「え?ノボリ兄さんが風邪…?」
『そう!ノボリ、とりあえず仮眠室で寝てる。けど、いつ挑戦者が来てもおかしくない。だからメグリに代理頼みたいの、大丈夫?』
端末の向こうで普段あまり見られない真剣な表情で語る黒い兄の片割れに、メグリはこくりとうなずいた。
「大丈夫。さっきお昼食べ終わったから、今から用意してそっちに向かうね。」
そういうと画面の向こうのクダリはぱあっと笑みを浮かべた。
『ありがとメグリ!今度ケーキ買ってあげるね!』
「ふふ、楽しみにしてるね。それじゃあ今から用意するから。」
『うん!待ってる!あ、気を付けてね!』
「はーい!またねクダリ兄さん。」
小さく手を振ってから端末の電源を落とす。
とりあえず、風邪薬も持っていこうとメグリはわたわたと準備を始めた。
「すみませんメグリ…私としたことが。」
「大丈夫、気にしないでノボリ兄さん。とにかく、今日はしっかり休んでね?」
「ええ、ありがとうございますメグリ。」
目を細めメグリの頭をなでるノボリはいつもより顔色が悪かった。
心配そうに眉をハの字にするメグリだったが、クダリから声がかかったのでそちらへ向かった。「ボス、大変だとは思いますがすぐにシングルに乗っていただけますか?挑戦者が来ているのです。」
「はい、わかりました。すぐに準備してきます。」
少し焦った様子の駅員に申し訳なくなりながらメグリは自分のロッカーへ向かった。
ロッカーの中から灰色の、自分にだけ与えられた色に腕を通す。
制帽、タイ、灰色のコート、そして腕章。
それから腰につけているモンスターボールを確認してメグリは小さく微笑んだ。
「今日もよろしくね、みんな。」
みんなの集まっている部屋に戻ると、メグリはにっこり微笑んだ。
「それでは行ってまいります。」
「うん、いってらっしゃい!」
「いってらっしゃいまし。」
二人の兄に両肩をぽんと叩かれる。それに笑顔で応え、メグリはコートを翻して控室を出て行った。
‐‐‐‐‐
「あら、勝ち進んだようですね。」
6両目のランプが点灯し、無線でメグリのもとに連絡が入った。
どうやらなかなか手ごたえのある挑戦者らしい。ノーマルとはいえ、シングルを3両目まで勝ち抜く実力を持つのだ。心が躍らないわけがない。
ああ早く戦いたい。
逸る気持ちを抑えるように腰のボールの一つを握る。
すると、その気持ちに応えるようにかたかたと揺れるボールに思わず口角があがった。しばらくトリプルが調整のために運休しているから、彼らも私も暴れ足りないのだ。
『ボス、挑戦者が向かいます。準備をよろしくお願いします。』
「了解です。」
さて、とメグリは目を細めると目の前にある扉を見つめた。すると扉が開き、挑戦者が姿を見せる。
思わずあがる口角を隠すため一度帽子のつばをぐっとおろす。それから顔をあげ、お決まりの台詞を言おうと口を開こうとした。
しかし、今日はそうはいかなかった。
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