サロン帰り並の肌の色に青い髪、見上げるくらい高い背に、切れ長の目。初めて見た彼の印象は近よってはいけない人、だった。そんな彼がなぜ今わたしの前の席に座っているのだろう。そこは君の席じゃなくてサッカー部の爽やかイケメン原谷くんの席だろうに。しかも今は放課後、バスケ部の君は部活に行かなくていいのかい。というかわたし今日誌書いているんですけど、なんでそんなにガン見してくるんですか。すごく書きづらいじゃないか。べつに今日の授業の様子という欄に青峰くんが寝ていたとか、青峰くんが机の下でケータイつついていたとか書かないからさ。ねえ、信じてよ。というか本当、見られていると書きづらいのだよ青峰くんや。ああ、早くバスケ部のあの可愛いマネージャーさん来てくれないかな。真っ正面からガンをとばしてくる青峰くんをどうにかしてくれ。
そんなことを思いながら日誌にペンを走らせる。たまに字が歪んでしまうのは、こっそりと青峰くんを盗み見て、目があってしまうからだ。ああ、もうなんで青峰くんはこんなにもわたしの日誌を書くという取るに足らない行為を凝視するのだろうか。部活があるだろう部活が。まあ、そう思っていても口に出せないのは、わたしが彼に苦手意識をもっているからでありまして。というかわたしと彼はただのクラスメートという関係で、こうやって放課後向き合ってのんびりする仲ではないのである。が、しかし今日は何の気まぐれなのか、青峰くんが部活にも行かず、日直のわたしを観察するように見てくる。おかしい、おかしいぞ。明日台風が来てしまうかもしれない。

「なあ」

不意に青峰くんが口を開いた。つい日誌の上をすらすらと滑るシャーペンの芯が折れてしまった。これでは動揺しているのはバレバレだ。日誌から目を離し、目の前の彼を見る。そんなわたしの動作には、恐る恐ると表現するのが正しいだろう。
ぱちり、と視線があう。長細い彼の目がきらりと光ったような気がした。そういえば、こんな風に青峰くんと対面するなんて初めてのこと。だから早足に鐘を鳴らす心臓は仕方がないのだ。

「もう一人の日直、誰だよ」

日直って普通二人でやるんだろ。俺やったことねーけど。机に肘をつく青峰くんは怠そうに目を細めた。原谷くんだよと業務的に返事をすれば、ふーんと意味深な相槌をうつ青峰くん。そんな彼に、原谷くんは今日病院行くから早く帰らなきゃいけなかったんだよとフォローをいれる。すると青峰くんは小さく息をはいた。

「原谷、さっき外でサッカーしてたけどな」

爽やかイケメンこのやろう。思わずそう口にしそうになったのは言うまでもない。ありえない。原谷許すまじ。明日ことあるごとに椅子を蹴ってやろうそうしよう。仮にも女子に日直を任せてサッカーとは言語道断である。
くそう、と手を固く握りしめながら呟けば、目の前の青峰が少し驚いたように目を見開いた。お前もそんなこと言うんだなといった感じに。そんな青峰くんにムッとしながらもわたしは日誌を書き続ける。このあと黒板消しというめんどくさい作業が待っていると考えると、わたしはぶっ倒れそうだった。そんな時、黒板消してやろうか?なんて声がわたしの耳を震わせた。
青峰くんが神様にみえた瞬間である。何様俺様青峰様だと心の中で崇めつつも、あの青峰くんが自ら黒板を消そうとするだなんて、なにか裏があるにちがいない。ジトリとした目を向けると青峰くんは失礼だと言わんばかりに眉間にシワをよせた。

「ごめんんんん」

とっさに全力で謝ってしまう。しょうがない、あんな厳つい顔されたのだもの。怖くて失神するかと思った。ぶるぶると震えていると、青峰くんが罰の悪そうに頭をかく。そんな彼をみて、わたしの頭にこの状況を打破する方法が浮かび上がった。

「……青峰くん」
「ん」
「黒板、消してくれると」

めちゃくちゃ嬉しいんだけどなあ。そっぽを向きつつ、横目で青峰くんを見ながらそう言えば、青峰くんは厳つい顔から一辺してにやにやとした笑顔を取り戻した。しょうがねえななんて言いながら立ち上がった青峰くん。ふと笑みがこぼれたのは内緒だ。









