夢小説 | ナノ




天女には譲らない

「…俺、天女様のことが好きだ」


夜。
なまえは自室を訪ねてきた留三郎から突然のカミングアウトを受け、一瞬だけ停止した。
その一瞬で言葉を噛み砕き、理解し、留三郎の言わんとすることを予測した。
予測した上で、なまえは穏やかな笑みを浮かべ、続きを促した。


「それで?」
「…お前と、別れたい」


気まずそうに視線を逸らして言った留三郎。
なまえは悲しそうに目を伏せたが、意を決して顔を上げた。そして、


「それ、勘違いですから」


にっこりと宣言した。
あまりにも堂々と言い放ったなまえに留三郎はポカンとしていた。
そして我に返ると「いやいやいや!」と大きく否定した。


「信じたくない気持は分かるが、勘違いじゃなくってな、なまえ」
「信じるも信じないも勘違いですから。先輩は別に天女様のこと恋愛対象として見てませんから」
「見てるよ!」
「じゃあいくつかお聞きしますけど」


正直に答えてくださいね、と言うなまえに頷く留三郎。


「先輩はやっぱり男より女の方がいいですか?」
「いや違う、そういう訳じゃない」
「じゃあ、私のことが嫌いになりましたか?」
「それも違う!なまえは悪くないんだ!」
「じゃあ天女様のどこが好き?」
「天女様は、右も左も分からない所で健気にも涙一つ見せずに一生懸命働いていらっしゃるだろう。そこが、」
「涙も何も、天女様が『ここ超楽しー☆もう帰りたくなーい!一生ここにいる〜!』って仰ってたの聞きましたけど」
「えっ」
「それに一生懸命働いてるところを私は見たことないんですけどいつの話ですか?食堂だといっつも上級生に囲まれて談笑してるし、こっちの文字もご存じないらしく事務仕事は出来ないし、水仕事は『やだぁ〜手が荒れちゃう』って仰って私や下級生が代わりにやってましたけど」
「えっ、いや、それにほら!あのか弱くて守ってあげたくなるような儚さがさ!」
「私とお話するときはいつもふんぞり却って高飛車に命令してきますよ」
「まだある!いつも俺たちを案じてくれて優しい言葉をかけてくださるだろ!?」
「『ちょっと!仙蔵が見当たらないんだけどどこにいるの!?知らない?だったらそこら中駆けずり回って探してきなさいよ!この愚図!』って優しい言葉ですか?」
「…………」


黙り込んでしまった留三郎に、なまえは優しく微笑んだ。


「あの、先輩は最近実習続きで忙しかったですよね」
「あ、ああ」
「最後に肌を合わせたの、いつでしたっけ」
「確かひと月くらい前じゃなかったか」
「実習の後も天女様がいらっしゃってごたごたしてて二人で過ごす時間、なかなか取れませんでしたよね」
「ああ」


「つまり、先輩、ただの欲求不満なんじゃないんですか?」


室内に沈黙が舞い降りた。
そんなまさか、という表情の留三郎は、しかし何も言えなかった。

これは行ける。

なまえはそのまま話を進めた。


「そういう状態で天女様のお世話をする内に、女性である天女様に欲情してただけじゃないですか?よくよく考えればあんまり女の人との接点、ないですし。くのたまには私たちは絶対近づかないし、山本シナ先生ともあんまり喋る機会ないですし」
「………」
「違いますか?」


沈黙し、床を見つめる留三郎に、擦り寄り、しな垂れかかる。
ぴくりと留三郎の指が動いたのが見えた。
その指に自身の手を重ね、「せんぱい」と甘えた声を出す。

留三郎の視線がこちらに向けば、もうなまえの勝ちだった。
散々欲求不満を意識させた後である。思春期である留三郎を誘導するのは容易いことだった。

瞳を潤ませ、熱い視線で見つめ合う。
数秒後にはどちらからともなく顔を近づけた。









「先輩、先輩。そろそろ起きないと、朝食に間に合いませんよ」
「…おはよう」
「おはようございます」


なまえの部屋で目を覚ました留三郎は、だるそうに起き上がった。
あーー…と意味のない声を出し、顔を両手で覆った。

昨日はなまえと別れ話をするはずだったのに、結局なまえと致してしまった。
しかも、なんか、いつもより凄かったし。
なまえもノリノリだったし。
俺も楽しめたけど。

…俺、やっぱり天女様のこと好きじゃない?
好きだったら流されたとはいえあんなにやんねえよなあ。
それになまえのことも嫌いになった訳じゃないし。むしろ今でも好きだし。

…なまえのこと今でも好きなら、別に天女様と付き合う意味、ねえよなあ。
よく考えたら俺別に天女様のこと好きじゃないような気がしてきた。なまえの言う通り、普通の女子が珍しくて興味を惹かれただけなのか。

それなのになまえと別れようだなんて俺、最低じゃねえか。
いや、そもそもなまえという恋人がいるのに他に目移りする時点で最低だ。死ね俺。


「先輩?」


具合でも悪いんですか?と心配そうな表情でこちらを窺うなまえ。
保健室行きますか?善法寺先輩をお呼びしましょうか?と立ち上がりかけたのを制して、正面に座らせる。
未だに心配そうに見つめるなまえに、留三郎は勢いよく頭を下げた。


「えっ?食満先輩っ?」
「すまなかった!俺は昨日、なまえに酷いことを言った。とんだ浮気野郎だ。都合がいいことは分かってる、だが、頼む。どうか俺を許してくれ」


これはつまり。復縁希望ということだ。
目の前の留三郎は頭を下げ続けている。なまえが何か言うまであげないつもりだろう。
なのでなまえは思う存分にっこりと含みのある笑顔を浮かべることが出来た。天女ざまあみろ。


「食満先輩、どうか頭をあげてください」
「……なまえ…」


懇願するような留三郎の視線に気づきながら、なまえは穏やかな表情で続けた。


「僕は食満先輩の仰っていることが少しも分かりません。昨日は食満先輩と素敵な夜を過ごした以外に何かありましたっけ?」
「へっ……?」


ぽかんとした顔をした留三郎だったが、一拍をあけてなまえの言わんとすることを理解した。
なまえは別れ話のくだりをなかったことにしてくれようとしている。それは勿論、留三郎の立場を慮ってのことだ。
これを受け入れることによって、留三郎が天女に心変わりしかけたことがなかったことになる。

二つ下の恋人の、寛容な計らいが愛おしい。
気がついたら留三郎は自分の腕の中になまえを閉じ込めていた。
すぐに背中に回る細い腕に嬉しくなる。そのまま抱きしめながら、耳元で愛を囁く。

いつも以上に甘ったるい言葉を囁く二つ上の可愛い恋人に何と言葉を返そうか。
逞しい背中にまわした腕に力を込めながら、なまえは艶めかしく嗤った。





食満先輩は私のもの。誰が天女なんかにくれてやろうか。
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