夢小説 | ナノ




番外編03:兎の奮闘

「っ、くしゅん」
「みょうじ先輩、風邪ですか?」
「う、ん、そうかもしれない…」
「最近涼しくなってきましたもんね」
「無理しないでくださいね!先輩の分まで俺が頑張ります!」
「そういうことは読める字が書けるようになってから言うべきだ」
「なんだとー!」


なまえのくしゃみを皮きりに、委員会の後輩達が騒ぎ始めた。
なまえは会計委員会所属である。
意外がられるが、なまえに言わせれば入るならばこの委員会しかない。なまえには体育委員会に付いていけるほどの体力も、用具委員会で物を作る才能も、作法委員会で生首フィギュアを触る度胸も、図書委員会で本を仕分ける知識も、保健委員会で治療に携わる覚悟も、生物委員会で動物と関わる勇気も、火薬委員会で高価な火薬を管理する手段も、学級委員長委員会に入る資格もない。

でもただ一つ、数学の成績には自信があった。
だからきっと、会計委員会ならば少しは役に立てるだろうと思ったのだ。
加えると、当時の委員長はとても優しそうな顔立ちをしており、実際優しかったのも大きい。だがひとつ、誤算があった。それは一つ上の先輩である潮江文次郎がやたら厳格な性格であったことだ。


「何ぃ、風邪だと!? 鍛錬が足りん証拠だ!」
「ひぃっ」


スパァン、と音を立てて戸を開けたのは、出来あがった帳簿を提出しに行った潮江文次郎会計委員会委員長だった。どうやらなまえの話は文次郎に全て筒抜けであったらしく、先の展開が読めた三木ヱ門は顔を引き攣らせた。


「し、潮江先輩! 帳簿はどうだったんですか!?」
「ああ、無事に安藤先生に提出し終えた。つまり今からの時間は全て鍛錬につぎ込めるということだ」
「あっ、あのっ!」


文次郎の言葉にサァっと青褪めた後輩たちを見て、同じく血の気を引かせながらも事態の原因であるなまえは勇気を振り絞り声をあげた。
その珍しい光景に部屋の視線が全てなまえに集まる。ドクドクと心臓が破裂しそうになりながら、何とかなまえは言葉を捻りだした。


「で、でも、最近、徹夜続きでしたしっ、あの、その、」
「何が言いたいんだお前は! はっきりせんか!」
「ひぅっ……、ぅ、うう…、み、みんな、疲れているので……や、休ませて、あげたら、と……」


三木ヱ門は驚愕した。
まず何より、あの気弱ななまえが文次郎に対して意見をしたことに一つ。
そしてせっかちな文次郎が弱弱しいなまえの言葉に焦れて一喝し、若干怯んだ様子ではあったもののその後も意見を主張したことが二つ目。
そして最後にその意見の内容が自分たちを気遣うものであったことの三つに、驚いた。
意見された文次郎も少しばかり驚いた顔をしてみせたが、すぐに気を取り直し「鍛錬が足りんから風邪などひくのだ」などと持論を展開し始めた。
ああ、これはもうどう足掻いても夜通し鍛錬させられるパターンだ…。
既にがっくりと肩を落としている下級生達を見ながら、ふと三木ヱ門は気がついた。なまえも下級生たちを見ていた。その表情からは、何か決意のようなものが感じられた。


「で、ではっ! 僕が、お供させて、い、いただきますので、後輩達は、部屋に戻して、いいですか…っ」
「お前の参加は当然だみょうじ。お前がこの中で一番体力がないんだぞ」
「うっ……は、はい。……あっ! だ、だから、是非、潮江先輩にマンツーマンで教えて頂きたくっ」
「………ほう」


文次郎も馬鹿ではない。なまえが他の後輩達を鍛錬させまいと先程から奮闘していることには気づいていた。だからと言って妥協するのは文次郎の性ではないが、あのなまえがここまで食いついてくるとは思わなかった。噛み噛みではあるものの、以前ならば最初の一喝で涙目になって黙り込んでいたのが、この成長。今回くらいはなまえの顔に免じて後輩達は部屋に戻してやっても、いいかもしれない。


「そこまで言うのならば仕方ない。確かに他の者を見ながらお前に忍のいろはを叩きこむのは難しい。今回はみょうじ一人に徹底して厳しく鍛錬をつけてやろう」
「ひっ…あ、ありがとう…ございます……」
「俺は左門を部屋に届けてくる。お前らは一年生を送り届けて来い。鍛錬はその後だ。いいな?」
「は、い……」