「終わったぜ」

わたしが日誌を書き終えたと同時に、青峰くんの声がする。黒板を見れば、ちょっとだけ雑だけど、なんだかんだ綺麗で関心をする。褒めろよオーラただ漏れの青峰くんにありがとう、すごく助かったと言えば、もう少し心込めろよなと口を尖らせつつも、照れ臭そうに笑っていた。どうやら青峰くんはわたしが思っていたよりも親しみやすくて、いいやつなのかもしれない。ただ、少しばかで単純なところがあるが。まあそこも含めて青峰くんとは今後良い関係を築けそうだ。もちろんクラスメートとして。
がちゃがちゃと音を立てて、青峰くんは椅子に座る。雑だなあなんて思っていると、青峰くんが口を開いた。


「俺寝っから」

下校時間になったら起こしてくれよ。大きな欠伸をして、そのままわたしの机に伏せる青峰くん。あまりに急で非一般的な彼の行動にわたしはぽかんと口を開けることしかできない。部活はいいのなんて言葉は喉を通らず、胃で消化不良を起こしそうになっている。
青峰くん起きて、と呼びかけても本人は起きやしない。確か彼は授業中、どんなに声の大きな先生に怒鳴られても起きなかったなということを思いだし、わたしは頭を抱えそうになる。とりあえず、書き終えた日誌を先生にだしに行こう。そう考えたわたしが席を立とうとすると、手首がグッとつかまれた。

「ここに居ろよ」

少しだけ顔を上げた青峰くんの上目遣いにわたしは大人しくしたがってしまう。青峰くんは所詮イケメンなのだ。サロン帰りだけれど。そんなイケメンに上目遣いだなんて、色々となれていないわたしには効果絶大である。くそうモテそうでモテないイケメンめ。
内心悪態をつきながらも、わたしの意識の矛先はいつだってつかまれた手首にある。妙に熱い手に、本当に眠いんだなあと思いつつも、ちょっとまて、わたしたちはこんな仲ではないだろうと、僅かばかりの理性が主張する。握られた手首から、だんだん熱が伝わってきて、体中が熱くなる。冷房のきいた教室のはずなのに、暑い。こんな日サロ帰りの暑苦しい青峰くんに握られているからだ、なんて言い訳しても、わたしの情けばかりの頭でさえもう気づいている。青峰くんに握られているからドキドキしているなんてこと。
手をつかまれただけで赤くなるとか、わたしは乙女か、と内心つっこんでみるが、一応青春真っ盛りの乙女なのでスルーしておく。ドクドクと速く動く心臓の音が、青峰くんに伝わらないか気になり、余計に加速する。

「青峰くーん」

声を殺して呼びかけてみるも、青峰くんは起きそうにない。目を閉じて口を少し開けて寝る青峰くん。そんな彼の髪の毛を興味本意でつついてみる。硬いというか、しっかりしている青い髪は自分のものとは全くちがい、それがおもしろくって、ついつい何度もつついてしまう。途中何度か、起きないか心配になったが、一度寝ると青峰くんは中々起きないことは知っているので、何回も触れる。こうやって男子の髪を弄るのは初めてのことだけれど、楽しい。けれどだんだんそれに飽きてきたわたしは、心地良さそうにいびきをかく青峰くんにつられ、机に伏せる。頭のてっぺんが少しだけ青峰くんの頭と当たる。ちょっとした幸せを噛み締めた一瞬だった。そしてわたしは本格的に睡魔に襲われ始める。次第に重くなるまぶた。眠気に怠い体を任せ、わたしは目を閉じた。


この時わたしはまだ知りようもないのだ。このあと、起きると青峰くんがわたしのことを覗き込んでいることなんて。青峰くんがわたしが髪の毛を触っているときに起きていただなんて。日誌を書くわたしを青峰くんがこの上なく幸せそうに、にやけながら眺めていただなんて。そして、青峰くんがなぜわたしと一緒にいるかなんて。その理由を知るのはもう少し先のこと。


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