クーラーのよく効いた部屋に肌寒さを覚え、ソファーの端にあったクッションを抱きかかえる。今日は珍しく幸男くんの部活の休みとわたしの大学の休みが重なったため、わたしの家でのんびりDVDを見ている。いわゆるお家デートというやつだ。本当は久しぶりのデートなのだから映画に行ってみたり、遠出しようかなあと思っていたのだけれど意外にもあの幸男くんがわたしの家に来たいといったのである。以前わたしの家に来た際に、緊張やらなんやらで知恵熱をだしてしまったあの幸男くんが。かなり驚いたけれど、彼氏であり、なおかつ可愛い後輩でもある幸男くんの頼みをわたしが聞かないわけがなく、現在に至る。それにどちらかというとインドア派のわたしにはのんびりする方があっているのだ。
しかし、DVD観賞は予想していたよりもかなりハードなものだった。画面の中でついばむようにキスをする男女を見るのは妙に気恥ずかしい。体に力を入れてしまって無駄に体力と精神力を削られる。友達に彼氏と見ると盛り上がる洋画だと勧められて借りてきたものだが、こういう意味だったのかと今さらになって理解した。てっきりすごくきついホラーとかだと思っていたのだが。
こんな映画を幸男くんと見るのは照れくさいものがある。なんせわたしたちはまだキス止まりだから。もう付き合って一年が経つのに。
それにしてもどうして洋画のキスシーンはこんなにも激しいのだろう。だんだんとついばむというような可愛いものではなくなっていくキスから目をそらす。ディープなキスも幸男くんとはまだ。けど、いつかは自分たちも進む道なのだ。そんなことを考えれば考えるほど蒸気する頬。自分一人で勝手に赤くなるなんて、恥ずかしい。幸男くんにこんな顔を見られたくなくて、ぴとりと顔に手を当てた。そうすれば手のひらにほんのりとした熱が伝わってくる。さっきまで肌寒いなんて思っていたのに。

「……うん?」

不意に手を取られた。ぎょっとしたわたしは幸男くんの方に視線をうつす。なんだか今日の幸男くん、おかしい。感じた異変に瞬きを繰り返す。しかし隣に座ってテレビを見る幸男くんは見た感じはいつも通りだ。勘違いなのかなと思ったけれど、ぎゅっと握られた右手に違和感を感じないわけがない。幸男くんから手をつないでくれることは今までに何度かあった。デートのときとかに。けれど、だいたい顔を真っ赤にしていたのだが、今日は違う。平然としてテレビを見ているもの。
不思議に思いながらも幸男くんは特に何もしないので再びテレビに視線を戻す。いつの間にかベッドに倒れ込んでいた男女に、わたしは唇を噛む。ベッドシーンはカットされると思うが、これはこれでかなり恥ずかしい。何でテレビの二人でもないわたしが照れているのと今更なことを心の中で叫んだ。意識しては駄目、気にしては駄目。暗示をかけるように内心何度も繰り返し呟いていると、はだける女性。びくり、あからさまに体が揺れた。
これはまずい。意識しているのがバレバレではないか。必死に取り繕うと試みるが、余計に怪しくなりそうだ。ちろりと幸男くんの顔を覗く。するとそれに気づいた幸男くんがこちらを向いた。その妙に熱っぽい目に心臓が跳び跳ねる。ゆっくりと顔を近づけてくる幸男くんに思わず目をつむれば唇に柔らかい感触。

「え、」

離れていった唇を追うようにして声がでる。「あの、幸男くん、どうしたの?」と震えそうになる声を抑えて聞くと、幸男くんは頬をほんのりと赤く染めた。そして、何か言いたげに口をぱくぱくしながら目線をうろうろとさせる。そんな姿はいつもの幸男くん。さっきの幸男くんは一体何だったのだろう。


「こういうの、嫌ですか」

もごもごさせていた口を開いた幸男くんは形のよい眉を垂らしている。どう返事をすべきか迷っていると、握られていた手が物寂しげに離された。それを見たわたしは咄嗟に幸男くんの手をつかむ。その行動に自分でも驚きを隠せないけれど、掴まれた幸男くんはもっと驚いたようで肩をびくりと上下させた。奇妙な空気がわたしたちの間にながれる。何か言わなくてはと口を開くけれど肝心の脳が働かない。どうしたらいいの。そう思っていると、突然手を引かれる。それと同時に腰回りに腕が巻き付いた。幸男くんに抱きしめられたなんて分かるのにそう時間はかからなかった。

