こんな坂たいしたことないでしょー頑張れー、高尾なら乗り越えれるよー多分ー。気持ちの全くこもっていない間延びした声のあいつはゴリゴリくんを片手にけらけら笑う。ダラダラと汗が頬や背中をつたい、そして衣類に吸収されていく。生半端に湿った髪が頬に張り付くのがうざったい。何故俺は久しぶりのオフの日にこんなにも汗をかいているのか。それは昨日の昼休みのあいつの一言が原因だ。それを説明すると長くなるから詳しくは言わないが、簡単に言えばあいつが急に海に行きたいと言いだしたことがきっかけだ。ちなみにあいつとは今俺の後ろで頑張れだの何だのとやる気のない声援を送ってくるやつのこと。かなりの気分屋であえて空気を読まない系女子。多分今まで出会ってきた女子の中で断トツに仲の良いやつだ。まだ半年も一緒にいないけど、あいつと一緒にいると落ち着くぐらいだし。あとめちゃくちゃ面白い。真ちゃんに負けないくらい変だし、毎日一緒にいるだけでそのうち腹筋が割れるんじゃねえかって思わせられるくらいに。それにしても、高校に入ってからいつも何かとチャリを漕がされている気がするのは気のせいじゃないはずだ。
ペダルを踏む度にぎりぎりと今にも壊れそうな音がする。ただでさえ日頃リアカーを引かされていてダメージをくらっているのに、二人乗りで更にこんな鬼のような坂を上ればチャリだって死にそうになるだろう。かく言う俺もチャリと同様に体の節々が悲鳴をあげている。
チャリの錆び付いたチェーンのせいで耳障りな音が鳴る。ペダルが重い。なんかチャリが可哀相になってきた。お前も俺もいつも何かとこき使われて辛いよな。なんて心の中で語りかける。

「うわっ見て」

嬉々とした声がし、背中を痛いくらいに叩かれた。いってえ。そう呟きながら渋々とあいつが指差す方に目を向ける。どうやら気づかないうちに随分と上まで登っていたようで、目的地である海が見えた。かんかん照りの太陽に照らされた海は都会のものとは思えないくらいに輝いている。
海を見たせいか、今までと打って変わってあいつは興奮気味にファイトーと言う。なので息絶え絶えながらも某栄養ドリンクのCMのようにイッパーツ!と返す。それが嬉しかったのかあいつは俺の背中をドンドンと叩いた。遠慮がないあいつに痛い痛いと叫べばあいつは笑い声混じりの謝罪を述べた。今のだけで俺の背中の細胞はかなり死滅したと思う。キーキーと悲鳴のような音をたてるチャリ。こんなとこで壊れんなよと心の中でチャリに言い聞かせた。
俺の励ましもあってかチャリは無事に坂の頂上にたどりついた。少しだけ平坦になった地面に息をつく。立ち漕ぎを止めてサドルに座った。もう少しで足をつるかと思った。こんなところで足をやられるとか冗談じゃない。
少しずつ平らだった地面が緩やかに傾いていく。チャリはゆっくりと着実にスピードを上げる。そんな中、チャリの荷台に乗っているあいつは俺の胴体に腕の回した。汗くさいだろうとか服湿っているだろうとか色々思いながらも、俺は自分に抱き着く様につかまるあいつに胸が締め付けられる。ていうか胸当たってるし。柔らかいその感触に自然と背筋が伸びる。そういやこいつ、そこそこ胸あったよななんて邪なことを考えてしまう。まあ、俺も思春期真っ盛りの男子なんだからしょうがない。
風を裂くようにしてチャリと俺達は坂を下っていく。あまりの速さに目を細めるけれど、汗で濡れた髪や服の間をすり抜ける風は心地好かった。


「高尾!」

風の心地好さに身を委ねているとまた後ろからあいつの声がした。なんだと思った瞬間、相当慌てているあいつの言葉に俺はハッとする。ブレーキ、思いっ切り叫んだあいつの一言に俺は左右のブレーキを握り締めた。自転車は金属を切るときにでるような甲高い音をたてる。火花が出そうなその金属音に頭が痛くなりそうだ。
鋭い空気の振動に絶えた俺達はなんとか無事に止まることができた。はあはあと荒い呼吸を繰り返す俺の後ろであいつは魂が抜けたように脱力していた。悪いことをしたと思ったが、あの坂を登らせたことを考えると自業自得だと思い直す。けれど一応大丈夫かと聞いてみれば、ハッハッハとカチカチな笑い声。とりあえず手をかしてチャリの荷台から降ろせば、あいつはふらふらと千鳥足。そんなあいつを無理矢理おぶれば、ありがとう、良い薬ですと死にそうな声。今日はCMネタが多いなと思いながら、俺は海へと歩き出した。


ザーッという波の音が耳をくすぐり、潮の匂いは嗅覚を刺激する。久しぶりに訪れた海に少し懐かしさを感じながら果てしなくでかいそれを見渡す。浜辺には家族連れなどがぽつぽつといる程度であまり賑やかではない。かといって閑散としているわけでもない。とりあえず足を休めたかったので適当なところにあいつを降ろし、その隣に座る。途中のコンビニで買ったおやつの入った袋をしっかりと握りしめている辺りに、こいつの食への執念を感じる。がさごそと袋を漁るこいつに喉渇いたと一言。そうすれば横からポカリが飛んでくる。さすがよく分かってらっしゃる。
生クリームがのったビックサイズのプリンをもごもごと食べるあいつはだんだんと元気を取り戻してきた。半分を食べ終わる頃には鼻歌を歌い、仕舞いにはガチで歌いだす。プリンの効果絶大すぎる。


