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番外編11: 天女と束縛

悲しいお知らせ。
天女様二号がいらっしゃいました。

学園長先生の突然の思いつきによって全学年対抗そば打ち大会が企画され、グラウンドに集合していたその時。
きゃあああ、という悲鳴ともに光る球体が頭上から急降下してくる。
一部の忍たまにとってどこかで見たことのある光景に、さすがに今回は受けとめようという猛者はいなかった。むしろみんな全力で避けた。

ドゴォという轟音と地震に似た衝撃に上級生や先生方は身構え、転びそうになる下級生のフォローにまわった。

グラウンドの中心に開いた大穴。
誰がこれ埋めると思っているのか。用具委員か。私達がやるのか。
遣る瀬無い気持ちに気が遠くなっていると、「ふえぇ…」などという甘ったるい声が穴の中から聞こえてきた。

突然だが、忍術学園の学年は全部で六つあり、組は三つずつある。
グラウンドに一から六までの学年がいろは順に並んでいたのだけれど、その中心は三年と四年の境目。組の真ん中はろ組。つまりは私の所属する四年ろ組と三年ろ組が穴から最も近い位置にいると言う訳だ。

衝撃が収まってすぐさま上級生は下級生の避難誘導を開始するのは当然だが、皆が避けて通ろうとする穴に向かってフラフラと、あるいは一直線に向かっていく輩が三年ろ組には二名ほどいる。
普通に歩いて迷子になる次屋はともかく、無駄に良い決断力で走り出した神崎は作兵衛ガードをくぐり抜け、三木の制止も振り切ってしまった。

いつもなら絶対に近づきたくないがこの場合、神崎に近い位置にいる私がガードしないとさすがに怒られる。
と言う訳で、穴にダイブしようとしている神崎の襟を掴み地面に抑え込む。多少手荒になってしまったが穴に突っ込むよりはマシだろう。





「こら、どこに向かって走ってるの。作兵衛のところに行くよ」
「あれ?いつの間に作兵衛の奴はぐれてしまったんですか!?」
「はぐれたのはお前だよ。ほら、行く、よ………」


目と目があった。
誰とって、勿論天女様二号と。

天女様二号は勇ましくも自力でこの大穴をよじ登って来たらしく、顔に泥をつけた状態できょとんと私を見つめていた。
しん、と皆が口を噤み様子を窺っている。
今回の天女様も美しい顔立ちをしているが、前回のように誰も誘惑されないことを祈る。

とりあえず神崎を自分の背に隠し、神崎の両腕を腰に巻きつける。後ろから神崎が抱きついているような状態だが、下手に手を離すと天女様二号に突っ込んで行くかもしれないから仕方がない。無駄に力強い神崎を抑えておくには片手では不安だし。

天女様二号はきょとんとした表情をしていたが、次第に状況が呑み込めたのか見る見る内に表情が明るくなり、そして、


「やだ……超美少年…!!百花の王子様発見……!!」


帰れクソ天女。












「なまえさまぁ、百花ぁ、帯が苦しくなっちゃってぇ、お願い、ちょこっとだけ緩めて欲しいナア〜」
「…………こうですか」
「きゃっ、やだぁなまえ様ったら大胆!ちょこっとだけって言ったのにぃ〜!」
「……………」


すぅ、とみょうじの表情が消えていった。
こ、怖ぇえ。美人の無表情めっちゃ怖い。


「くっそ、なんだあの二号。どっから声出してるんだ死ねばいいのに」
「三郎、落ち着きなよ。殺気しまって、ほら」
「チッ、なんだあの二号。どうして生きてるんだ死ねばいいのに」
「こら喜八郎、落ち着け!」
「鋤もしまえ!ほら!!」
「あっちもこっちも大変だな…」


再びやってきた天女様二号は、みょうじに一目ぼれしたらしく。
王子様がどうとか呟いた次の瞬間にはなまえに抱きついていた。
後ろに神崎を庇っていたみょうじは動くことも出来ずにその抱擁を真正面から受け取る羽目になった。

そしてこの天女様二号だが、二度あることは三度あるかも、という学園長の判断で様子見保護をすることになった。前の天女様とは違い、誰も盲目になっていないからこそ出来た措置だ。何らかの共通性や落ちてきた原因などを聞き出したいのだろう。
みょうじも色々と言い含められているらしく、ベタベタと二号に触られても無表情になるだけで何も言わない。
授業中は「王子様を応援するの!」ときゃあきゃあ騒ぎ、食事は絶対にみょうじの真横。夜も部屋に押し掛けて長居して帰らないらしく、みょうじがくのたま長屋まで送り返しているようだ。そして朝は起こしに来て…のエンドレス。
必然的に二号との時間は長くなり、綾部や三郎と過ごす時間は減っていく。
みょうじのストレスも心配だが、この二人も相当ストレスが溜まっているらしく、苛々としていて正直扱い難い。
苛つくなら見なければいいのに、それはそれで気になるからとわざわざ遠くから様子を窺ってイライライライラ。
気持ちは分かるが、お前達がそんなんで一体どうするんだと言いたい。


「まあまあ、落ち着けって二人とも。一応学園長先生から危害は加えるなって言われてるんだから、」
「そんなの知ってますよケケ谷先輩。だからこうして遠くの方から見てるんじゃないですかクッソ殺したい」
「竹谷な。一応自制してこの距離なのか…そうか……」
「そうだぞケケ谷。私達は二号を殺…傷つけることは出来ない。だがしかし、逆に二号が誰かに危害を加えるようなことがあれば消しちゃっても構わないと言われている」
「だから竹谷な。…つまりお前たちは二号がやらかすのを今か今かと待ってるってことか…?」


