はらりと雑誌をめくると、視界の隅から伸びてきた腕が体に巻きついた。ぴったりと背中にくっついた熱に自然と口角が上がる。わざとらしくどうしたのと聞けば、彼女は何でもないと言った。そんな彼女の態度に自然と口角が上がる。柔らかい体が密着していて、背中がすごく幸せだとかなんだか変態臭いことを思ってしまうのは仕方のないこと。でも彼女にこうしているのは、俺が仕向けたことだ。あくまで間接的にだけれど。抱き着いている本人は、きっと自分がしていることを俺が働きかけたためにしているとは思ってもみないだろう。彼女はそれくらいに無垢で、可愛い。
何の反応もしない俺を不思議に思ったのか、彼女は抱きしめるのを止め、後ろから俺の顔を覗き込んできた。ずいぶんと至近距離だと思いながら、目と鼻の先にある彼女の頬にキスをする。すると彼女の頬は一気に熱をもった。

「氷室く、ん」
「……」
「た、辰也くん」
「なに?」

意地悪。なるたけ優しく笑いかけたはずなのに、彼女は頬を膨らませた。お褒め頂き光栄です。そう言うと彼女は、馬鹿と俺の背中に額をこすりつけた。そんな彼女の仕種一つで心が満ちあふれてくるなんて、彼女には教えてあげない。なぜなら俺は彼女曰く意地悪だから。

「それにしても」
「?」
「いい加減名前で呼ぶの慣れようね?」
「うう……」

唸り声をあげる彼女はきっと頬を淡いピンクに染め上げているだろう。わたしすぐに顔が赤くなるからチークいらずなんだと妙に自慢げに話していた彼女の姿が頭を過ぎる。けれどそのチークいらずの頬が何人の男を誤解させてきたかなんて、彼女は知るよしもないだろう。もちろん俺自信だって、その中の一人だったことには違いないのだけれど。
そろそろ顔が見たいなと思いはじめた時、彼女は俺の体に回していた腕を解いた。彼女から抱き着くのを止めるなんて珍しい。そう思って後ろを向くと、彼女が欠伸を噛み殺していた。眠いの?と聞けば、ちょっとだけと目尻にうっすらと涙をためて彼女は答える。指先で涙を拭えば、彼女は頬の筋肉を緩めた。

「猫」
「え?」
「猫みたいだ」

猫?わたしが?頭の上にハテナマークを量産する彼女に「そうだよ」と言うと、ハテナマークは更に増えていった。わたしのどこが猫なのと言わんばかりの彼女に、自由奔放なところとか素直じゃないところとか、そのくせに甘えん坊なところとか、と教えてあげる。すると彼女は瞬きを数回した後、それって褒めてるのと唇を尖らせた。もちろん褒めているに決まっている。

「それ、絶対褒めてないよ」
「いや、褒めてるよ」
「嘘。それに辰也くんのほうが猫みたいだよ」

だって、すぐどこかにいっちゃいそうだもん。彼女は寂しそうに目を伏せる。

「そうかな」
「そうだよ」
「それに意地悪だし、美人だし、世渡り上手だし、一人で生きていけそうだし」

つらつらと半ば悪口のような、褒め言葉のようなことを述べる彼女。それって猫関係ある?なんて野暮なことは言わない。それにしても、彼女の思う俺とはあの様なものだったということが判明した。意地悪と世渡り上手は認める。もちろん美人は論外で。でもいつの間にかどこかに行きそうと一人で生きていけそうだということは、彼女の勘違いだ。ただその勘違いが生まれたのは俺のせいでもあるし、ある意味彼女のせいでもある。遠回しに言うと、男は皆好きな女の前では良い顔をしたいということだ。

「辰也くんが猫だったらかわいいだろうなあ」
「かわいいと言われても嬉しくないんだけどな」
「だって絶対かわいいよ」

辰也くんが猫だったら絶対ペットにしたいな。目を輝かせて話す彼女は、子供っぽく笑ってみせる。精神年齢がアツシ並、というと彼女はぷんすかと怒りだすから止めておこう。まあ怒ってすねる彼女も可愛いのだけれど。


「あ、でも」

辰也くんが猫になったら、ペットにするよりも、わたしが猫になりたいなあ。だって辰也が猫でわたしが人間だったら、こうやっておしゃべりできないし、抱きしめあえないし、それに愛しあえないもん。だからわたしは猫になりたいな。
目を細めて楽しそうに話す彼女から俺は目が話せない。半月のような彼女の目が猫を思わせるけれど、俺たちは今話をしているし抱きしめあっている。何より愛し合っている。俺が人間だったら彼女も人間、俺が猫だったら彼女も猫。なんて素晴らしい世界なんだろう。
彼女の髪を梳くように指を這わせる。彼女は気持ち良さそうにまぶたを閉じた。長い睫毛がふるりと揺れる。そんな些細なことが俺を煽っていることを、彼女は気づいていないだろう。
柔らかい桃色の唇の感触を楽しむように指を押し当てる。すると少しだけ目を開く彼女。目をつぶって。吐息を含んでそう言えば、分かったというように力強く目を閉じる彼女。そんなに力まなくてもいいのに。いつまでたっても初々しい彼女が可愛くてしかたない。

「好きだよ」

彼女に愛を囁くため、そして自分を落ち着かせるためにつぶやいた言葉。本当はもっとロマンチックなことを言いたいけれど、今はまだこれでいい。
リップ音が控えめに鳴る。それはそれは官能的だけれど、今日はここまでにしておく。否、まだと言うべきか。もう少し大人になったら続きをする予定。だから今はまだこれで我慢しよう。


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