さい。出来ますか?」
『はい』


『 た だ し 』


ガタ

銭が震える。
初めは僅かなものだったが、次第にそれは激しいものとなる。


『 ち よ  う だ い 』
『  ち よ う  だ   い 』


「ちょうだいって…なにを…?」


当然の疑問だった。
見返りに一体なにを要求しているのだろうか。チラリと脳裏をかすめた答えは、決していいものではなかった。
銭はぶるぶると震え、止まる様子はない。反対側にいる藤内の顔は少しだけ強ばっていた。


「いいよ」


心配をよそになまえはけろりとしていた。躊躇せずに「いいよ」と言い、


「お狐様の名前を勝手に使ったことを
    ・・・
黙っててあげるから、よろしくね?」


ピタリ。
銭の震えが止まった。
そしてしばらく沈黙した後、『はい』の場所に動き、独りでに鳥居へと還っていった。


「あれ、還っちゃった。まあいいけど。これで多分大丈夫じゃないかな〜」
「……へえ」


何がなんだかよく分からないが、とりあえず何とかなりそうだ。保健室で看病を続けている同輩の苦労を知っている藤内は少しだけ安堵の息を吐いた。





翌日、医務室は大騒ぎだった。
寝込んでいた二年は組十数名が一斉に回復し、退院のための診察で保健委員はてんてこまいになった。


「───らしいよ、なまえ」
「へえ〜じゃあ成功だね」


良かった良かったとのほほんとしているなまえを藤内はじーっと見つめ、


「お狐様ってさあ…何で『遊び』なわけ?」
「うん?」
「質問に答えるって遊びじゃないよな?なのに何で遊びに区分されるの?なまえなんか知ってるんじゃない?」
「うんー?遊びで合ってるよ?」
「ええ〜?」
「お狐様は、
・・・・・・・・・・・・・・
お狐様のフリをして遊ぶゲームで、質問にちゃんと答えたり、嘘ついたり、嘘をホントにしたり、悪戯したりするから、遊びで合ってるよ」
「あー…なるほど。つまり俺達側の遊びじゃない訳か。納得した」
「楽しいらしいよ〜」
「へえ…」


皆殺しにすると言ったり、医務室送りにしたり。こちらからすると『遊び』の範疇には収まらないのだが、なまえはそうは取らないらしい。こういう時に一般人である自分の認識とのギャップを感じ取るが、それをなまえに伝える気はなかった。どうせ言ったってよく分からないんだろうし。

避ける奴は避ければいい。
なまえには、なまえのことを理解している自分達がいれば、それでいい。


そう、想った。
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