ぼんやりと揺らめく世界で思うのは、これは日頃の罰が当たったのだということ。がんがんと痛む頭を枕にあずけ、ぽちりぽちりとケータイを弄る。今日、学校休みます。部活でれなくてすみません。可愛らしい絵文字なんて使わないシンプルなメールをカントクに送った。

わたしは駄目な人間だ。自分のことを気にかけてくれる彼にいつも素直になれない。わたしのためを思ってかけてくれた言葉を、つんけんとした態度で返してしまう。
昨日だってそう。頭が痛くてふらつくわたしに、彼は次の授業はわたしの分までノートを取っておくから保健室に行けとか早退しろだの、ぶっきらぼうだけれど優しい気遣いをみせてくれたのに、わたしはそれをうるさいの一言で片付けてしまったのだ。そして、何度も倒れそうになるのを助けてもらったのにも関わらず、その度に素っ気ない態度を示した。部活の時だってマネージャー業をきちんとこなせないわたしを保健室に連れていき、なおかつ帰りは送ってくれた。わたしの住むアパートと彼の住むマンションは真逆の方向なのに。それでもわたしは素直にありがとうということが出来ずに、すぐにベッドに沈んだ。それから一夜開けてこの様である。昨日より明らかに重い頭と熱い体に、呆れざるを得ない。やはりこれは昨日、彼があれほど心配してくれたのにそれを無視した罰なのだ。自分でも思う、あまのじゃくにも程があると。いい加減ひねくれるのは止したらいいのにと。
頭を覆うように布団をかぶり、重たい瞼を下ろす。瞼の裏の真っ暗な世界で、うるさいぐらいにわたしを心配していた彼がため息をついていた。




。゜


突然のひやりとした感覚に眠りから覚める。思わず目を開くと、うっすらとにじむ視界に彼がいた。髪をすくように頭を撫でる彼は、ぼやけていてよく分からない。これは夢なのだろうか。はっきりとしない頭の中で呟く。もしも夢なら、わたしは少しだけいつもよりも素直になれるかもしれない。
水彩画のような淡い視界で一際目立つ赤は優しい声でわたしの名前を呼ぶ。そして、硝子細工を扱うような手つきで頬を撫でた。バスケをしている時の力強さや荒々しさが感じられない、ただただ不器用な彼の手つき。そういえば、彼のわたしに触れる時の動作はいつも妙にぶきっちょだったなあ。
頬もだが、何故か胸の奥の方もくすぐったい。しかし、こそばゆいはずなのに、それはやたら気持ちよく感じられる。それが眠気に負けそうになっていた瞼に更に重りをのせ、わたしを夢の世界に連れていこうとする。
瞼を何とかして上げようと力を入れると、両目を彼の手で覆われた。寝てろよとあの優しい声が鼓膜を揺らし、それはわたしの押し寄せる眠気に耐えていたささやかな防波堤を崩壊させた。今まで以上にぼんやりとする意識の中で、彼の手を握る。ありがとう、眠りに落ちる直前に呟いた精一杯の感謝の言葉は果たして彼に届いただろうか。



。゜


ぱちりと目を開くと、そこは真っ暗な部屋。暗い部屋といってもわたしの部屋なのだが、そこにはいるはずのない彼がいて、わたしは勢いよく起き上がる。少し後頭部が痛んだか、それどころではない。なんでここにいるのと痛む頭で思う。しかしそんな疑問など、あることを思い出したため頭の片隅に追いやられてしまった。
夢か現実かは定かではないが、ぼやぼやとした中で頭にひんやりとしたものをあてられたり、彼に触れられた記憶がある。恐る恐るといったように、額に手を持っていくと生暖かくなった熱冷まシート。あれは現実の出来事だったのだ。そう証明するにはあまりにも明々白々な物証である。
あの時わたしは完全に夢の世界にいると思っていた。彼がわたしの家にいることは、おかしいことなのだから。だって鍵のかかった家に、どうやって入ってきたというのだ。いつも彼との別れ際に一人暮らしなんだから家の鍵はちゃんと掛けろよと耳にタコができるくらいに聞かされてきたのだから、熱に浮かされていた昨日も鍵だけはきちんとしたはずだ。合鍵だって渡した記憶なんてないし。
ここにきて、隅っこに寄せていた疑問が主張を開始する。なぜ彼はここにいるのだろう。

