夢小説 | ナノ




07:目で視れば

「こんにちは。鉢屋先輩、尾浜先輩」
「おっ、みょうじじゃん。こんにちはー」
「こんにちは。今から委員会か?煙硝蔵は寒いんだろう。風邪を引かないように気をつけろよ」
「はい。ありがとうございます」


ぺこりとお辞儀して去っていく後輩が完全に視界から消えて一言。


「みょうじの奴、よくお前が三郎だって分かったね。委員会が同じ俺と歩いてるからかな?」
「いや」


あいつは私が誰に化けても騙されないよ
何だか難しい顔をする友人に勘右衛門は首を傾げた。














「みょうじ先輩はどうして鉢屋先輩の変装が分かるんですか?」


委員会の連絡事項を伝える為、なまえは夜に伊助の部屋を訪ねた。
無事に全て伝え終え、部屋から出ていこうと腰を浮かせかけたなまえにそう問いかけたのは伊助と同室の庄左ヱ門だった。
突然の質問になまえが面食らった隙に「どうぞ」と言って茶を差し出してくる。逃がす気はないということだろう。手際の良い後輩に感心しながら問われた内容を吟味する。


「どうしてって言われても…」
「みょうじ先輩は鉢屋先輩が誰に化けていても必ず見破るのだと聞きました」
「えっ!そうなんですか?先輩すごい!」


コツとかあるんですか?教えてください!
目を輝かせてせがむ伊助になまえはいよいよ困ってしまった。
なまえがいつも鉢屋先輩がそうであると分かるのは自分でもよく分かっていない。意識して何かしている訳ではないのだ。ただ単に、姿を目に入れた瞬間「鉢屋先輩だ」と思う。それだけのことだ。
多分己に備わっている霊感とでも呼ぶべき力が関係しているのだろうが、それをこの二人に言ったところで理解してもられないだろうし、最悪からかっていると思われるかもしれない。
困った表情を後輩に見せないように何とか表情を繕いながら、出してもらったお茶をすする。
さて、何と答えるべきか。










「最近、一年は組のよい子たちがじっと私を見てくるんだ」
「はあ」
「じぃぃいいっとな、目が渇くんじゃないかってくらい」
「そうですか」
「あんまりしつこいものだから一人捕獲して理由を聞いてみたんだ」
「捕獲…」
「そしたらみょうじの名前が出てきてな。何を吹き込んでくれたんだ?ん?」
「先輩怖いです」
「馬鹿野郎、怖いのは私だよ!朝から晩まで一年は組に見つめられて生活しているんだぞ!何にも悪いことしてないのに『お前何やらかしたんだ?相当怒ってるじゃないか。謝ってこいよ』とか言われるし!先輩にも呼び出されて尋問されるし!」
「そこで心配の言葉が出てこないあたり自業自得だと思うなあ、俺」
「勘右衛門は黙ってろ!」


毎度恒例の毒虫探しを手伝っていたなまえは丁度そこを通りかかった三郎に文字通り捕獲された。
ひょいっと抱えあげられてしまえば下級生であるなまえに出来ることは大人しく話を聞くことだけである。縁側に腰かけた三郎に乗り上げるようにして向い合せに膝に乗せられたなまえはその近さに居心地悪そうにしている。たまたま居合わせた勘右衛門はどうしたものかと考え、とりあえず見守ることにした。


「それで、は組に何を言ったんだ?」
「は組っていうか、庄左ヱ門にちょっと」
「うちの庄ちゃんに何言ったの!?」
「べ、べつに聞かれたことに答えただけですよ」
「何聞かれたの?あっもしかして鉢屋のいたずらの歴史とか?」
「いえ。先輩の変装を見破る方法を教えて欲しいと」


その言葉を聞いて勘右衛門は数日前の会話を思い出した。
あれは本当だったのかと感心しながら、続きを促す。


「へぇー。それでなんて答えたの?」
「…ええっと、実はうまく答えられなくて。とりあえずそれっぽいこと言って誤魔化そうと思って」
「思って?」
「先輩はいつも不破先輩の顔をしているけど、常に不破先輩の真似をしている訳ではないから話かける前によく見れば分かるよ、と」
「それであの見つめ攻撃かあー」


まさか先輩にご迷惑をおかけするとは思いませんでした。すみません。
申し訳なさそうに頭を下げるなまえはしょんぼりとしている。あまりの落ち込み様に、まるでこっちが苛めたかのような気分に陥り、慌てて励ます。


「いや、言うほど怒ってないから大丈夫だ。だから頭を上げてごらん」
「でも…」


いいから頭上げて!今この瞬間を兵助に見られたら確実にボコられる!
未だしょんぼりしているなまえに「そうだ!」と三郎は声をかけた。


「ならば私にもなまえが私の変装を見破れる理由を教えてくれないか。それで今回の事はチャラにしよう」
「え…でも」
「さっきのは嘘なんだろう?うまく言葉に出来なくてもいいから、教えてくれないか」
「あ、それ俺も知りたい!」


これなんてデジャヴ。
困ったような顔をして俯いたなまえはチラチラと三郎の顔を伺い、やがて決意した様子で顔を上げた。


「うまく、言えないんですが…」
「うんうん」
「見たら鉢屋先輩だ、って分かるんです」
「うん?」
「何故と言われても『分かる』ので何とも…強いて言うなら勘、ですかね」
「勘…」
「私の変装を勘で…」
「あ、え、えと、先輩?あの、大丈夫ですか?鉢屋先輩?」


どんよりと肩を落とし落ち込んでしまった三郎を見て今度はなまえが慌てる番だった。
どうしましょう尾浜先輩!
あわあわと縋りついてくる後輩の頭を撫でながら、三郎の変装を見破るだけではなく、あの三郎をここまで落ち込ませるなんて。
みょうじってなんかスゴイと勘右衛門は思った。
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