二人揃って頷く様にがっくりと肩を落とす。何て陰湿で地味な。
大体あの二号はみょうじにべったりで俺達なんか眼中にない。なさすぎて興味も持ってくれないし、嫌味を言われてもスルーか「やだぁ、百花こわ〜い☆」とみょうじにぶりっこするだけだ。前者はともかく、後者はみょうじから無言の抗議を受けて一切禁止になっている。だから二号がこの学園の誰かに危害を加えることはあり得ないし、溺愛しているみょうじにだってする訳がない。だからその見張りは無意味だ。


「でも万が一ということがあるだろう…!」
「例えそれが一パーセント以下の確率でも…!ゼロじゃ…ない!」
「何だこれ無駄にカッコいい雰囲気だけどすごくしょうもない!」
「貴様可愛い後輩が二号に付きまとわれているというのにしょうもないとはなんだ!お前には血も涙もないのか!?」
「サイテー!!」
「うるせええええ!!面倒くせえええええ!!!」


最高に面倒な二人に思わず頭を抱えると、各抑え役の雷蔵、平、田村からまあまあと宥められる始末。これじゃあ俺もこの二人に落ち着けなんて偉そうなこと言えねえよ。
はあ、と息と一緒に苛立ちも吐き出してしまおう。少しは冷静になれるはずだ。
そう思ったのも束の間だった。


「あのねえ、百花、ずっと百花だけの王子様を探してたの…。なまえ様は百花の理想の王子様なの。だから、百花をなまえ様のお姫様にしてください!!」
「うっ、む」


もじもじと恥ずかしがるようにみょうじに逆プロポーズをした二号は、「うわあ」という表情をしたみょうじに向かって抱きつき、そして光の速さで接吻した。
もう一度言う、接吻した。
二号と、みょうじが。


「「 ぶ っ 殺 す 」」

「ですよねええええ!!」


こちらも光の速さと言って差し支えなかった。
禍々しいオーラというか殺気を纏った二人は瞬く間に視界から消え。
次の瞬間にはみょうじと二号を引き剥がし。
出所不明の怪しい薬を二号の口に突っ込んでいた。


崩れ落ちる二号。
みょうじに抱きつく綾部。
みょうじの口を手拭いで擦る三郎。


「…………」
「…………」
「…………」
「…………」


きゃんきゃんとみょうじに縋りついて騒ぐ二人を見て悟り切った目で疲れ果てたかのようにされるがままのみょうじ。
それを見守る俺達。

もう、何をどうして良いのか分からない。








「二号が言うには、平成にはケイタイという小型の絡繰があるらしく。そこに届いた怪しげな広告に応募したところこの世界に飛ばされたと。なので、どういう原理でここに来たのかも自身では分からず、また、何故自分が選ばれたのかも不明とのことです」
「ふむ。その言葉が嘘である可能性は?」
「少なくとも故意でのものは皆無です。ただ、二号自身が強烈な暗示にかけられていたり、強く思い込んでいる場合はその限りではありません」
「なるほど。うむ、ご苦労じゃった。お主も疲れただろう。今夜はゆっくりと休みなさい」
「ありがとうございます」


多大な精神的ストレスと引き換えに得られた情報はあまりにも少なく、そして理解し難かった。
忍務を台無しにしてくれた喜八郎と鉢屋先輩は先生方にこっぴどく叱られたらしい。今この瞬間も罰掃除の真っ最中だとか。本人よりも周りが我慢出来ないってどういうことなのと私も思わなくもない。もしかしたらもう少し粘れば何か掴めたかもしれないが、あれ以上やると冗談抜きに死にそうだったので、結果的には感謝している。

先生方への報告終わり、自由になった私もが真っ先に行ったのは全ての元凶、神崎に対する制裁だった。


「ひひゃい!ひひゃいでふせんはい!」
「お黙り。誰のせいであんな疲れる忍務する羽目になったと思っている。少しは反省しなさい」
「ふがふが」
「すっ、すみません先輩!俺から!俺からもちゃんと言い聞かせますから!どうか命だけは!!」
「おおお俺からもお願いします先輩!どうか命だけは!!」
「さてどうしようか」
「ひえええええ!!!」
「左門んんんん!!」


制裁といってもほっぺを両手で引っ張ったり押しつぶしたりする緩めのものだ。この状況から何をどうしたらこれから神崎が死ぬのか二人に問いただしたい。
引っ張りを中止して逆に両側から押してみる。口がO字になった神崎を見たら思わず笑ってしまった。


「……ふっ」
「!」
「笑った…」
「ぶちゃいくな顔」
「ひどいですみょうじ先輩!」


私の両手を振りほどき、心外とでも言いたげな顔で抗議する神崎。
私が笑ったことでホッとした顔をした二人が神崎の反抗によって再び真っ青になっていく。神崎よりこの二人の方が死んでしまいそうだ。
まあ神崎のぶちゃいくな顔も見れたし今回はこのくらいで許してあげよう。


「迂闊な行動は次から慎むように。いいね?」
「分かりました!みょうじ先輩!」
「…返事だけは一人前なんだから……」


別れ際に激励の意味も込めて作兵衛の頭をぽんぽんして去る。
後ろから「作兵衛ずるいぞ!僕はほっぺを引っ張られたのに!!」だの「うるせえ反省しろ!」だの聞こえてくる気がするが気のせいと言うことにしておこう。

はー疲れた。そろそろ喜八郎と鉢屋先輩の罰掃除も終わる頃合いだろうから、二人を誘って美味しいものでも食べに行こう。もちろん、鉢屋先輩の奢りで。
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