開いた口がふさがらないとはこのことか。自室の扉を開けた彼女はそう思った。なぜなら自分のベッドの上に、明らかにベッドの大きさとマッチしていない紫の巨人が横たわっており、なおかつ自分のものであるはずのお菓子をむしゃむしゃと食べているからである。彼女はぽかんと口を開けたまま立ち尽くすしかできない。なぜ、ここに彼がいるのか、その疑問が頭の中をぐるぐると回るが答えはいっこうにでそうにない。そんな彼女に元凶である彼はベッドに横になったまま、何つったってんのと文句を言う。その言葉に我にかえった彼女はわたわたと自室に入り、ドアを閉めた。

「な、なんでここにいる、の」
「さあ」

なぜか正座をして彼と向き合う彼女の言葉を、彼は相変わらず寝たまま適当な返事で投げかえす。困り顔の彼女はため息をつき、彼を呼ぶ。「紫原くん」その一言に無表情だった彼の表情は一変して険しくなる。そんな彼をみた彼女はやってしまったと眉を八の字にする。そして「敦くん」と彼の名前を呼んだ。すると彼は満面の笑みを浮かべた。彼女はホッと胸を撫で下ろす。彼は彼女が自分のことを名字で呼ぶのをとても嫌がる。それは彼と彼女がであった中学一年生の時から、何ら変わりはない。初めて出会った入学式の日、特に理由もなく彼が一方的に隣の席の彼女を気に入り、何度も話し掛けたあの日から。ただ彼女が彼を名字で呼んだのは、いやこの場合名字で呼んでしまったのには理由がある。それはちょうど一年前、彼に恋人が出来た時に彼の恋人から紫原のことを名前で呼ぶなと釘をさされたためである。彼に恋人が出来てからは、彼が彼女に構わなくなり、そして彼女も意識的に彼を避けていたため二人はあの日から会話なんて一切しなかった。しかし今二人は話をしている。しかも二人の出会った帝光中学校を卒業した半年後の今に。

「敦くん、どうしてここにいるの?」
「なんとなく」

大きな体に似合わずむしゃむしゃとお菓子をむさぼる彼は以前と変わらない。そんな彼に彼女は少しだけ安心していた。でも今はそんな安心などいらなくて、彼女にはなぜここに彼がいるのかという理由が欲しかった。彼は秋田にいるはずではないのか、そう思うと同時に視界の隅にカレンダーがうつり、そういえば今はお盆だと妙に納得をした。しかし、彼が秋田から東京に帰ってきているにしても、なにがあって彼がここにいるのかはさっぱり見当もつかない。何より彼を部屋にあげるのはこれが初めてのことで、彼がわたしの家を知っていたことに驚いた。一階にお母さんがいたはずなのに、そう彼女が思っていると、家の前でぼーっとしてたらお母さんが入れてくれたと彼が言う。なるほどと思った。どうせ彼はお得意の甘えるを使ってお母さんをおとしたのだろう、小悪魔だ。彼女が内心悪態をついていると、彼はそんな彼女の心の中を見透かしたように失礼だと口を尖らせた。

「ねえ」
「なに?」
「彼氏できた?」

彼の急な質問に彼女は真顔になる。ぱちくりと何度か瞬きをした彼女は質問の意味を理解し、少しだけむくれたような表情をする。そんな彼女の表情を見ただけで、彼はすぐに彼女の答えが分かった。我ながらばかばかしい質問をしてしまったと彼はごめんねとたいして悪びた様子もなく謝る。そんな彼に彼女はまだ返事していないのに、とぷんすか怒りだした。