「火神、起きて」

ベッドに寄掛かるようにして寝ていた彼の肩を揺さぶる。半開きの口から喉をならすような声が聞こえたかと思うと、紅色の瞳がわたしをうつした。寝ぼけているのか、その瞳には膜がかかっているかのように揺らいでいる。ベッドに座るわたしを見上げる彼は何回も目を閉じようとする。そんな彼を寝ぼけるな馬鹿と叩くと清々しい音がし、彼の唸り声が聞こえた。

「……何だよ急に」
「どうやってここに入ったの」
「アパートの管理人に頼んだんだよ」
「……そう」

以外にもあっさりと答えが出た。それにしてもあの厳しい管理人さんがよく鍵を開けてくれたものだ。前わたしが鍵をなくしてしまった時の管理人さんの形相といったら、今でも忘れられないくらいだ。
大きな口を開け欠伸をする彼の頭を無造作にかきむしる。いつも自分がされる側だから、こうやってかき乱すのは優越感に近いものをおぼえる。自分のものとは違う短くて硬い髪はなかなか新鮮だ。
髪質のせいか、いくら乱してもぼさぼさにならない彼の髪を引っ張っていると、彼は大丈夫なのかと下からわたしの顔を覗きこむ。何がと答えれば頭と一言返されたので、とりあえず彼の額に頭突きをくらわしておいた。頭大丈夫かって、失礼すぎる。熱があるから頭とか痛くないかという意味なのは何となく分かるが、少しムカッときた。

「あー……しんどくないのか」

額をさする彼は呆れたように眉を寄せている。「まだ、頭痛いけど大丈夫」と返事をすると彼はため息をついた。

「大丈夫じゃねえから、いてえんだろ」

かくばった手をおでこに当てられる。熱冷まシート越しの手に心臓が跳ねた。彼はまだ熱があるなと口にした後、ちょっと待っとけと立ち上がる。どこに行くの、そう訪ねる前にわたしは彼のワイシャツの裾を掴んだ。ほぼ無意識に。
風邪に浮かされているのか、今日のわたしはいつものわたしと違う。彼がわたしをおいて部屋を出ていくのがすごく嫌だった。いつも一人でいる部屋なのに、今日はなぜか一人になりたくないのだ。

「そんな顔すんなって。別にどこにも行かねえよ」

彼はわたしを落ち着かせるような手つきで頭をなでる。彼の言うそんな顔とはどんな顔なのだろう。流れの悪い思考回路のせいで、考えようにも頭が回らない。ベッドにへたりと座るわたしを見て彼は笑う。ワイシャツを掴んでいた手を握られ、シャツから離された。ぽんぽんとわたしの頭を軽く叩いた彼は背を向け、部屋の住みにあるこじんまりとした台所に行く。小さな台所と大きな彼は、本来ならばミスマッチのはずなのに違和感がほとんどないのは、やはり彼が料理する後ろ姿を見慣れているからだろうか。もしもそうだとしたら、わたしは幸せ者だ。
少しして彼はお茶碗とスプーンの乗ったお盆を運んできた。カチャカチャと食器が音をたてる。

「どうせ昨日の夜から食ってないんだろ」
「まあ、うん」

お茶碗に程よく注がれたお粥に先ほどまで皆無だった食欲がふつふつと涌き出てきた。湯気が少したつぐらいのお粥をスプーンで掬う。熱々ではないのは、わたしが猫舌なのを考慮してくれているのだろう。相変わらずこういうところは気が利く男だ。そう思いながらお粥を口にふくむと、口に広がるのは素朴で優しい味。なぜか少しだけ目頭が熱くなった。

「おいしい」

お粥から視線を離さずに言ったため、彼が今どのような表情をうかべているのかは分からない。ただ予想する限り、驚いているに違いないだろう。いつもツンケンとした態度のわたしが素直に礼を述べているのだから。
ちらりと目を細くして、様子を伺うように彼を見る。線のようになっていた目は一瞬にして丸く円を描いた。
なんて顔をしているのだ。それを口にはせず、唇を噛み締める。彼はわたしの予想を突っぱねるような、穏やかな顔つきであった。睫毛が影をつくる瞳に、わずかに上がった口角。驚かされたのはわたしの方だ。
見惚れたように凝視していると、彼はお粥が熱かったのかとすっとんきょうなことを口にする。違うよという返事は腹のなかでうごめくだけで、彼の耳に届くことはない。
じわじわと体の奥から熱い何かが込み上げてきて、喉を熱くする。息を吸えばツンと鼻が痛む。温かな面様の彼が霞み始める。そんなわたしを見て大丈夫かと彼は焦ったように声をあげた。

「ありがとう」

ほろりと涙がこぼれた。滲んだ赤は世界で一番温かかった。


水彩魚の見る世界

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Dear 奈都さん
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