「高尾…!見て見て!」

なぜか声を押し殺したこいつはハイテンションで俺の背中を叩く。だからなんで今日こいつはこんなに俺の背中を叩きたがるんだ。そう思いながらあいつの視線の先を見ると二人の男女。見たかぎりカップルなのは間違いない。そのカップルたちは妙にいちゃいちゃと体を寄せ合っていて暑苦しい。うっぜーと文句を漏らせば、あいつはちょっと羨ましいとこぼす。

「何?あんなふうにいちゃいちゃしたいわけ?欲求不満」
「う、うるさいなあ!海辺で戯れるのってちょっと羨ましいじゃん」

高尾は分かってないなあと頬を膨らませる。こいつにも恋人といちゃこらするのが羨ましいなんて思う女心が存在したんだなと驚きを隠せない。目を丸くして隣を見ていると、わたしにだって女心くらいあるよとまるで俺の心を見透かしたようなことを口にする。エスパーだと思わずつぶやけば、全部声に出てたしとヒクつくあいつの口角。そんな時、俺はあることを思いつく。今日は俺ばっかり大変な目にあっているから、あいつにも味わわせてやろうという魂胆だ。反応が楽しみだと思い、そのあることを実行してみた。

「ちょ、高尾」
「何だよ」
「ち、近いし!」
「知ってる」

ついつい出そうになる笑い声を抑えつつ、隣に座るあいつの肩に手を起きゆっくりと着実に顔を近づけていく。目線をあちこちに泳がせ、今にも目を回しそうになるあいつに加虐心が煽られる。いちゃいちゃしたいんだろ?そう言えばあいつは酷いくらいに吃りながら違うと連呼する。あいつがこんなにも動揺している姿なんて初めて見た。いつも飄々として我が道を進むやつだから。
つかみどころのないあいつがこんなにも平静さを失っていることに無性に満悦感をおぼえる。でももっと表情を崩させたい、そんな気持ちが大きくなる。

「キス、してみる?」

その言葉を聞いたあいつの顔は一瞬でりんごに早変わり。もともと色白なあいつに赤はよく栄える。肩においた手からわずかな振動が伝わってきた。震えているのは怖いからなのか、はたまた緊張しているからなのか。多分両方だ。
あいつのいつもとのギャップに心臓は止まることを知らないかのように動く。止まったら困るけどこんなに働かなくたって俺は生きていけるんだぜ。心臓に語りかけてもやつは落ち着く気配さえも見せない。悪戯半分で始めたことなのに、いつもと違うあいつのせいで調子が狂う。何だよ顔近づけたって、飲み物勝手に奪って飲んで間接キスしたって、いつもと違う髪型を可愛いって褒めたって大した反応見せなかったくせに。どうして今日に限ってこんな可愛いことするんだよ。そんな文句を心の中でぼやく俺だけど、実際そんなこと考えている余裕なんてない。顔を赤くしたあいつに至近距離で長時間見つめられるなんて、ポーカーフェイスを保つだけでやっとだ。有り得ないくらい激しく鼓動する心臓なんて最早どうしようもない。ぱちくりと何度も瞬きをするあいつの瞳には強張った俺の顔がうつっている。もはやポーカーフェイスさえも崩れてしまった。自分から仕掛けておいて本当に情けない。冗談だって。そう言って顔を遠ざけるはずだったのに。


「ママ見てーキスしようとしてるー」

声のした方を見れば明らかに俺達を指差した子供とお母さん。こら、邪魔しちゃダメでしょと幼稚園くらいの少年を抱き抱え女性はいそいそと走り去る。ふと回りを見渡せばさりげなく俺達の様子を見ていた小学生くらいの男子や先程いちゃついていたカップルと目が合う。顔に熱が一気に集まった。素早くあいつから手を離し目線を空に移す。雲一つない空は眩しすぎて目が痛いが、今はそれどころじゃない。俺自体が心臓になってしまったのではないかと錯覚させられるくらい鼓動が大きく感じる。それにしても、気まずくて隣を見れない。この空気をどうしようかと悩んでいるとあいつが口を開いた。

「高尾は一回、意識失うまで海に潜るべきだ」
「え、は?」
「……超恥ずかしかった」

空から視線をあいつに変えると、あいつは両手で顔を隠していた。そんなあいつに鷲掴みされる俺の心臓。可愛すぎて海に潜って意識を失う前に心臓が破裂しておだぶつになりそうなんだけど。

「海、来年も来るぞ」
「……やだ」
「なんでだよ」
「なんでも」

隣のあいつから熱が伝わってくる。ただでさえ日が照って熱いのにこんな至近距離堪えられない。でも二人して離れようともしないし、俺は距離を開けようなんて考えすらない。多分それはあいつも同じだろう。横目であいつを見れば、熱そうに顔を赤くしている。つーっとあいつの首筋を伝う汗は重力に逆らわずそのまま服に隠された胸元に落ちていく。ごくり、生唾を飲み込む。あーあ、めちゃくちゃアチいな、ガチで。


瞬く群青
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