夢小説 | ナノ




天然と書いて無慈悲と読む

「くっそ、文次郎のせいで無駄な怪我しちまった。伊作にはお前から謝れよ」
「あぁ!?なんで俺が謝らなければならんのだ!元はといえば留三郎、お前のせいだろう!」
「文次郎のせいだ!」
「留三郎のせいだ!」
「くそ、埒があかねえ。こうなりゃ早いもん勝ちだ。伊作、聞いてく、れ……」
「てめえ卑怯だ、ぞ……」


賑やかに罵りあいながら保健室の戸を開けた二人は硬直した。保健室の中にお目当ての伊作はおらず、保健委員は四年のなまえのみ。

そしてそのなまえは、五年の鉢屋三郎に組み敷かれていた。
三郎の両手はなまえの頬を包み、なまえは瞳を潤ませて三郎を見ていた。そこに勢い良く入室し言葉を失った留三郎と文次郎に、平然と伊作の不在を伝えようとするも、



「食満先輩、潮江先輩、伊作先輩に用ですか?伊作先輩はちょっと今席を外してい」
「うおぉあああああ!!」
「きっ、貴様後輩に何をして…!!」


二人の声にかき消されてしまった。
文次郎が三郎の首根っこを掴みなまえの上から力任せに退かし、留三郎は瞬時になまえを抱き起こし背に庇った。
一言も交わすどころかアイコンタクトすらせずに行われた一連の動作になまえは目を潤ませたままきょとんとしている。


「みょうじ、大丈夫か?変なことされてないか?いいか、実際にされてなくても言葉だって立派なセクハラだ」
「え?あ、の?」
「みょうじのその顔を見たら何かあったことくらい分かるだろ!もっと気の利いたことを言え、バカタレが」
「なんだと!」
「お、お二人とも落ち着いてください。ちょっと睫毛が目に入っただけですよ」
「そうだ、睫毛が…」
「……睫毛?」
「はい!」


保健室でひとりで留守番していたら鉢屋先輩がいらしたんです。伊作先輩に用があるというのでお待ち頂いていたのですが、目に睫毛が入ってしまいまして。そうしたら鉢屋先輩が看てくださると言うのでお願いしたんです。


そう話すなまえは嘘をついているようには見えない。また、嘘をつく理由もないだろう。


「そうですよ先輩方!私はただなまえの目を診てただけですよハアハア」


なんだ、睫毛か…と納得しかけた二人だったか、三郎の反論を聞いた二人はすぐにいやいやと首を振った。


「目を看るにしては体勢が可笑しかったよなあ!?」
「チッ」
「舌打ちするんじゃないバカタレ!」
「なまえもなまえだ!何故あんな体勢に持ち込まれた!?」
「あの体勢の方が看やすいと言われたので…」
「それでお前はなにも疑問を持たなかったのか!?」
「へーそうなのかぁと思って…違うんですか?」
「違わないよ!あの体勢が一番看やすいんだ。その証拠にほら、ちゃんと睫毛も取れただろう?」
「コラコラ『本当だ』みたいな顔をするんじゃない!」
「えっ」
「あっ、ちょっと何余計なこと言ってるんですか!いいんですなまえはこのままで!あのままの鈍感でセクハラしても全然気付かない可愛いなまえちゃんのままで!」
「もうお前黙れ!」
「イデッ!」


睫毛が入っていた右目に手を当てていたなまえが不思議そうな顔をしていて留三郎と文次郎は頭が痛くなった。この後輩は無防備すぎる。ギャンギャンと騒ぐ三郎を文次郎がゲンコツで黙らせ、留三郎がなまえの肩を揺らしながら言い聞かせる。


「あのなぁ!普通はあんな体勢に持ち込まれたら抵抗するもんだぞ!」
「抵抗、ですか? 何故…?」
「何故って、……あ、危ないだろ」
「危ない……」


あまりにも純真そうな目での問いかけに、文次郎は直接的な表現を避けてしまった留三郎を責められなかった。むしろ目を逸らした。眩しすぎる。


「でも、鉢屋先輩は理由なく後輩に暴力をふるうようなお人ではありませんし…」
「いや、まあ、そっちじゃなくってな…」
「はっきり言えば、せ、性的な意味の方で…」
「性的な意味で?」


さも意外という顔をしたなまえは、ぱちくりと目を瞬かせた後、うんうんと頷く留三郎と文次郎を見て、ブンブンと首を振る三郎を見て。ふふ、と笑いながら、


「鉢屋先輩から性的なことをされるなんて、そんな訳ないじゃないですか」
「そうそう!」
「あーもう鉢屋は黙ってろ!」
「みょうじも、もう一度よく考えろよ、」
「だって、性的なことって…恋人や好きあってるもの同士じゃあるまいし、そんなこと起こる訳ないじゃないですかー、ふふ」

「………!!」
「…………………」
「…………………」


つまりは三郎とは先輩後輩以外の関係はないので間違いなど起こらないのだということで。
どこまでも明るく言い切ったなまえに、三郎は両手で顔を覆って蹲った。男泣きである。留三郎と文次郎は慰めるように無言で三郎の肩を叩いた。



その日以来、三郎が大人しくなった。
しかしそれも数日のことで、「アピールが足りない…!」などと言いながらますます過激な行動を取るようになった、と伊作が困った顔で笑いながら返り血を拭っていた。
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