「敦くんさ」
「ん」
「なんでわたしの家に来たの」
「だからあ、なんとなくって言ってんじゃん」
「嘘」

だってなんとなくだったらわたしの家なんかにくるより、彼女の家に行くでしょ。いつもは丸っこい彼女の瞳が彼を射抜く。彼はいつも半開きの目を大きくしたが、すぐに戻しそして口をへの字にした。嫌な空気が彼等を纏いはじめる。彼女は彼が怒っていると認識していた。それでも謝らなかった。彼女は自分に否はないと思っていたからだ。ただ、彼の恋人の話を持ち出したのは間違いだったと後悔はしているが。
ぐしゃり、彼は今まで食べていたお菓子の袋を潰した。まだ中味が残っているのにも関わらず、彼がこのような行為をするということは機嫌を損ねているということ。そんな彼に彼女は口を開いた。

「敦くん」
「……」
「わたし、会いに来てくれて、すごく、嬉しかったの」
「……」
「でもね、同時に悲しくなったの」

敦くんがわたしに話し掛けなくなったこと、思い出しちゃったから。そう言い終えると彼女の頬には一筋の涙。彼は思わずベッドから起き上がる。ボロボロと正座したまま涙をこぼす彼女。そんな彼女を見ていられなくて、彼は勢いよく彼女に抱き着いた。泣いていて無防備だった彼女が、大柄な彼を受け止めることなど出来るはずもなく、彼女は床に頭をぶつける。馬乗りになった彼が彼女の顔を覗き込もうとすると、彼女は手の平で顔を覆った。まるで見ないでと言うかのように。
ぽろぽろと指の隙間から溢れ出てくる液体を彼はどうしていいか分からない。どうしたら彼女が泣き止むのかが分からないのだ。彼は彼女が泣いている理由をなんとなくだが把握している。中学時代、彼女がうっすらと彼に好意をよせていたことを彼は知っていたから。

「ねえ」
「……ひっく」
「泣き止んで」
「う、るさい」

わたしなんかほっといて、恋人のところにでも行けばいいじゃない。鼻をすすりながら話す彼女。そんな彼女を彼は自分の体で覆うように抱きしめた。ぴくりと彼女の体が揺れる。彼はゆっくり口を開いた。そして自分に今彼女はいないこと、中学時代に付き合っていた彼女とは実は一週間で分かれていたことをぽつぽつと話しはじめた。その話を聞く中で彼女の涙の量はだんだんと少なくなっていく。そして話終えた彼が頭を撫でた時には彼女の目は赤くなっているだけになった。

「あと、今日本当は会いに来た」

なんとなくとか嘘だし。会いたかっただけ。ずっとずっと会いたかったし。けど、こっちに帰ってくるチャンスなくて、でも今お盆だから帰ってこれて、それで来た。ぽつりぽつりと呟くように告げる彼に彼女は目を丸くする。敦くんがずっとわたしに会いたいと思っていた、一週間しか淳くんに彼女はいなかった、わたしは勘違いしていた、頭がぐるぐると回る。目が回りそうになる。そんな中彼女は思う、自分は彼を誤解していたのだと。しかしすぐに幸せをぶち壊すような疑問が現れる。どうして彼は恋人と分かれた後も、彼女に話し掛けなかったのか。

「敦く、ん」
「なに」
「どうして、彼女と別れた後も、わたしを、」

避けていたの?そう言うと一度は止んだ彼女の涙の雨が振り返してきた。そんな彼女に彼はばつが悪そうにそっぽを向く。そして言うのだ、避けられているのがムカついたから、オレも避けかえした、と。その言葉に彼女はきょとんといった顔をする。彼はきまりが悪いといった感じに頭をかく。彼とは反対に彼女の口は弧を描く。今度こそ彼女の涙は本当に止まった。

「ごめんね」
「……許さない」
「別に許さなくていいよ」

ぐりぐりと彼の胸に頭を擦り付ける彼女は余裕しゃくしゃくといったように満面の笑顔。そんな彼女に彼は拗ねたような表情をする。
好き。小さな子供が内緒話をするように、耳元に手を添え彼女は囁く。そんな彼女に気分を良くした彼はその華奢な背中に手を伸ばし、思いっきり抱きしめた。


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