青を通り越して真っ白な顔色になったなまえに、三木ヱ門が心配そうに話しかけた。


「大丈夫ですか、みょうじ先輩。体調も悪いと言うのに、あんなことを言ってしまって…」
「だ、大丈夫、だよ。僕の所為で、これ以上、皆に迷惑かけるのは、申し訳ないから…」
「迷惑だなんて、そんな……」
「それに、鍛錬が足りないのも、事実だから。良い機会だと、思って、頑張ってみるよ」
「みょうじ先輩…」


ぎこちなく笑うなまえは、あの一件以来少し変わったと、三木ヱ門は思う。
おどおどした態度は変わらない。少しだけ、泣かなくなった。皆と話すようになった。こうやって、後輩を守ろうとしてくれるようになった。
よたよたと団蔵を背負いながら歩くなまえを見て、三木ヱ門は最後まで心配そうにしていた。












「ねえ文次郎、文次郎が鍛錬大好きなのは重々承知だよ、だって僕らも六年目の付き合いだもんね。後輩を鍛えてあげることは悪い事じゃないし、卒業前に少しでもみょうじをしっかりさせたいというのも分かるよ。でもね文次郎。ものには限度ってものがある。風邪をひくのが体調管理が出来ていないっていうのは、確かにその通りだ。体を鍛えていけば風邪もひきにくくなる。そうだね。だからといって仕事上がりの四徹目に十キロ算盤抱えて散々校庭を走らせた上にこの季節に池で寝させるって、君は馬鹿なのかい?」
「…い、いや…」
「何? 言い訳でもあるの? 一応聞いてあげるから言ってみなよ」
「俺はみょうじの為を思って…!」
「みょうじの為を思うなら昨日は休ませてあげるべきだった。鍛錬なんて風邪が治ってからでも十分間に合うでしょ」
「…………」

「ぜ……善法、寺、せんぱ……ゴホッ、ぼ、僕…僕から、お願いしたんです…。だから、潮江先、輩は、ゼェッ、わ、るく、な…ゴホゴホッ」
「あああああみょうじ、そんな状態で喋る奴があるか! ほら、水だ。ゆっくり飲め…そう、上手だ」


池で朝を迎えた後、ふらふらと自室に戻り着替えを済ませたみょうじは、そこで記憶が途切れている。
意識を失い、ばったりと倒れたなまえを発見したのは三郎だった。抱き起したなまえの身体は熱く、しかしガタガタと震えていた。
五年間培ってきた忍の技術をフル活用して最速で保健室に運び込んだ後、当然のように看病に参加した三郎。
その三郎に水差しを口元に運んで貰い、咽喉を潤すと、少しはまともな声が出るようになった。


「…潮江先輩、あの…鍛錬、ありがとう、ございました…また、ご教授お願いします……」
「みょうじ…」
「………………」
「な、なんだ鉢屋。その顔は」
「…べっつに〜」


散々鍛錬だと振り回されながらも文次郎に感謝している様子のなまえを見て、「面白くない」という顔をする三郎。
むすっとしたその顔を雷蔵が見たらどんな反応をするだろうか。


「…そこまで言うのなら、また一緒に鍛錬してやろう。……次は、もう少しお前の体力に合わせたメニューにする」
「…はいっ」
「潮江先輩が…デレた!!」
「き、貴様鉢屋ッ、茶化すんじゃない!」
「えー何怒ってるんですかーこわーい」
「先輩をおちょくるなんざ良い度胸だ…表へ出ろ。お前にも稽古をつけやろう」
「結構です。私はなまえの看病で忙しいので」


文次郎が怒りに震え、怒鳴り声をあげようとした時。
保健室の戸が豪快に開いた。


「みょうじせんぱぁーい!!」
「風邪が悪化したって本当ですか!?」
「生姜湯を作ってきました!」
「こらお前達!みょうじ先輩は寝ていらっしゃるんだから騒ぐんじゃない!」


わらわらと現れたのは、会計委員会の後輩達。
心配そうな顔をした団蔵と佐吉。生姜湯を持ってきたと言いながら部屋の外に出て行こうとする左門。左門の襟首をつかみながら静かにしろと注意をする三木ヱ門。


「ほらなまえ、会計委員会の後輩達がお見舞いに来てくれたぞ」
「…う、ん……」
「……嬉しい?」
「………………うん」
「そうか」


なまえが委員会の仲間たちと仲良くなりたいと思っていたのを、三郎は知っていた。
だから本当は、なまえをこんな目にあわせた文次郎にはもっともっと文句を言ってやりたいが、当の本人はすごく嬉しそうなので。


「じゃあ、見舞いに来てくれた後輩達の為にも早く元気にならなくちゃな」
「…うん!」


今回ばかりは、これで良かったということに、しておこう。
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