常識なんてものが全くそぐわないわたしたちの関係は、根っこのほうから、幼なじみという鎖にがんじがらめにされているのだ。

バイバイ。そういって、手をおおざさなくらい大きく振る彼が大好きだった。そしてそんな彼に馬鹿みたいに笑って、また明日と口パクで伝えるのも大好きだった。わたしは、わたしと和成の幼なじみという関係が大好きで仕方がなかった。回りがどんなにひやかしてきても、一切気にせずに離れなかったわたしたちはなんだかんだいって良い幼なじみだった。毎日一緒に登下校していたし、なによりけんかなんてした記憶は全くない。それはずっと一緒にいるのだから、当たり前のようにお互い相手の嫌がることなんて認識していて、お互い相手の良くないところも認めあっていたから。けんかするほど仲がよいというけれど、わたしたちの場合にはそれは当てはまらなかった。
わたしたちは当たり前のように大きくなっていって、和成の背はいつの間にかわたしよりも高くなった。それでもわたしたちは一緒に登校し、一緒に下校した。その頃に回りの目が気にならなかったのかと聞かれれば、もちろんわたしは気になったと答える。けれど、和成が気にしていないようだったし、むしろわたしがそういうことを気にしていると和成は決まって不機嫌になっていた。だからわたしたちはずっと一緒に登下校した。もちろん現在進行形で。

「和成ー」
「んー?」
「もっとスピードあげてよ。ほら真ちゃんがぴりぴりしてる」
「別にぴりぴりしてないのだよ。お前が早く帰りたいだけだろう。あと真ちゃんと呼ぶな」
「真ちゃんは細かいなあ。とりあえず和成スピードアップしてー」
「えぇー」

早く帰らないとドラマ見れないよう。空に輝く星の下、チャリアカーという一風変わった乗り物に乗るわたしは、前方で必死にペダルを踏む和成に文句を言う。すると街灯の明かりに照らされながら和成はうるせーと大きな声で返事をしてきた。隣で真ちゃんが近所迷惑だと眉間の皺を深くする。そんな真ちゃんに、あんまり皺よせていると形がつくと注意すれば、お前らのせいでこうなるのだよとため息をつかれた。和成と一緒にするなんて失礼だと思いつつも、確かに練習で疲れた真ちゃんに迷惑をかけている自信は大いにあるので口を閉じる。一応、こんなんでもわたしは秀徳バスケ部のマネージャーだから。でも言えば、真ちゃんだって練習後の和成にチャリアカーを引かせているのだけど。まあ一応じゃんけんをして決めているから関係ないのかもしれない。

「真ちゃーん、もうすぐ家着くぜー」

和成が自転車をこぎつつ、後ろを向きそう告げる。真ちゃんと呼ぶなと、くどくど文句を垂れる真ちゃんの隣でわたしはもう真ちゃんの家に着いたのかと驚いていた。
真ちゃんの家の前に着くと、わたしたちはチャリアカーから降りる。すると当たり前のように和成が真ちゃんの家の敷地内にチャリアカーを運びだす。そんな和成をぼーっと見ていると、後ろから視線を感じた。なので振り向くと、後ろにいるのはもちろん真ちゃん。どうしたのと聞けば、真ちゃんはなぜ付き合わないのか、と何の脈拍もないことを口にした。主語がないと思ったけれど、それは主語がなくても一瞬で理解できた。わたしと、和成のことだろう。

「だって普通の、幼なじみだもん」

あえて「普通の」を強調させるように言う。真ちゃんだって分かっているでしょ、わたしたちがただの幼なじみなこと。そう付け加えると、真ちゃんは納得がいかないというように眼鏡のブリッジを中指であげた。そんな真ちゃんに自嘲するかのような笑みをこぼしてしまう。そうすれば、真ちゃんは何か言いたげに口を開く。けれど緑間家にチャリヤカーを置き終え、帰ってきた和成によって間接的にその口は閉じられた。

「真ちゃんバイバイ」
「真ちゃん、また明日な」

和成と並んで、真ちゃんに手をふる。真ちゃんはいつもどうり手を振りかえしてなんかくれなかった。ただ、いつもと違い、真ちゃんと呼ぶなと言わず、更に家に入りもせずに隣り合って歩くわたしたちの背中をずっと見ていた。
和成が、今日も疲れたなーと大きく伸びをする。そんな和成を横目で見ていると、ふと先程の真ちゃんの言葉が頭を過ぎった。なぜ付き合わないのか。あの女王様気質の真ちゃんが悲しそうな目をしていたのには驚いた。それに、真ちゃんがあんなこと聞いてくるなんて思いもしてなかった。多分真ちゃんは、わたしたち二人のことを気にして言ってくれたのだと思う。けれど、それは有難迷惑というやつなのだ。

「和成ー」
「んー」
「明日も朝練前に練習するのー?」
「もち」
「そっかあ」

何気ない会話をしながらわたしたちは夜空の下、街灯に照らされた帰路を歩く。見慣れた風景に、何か面白いものを探しても見つかるはずもなく、わたしはただただ足を動かす。わたしたちの間には無言の空気が漂っているが、決してそれは嫌なものではなく、むしろ心地好い。ずっと一緒にいるから、隣を歩いているだけでも落ち着くのだろう。

「なあ」

不意に沈黙を和成が破った。どうしたのと返事をする変わりに和成のほうを向けば、和成はどこか遠くを見ていた。そんな和成の横顔は哀愁が漂っていて、わたしは思わず目を見張る。どうしたの、なんて軽々しく聞けるような空気ではなかった。和成のこんな顔、久しぶりに見た。

「真ちゃんのこと、好き、か?」

今にも泣き出しそうな和成の瞳にわたしは声を失う。どうして、わたしが真ちゃんのこと好きだって思うの、なんて聞けない。喉元まで出かかった言葉はいつの間にかどこかに消えていってしまった。和成の目は鷹の目。視野が広いから真後ろだってどこだって、何でも見える。けれど、人の心の中まではいくら和成でも見えないのだ。
和成、と足を止めてそう呼べば和成はこちらを向いて立ち止まる。「そういう意味では好きじゃないよ」と呟くようにはきだせば、和成は「そっか、なんかごめん」と目を伏せた。

「和成」
「ん」
「帰ろう」
「おう」

わたしが足を踏み出せば、和成も歩きだす。和成は背が高いから、いつもわたしに歩幅を合わせてくれる。そういう優しさがわたしの胸を締め付けることを、きっと和成は知らない。
和成もわたしも、怖がっているのだ。この幼なじみという関係が壊れることに。互いに相手の未来に自分がいなくなってしまうことが怖いのだ。ずっと、ずっと同じ未来を見ていきたいのだ。けれど、それはあまりにも難しいこと。二人のどっちかが、一緒にいようと言えばいいものを、どちらともそれをいうことによって関係が崩壊してしまう可能性があるからと言葉にすることを恐れている。だからさりげなく、行動や態度で示すのだ。そのことにわたしも和成も気がついている。そして相手がそれに気がついていることも知っている。なのに、言わない。言えないのだ。見えない何かが、邪魔をするから。

「なあ」
「ん」
「手」
「うん」

少しだけ手を和成の方にやれば、大きな手がわたしの手を覆う。ぎゅっとその手を握りしめれば、握りしめかえされる。また胸が締め付けられた。
見上げればいつもと変わらない夜空。今日もわたしたちは、見えない恐怖に怯え、もがき続けるのだ。



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