「その反応は嫌じゃないって思ってもいいんですか。」

胸板に顔を押し付けられているため幸男くんの表情は分からない。けれど、鼓動は分かる。すごい早さで動く幸男くんの心臓に、わたしのそれもつられるように早鐘を鳴らす。嫌じゃない、よ。小さくつぶやくように言った言葉に、回された腕がぴくりと震えたのを感じた。
幸男くんの手がわたしの体から顔にうつる。胸にうずくまっていた顔が離されると、すぐ近くにりんごのような幸男くんの顔。ながされるように目を閉じれば、唇に熱。優しいキスだなんて思っていると、すぐに唇を離された。どうしたのと幸男くんを見ると、「口を開けてくだ、さい」と真っ赤な顔の幸男くんが尻すぼみになりながらも言う。ぎゅっと胸の辺りが締め付けられた。そしてこれからされるであろうことを察し戸惑いつつも、口を小さく開く。すると、当たり前のように口をふさがれた。わずかな隙間からゆっくりと入ってくる幸男くんの舌に、自然と体に力が入る。わたしのものと幸男くんのものが触れあった時、ぴりっと身体中に電流が駆け抜けたような気がした。たどたどしく絡んでくる舌に、わたしもできるだけ返す。するとだんだんと頭がぽーっと熱くなっていき、息の仕方さえ分からなくなる。苦しくて止めたい。でも続けたくて、そんな矛盾に捕らわれたわたしは意味もなく幸男くんの腕を掴む。しんどくて目尻に涙がたまっていく。意識が朦朧とし出した時、幸男くんが慌てたように口を離した。すぐさま酸素を肺に取り込むと、ぽろりと涙がこぼれる。

「だ、大丈夫ですか」

すいませんと幸男くんが泣きそうな顔で、わたしの目尻を拭う。そんな幸男くんが可愛くて自然と笑みがこぼれる。笑うわたしを見て幸男くんは安心したというようにはにかんだ。
そろりそろりと幸男くんに腕を回す。そして思いっきり抱きしめると幸男くんは少し肩を弾ませた後、優しく抱きしめ返してくれた。愛しいなんて言葉では表せない感情があふれて止まらない。こういうときに器用な人は、それ相当の言葉を見つけ出して囁けるのだろうに。そんなことを思う私を抱きかかえたまま幸男くんはソファーから立ち上がる。そんな幸男くんの力強さというか、頼もしさに頭の片隅の方にあったで年下という文字はかき消されていった。
二人分の体重できしむベッドの音は変にいやらしさを含んでいる。わたしをそっとベッドの上に寝かせる幸男くんに、鼓動は加速して今にも心臓が破裂してしまいそう。「いいです、か」と真っ赤な顔をして聞いてくる幸男くんに首を縦に振る。幸男くんの朱色の頬っぺたは下から見るとひどく官能的に見えた。
そんなわたしたちを他所にテレビの中ではエンドロールが流れ始めるのだが、とっくに映画のことなど忘れてしまっているわたしたちは知るよしもない。なんせわたしたちは始まったばかりなのだから。




これは後から幸男くんのチームメートであり、わたしの後輩兼友人でもある森山くんに聞いた話だ。
幸男くんは常々、自分たちが恋人らしいことを全くしていないことや、手を出したくても今一歩踏み出せない自分に悩んでいたらしい。そりゃあもう寝不足になるくらいに。それを見た森山くんとバスケ部のみんなは幸男くんを半ば脅すように、早く襲わないと飽きられるといったようなことを口々に言ったそうだ。その話を森山くんからのメールで知ったとき、わたしは妙に納得してしまった。今思えば、あのときの幸男くんは焦っていたような気がするもの。あの日、途中から見なくなった(見るどころではなくなった)映画を見ながらそう思う。ちなみに今日は一人で。相変わらず激しいシーンにはドキドキさせられるけれど、あの日のことを思い出してしまう方が恥ずかしいので、なんともいえない。
そういえばこのDVDを貸してくれたのは森山くんだった。


Pastel children


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