あじのないスープの続き


青峰くんにキスされたあの日から、ずっと思ってきたことがあった。だいたい想像がつくと思うが、彼のしたことは本当に嫌がらせだったのか、ということだ。このキスは嫌がらせなのかとわたしが問いたとき、「好きでもねーやつにこんなことしねえよ」と彼は言った。そしてわたしの手を包むように握った彼の手は震えていた。その言葉と彼の手が頭から離れない。教室で彼を見るたびにそのことを思い出すのだ。
あの出来事があっても、彼のわたしに対する接し方は変わらない。まるであんなことがなかったように接してくる。ただ、ほんの少し優しくなったような気がしないこともない。でもそう思ってしまうのは、きっとある考えがわたしの中をさ迷っているからだ。その考えとは、馬鹿らしすぎて以前のわたしでは鼻で笑って流すようなもので。簡潔に言うと、もしかしたら彼は本当にわたしのことが好きなのかもしれないということだ。それは、始めに話した嫌がらせなのかという疑問にも直結する。最初はくだらないと思っていた。けれど、あのことを思い出すたびにそのくだらないことが、真実に思えて仕方がなかった。
しかし、そんな惚けたようなことを思っていたのは昨日までのこと。わたしはまた奈落の底に落とされるのだ。





なんだ、結局はそういうことなのか。あの日からずっと喉元に引っ掛かっていたものが、ストンとお腹の中に落ちたような気がした。
彼はわたしを好きなのではないか、その問いの答えはバツ。彼がしたことは本当に嫌がらせなのか、その問いの答えはマル。はっきりとでた結果にわたしは、ただただ呆然とした。そして気味が悪いくらいに底冷えした腹のなかで、わたしはつぶやく。ばっかみたい、と。
中庭のベンチに座るわたしの視線の先には、渡り廊下にいる青と桃色。正確に言えば、青に抱き着く桃色と、抱き着く桃色に腕を回す青だ。光りに照らされた二人は眩しくて、わたしは目を細める。隣にいた友達は、「やっぱりあの二人って付き合ってるんだね」とお弁当のから揚げを箸でつつく。そんな友達にわたしは何も返さずに、トマトにフォークを突き刺した。
遊びなら遊びってはっきり言ってくれればいいのにね。そうすれば馬鹿な女は無駄な勘違いをしないのに。そう脳内でぼやくと、不意にツンとする鼻。それはきっと今食べたトマトの酸味のせいだ。そう言い訳はできても、うっすらと涙の膜が張った目には弁解も出来そうになかった。
お弁当を食べ終わったわたしたちは、取り留めのない話をしながら教室に戻る。教室に入ると、真っ先に視界に入ってきたのは例の青。なぜか彼はわたしの机に俯せていた。わたしは彼を押しのけるようにして、無理矢理席につく。ただでさえいらいらしているのに、その大元が文句を言ってくるため、いらつきはさらに酷くなる。ぶつぶつ言う彼にギロリと視線をむけると、彼は驚いたように目を大きくし、「意味わかんねーし」とぼやきながら自分の席に戻っていった。わたしに構うなら桃井さんのところにいけばいいのに、なんて言葉は空気となって吐き出された。
それから午後の授業も休憩時間も、毎度の如く現れる彼をわたしは無視し続けた。何をされようが、口を開かず目も合わせないようにした。
そして今はホームルームの時間。わたしは先生が明日の連絡をしてるのにも関わらず、それをぼんやりと聞き流す。いつもなら先生の話を聞きつつも、かばんに教材を詰めているはずなのに、なぜかやる気が起こらなかった。
聞き慣れたチャイムに、わたしはハッと意識を取り戻す。号令をかけられ立つクラスメートに混じり、いそいそと立ち上がる。ぼーっとしすぎていたなあなんて思いながら、号令をした。


「なあ」

帰りの支度をしていると、彼がわたしの机に両手をついた。けれど、わたしはまるで彼が見えないというように手を動かし続ける。明日は古典なかったっけなあと呟きながら机を漁っていると、彼がドスのきいた声をあげた。「無視すんじゃねえよ」と。一瞬ひやりと背中に冷気がつたうが、冷静な自分を取りつくり無視を決め込んだ。こんなやつ、知りあいになった覚えなどない。
かばんに荷物を積み込み終わり、帰ろうと席を立つ。すると手首を強い力で掴まれた。

「ふざけんなよ」

わたしを睨む彼が、キレていることは間違いないだろう。深いため息をつく。恐怖よりも怒りや呆れの方が大きいのだ。手首痛いんだけど。そう口にしようとした時、急に浮きあがるわたしの体。驚きの声をあげる間もなく肩に担がれたわたし。離してと言わんばかりにじたばたと暴れるが、そんな抵抗が効くはずもなく、わたしはそのまま彼に連れていかれる。教室を出るときに見えたクラスメートのたちは、みんなして目を見開き、ぽかんと口をあけていた。


どさりと下ろされたのは剥き出しのコンクリートの上。彼に連れて来られたのは屋上の隅っこ。誰もいないそこの静けさと、背中に当たる固い壁に嫌な記憶が蘇ってくる。唇を噛んで下から彼を睨みつけると、彼は眉をひそめて口をヘの字に曲げる。その仕種は妙に悲しげで、わたしの細める目を丸くするには十分だった。

「なんで、無視すんだ」

彼はわたしと同じ目線になるように座り込み、腰を曲げる。

「俺のこと、嫌いか」

ぎらぎらと獲物を狙うような彼の瞳にはなぜか哀愁が漂っている。そんな瞳と彼の言葉にドキリと心臓が飛び跳ねた。まさかそんなことを聞かれるとは思ってもみなかった。早く鼓動する心臓を落ち着かせるために、深呼吸をする。そんな顔をして嫌いかなんて聞くなんて、彼は狡い。大嫌いだなんて言えるはずがないじゃないか。

「嫌いだよ、多分」
「はあ?」

片眉をあげる彼はわたしの頭をがしりと掴む。そのままがくがくとわたしを揺さぶりながら「多分ってなんだよ。嫌いなんじゃねえのか、ああ!?」と顔を近づけてくる彼。脳震盪でも起こすのではないかというくらい揺さぶらたわたしは、ぐったりと壁に寄り掛かる。そんなわたしを見て彼は間の抜けた声をあげ、気まずそうに首をかく。

「……青峰くんはさ」
「あ?」
「どうして、わたしに構うの」

桃井さんがいるのに。そう言った途端、ぼろぼろと溢れ出してくる涙。別にずっと堪えていた訳でもないのに、頬をつたう大粒のそれ。突然泣き出したわたしに、あからさまに動揺する彼はひたすらわたしの頭を撫で回す。そして「なんでそこにさつきが出てくんだよ」と訳もわからずといったように口を動かす彼に、涙ぐみながら「だって、桃井さんと付き合ってるんでしょ。抱き合ってたの見たもん」と唇を噛む。

「付き合ってねえんだけど。しかも抱き合ったおぼえねえし」
「う、そだ。……昼休み渡り廊下にいたでしょ」

涙を拭いながら、攻めるように昼休み見たことを彼に言う。もう嫌だ、訳が分からない。ぼやける視界が嫌で、目を擦ると彼がわたしの手を優しくとった。「赤くなるぞ」なんて心配してくる彼に、だんだんと涙が止まってくる。この期に及んで優しくするだなんて彼は卑怯だ。でも少し優しくされたぐらいで舞い上がりそうになる自分はどうしようもない。
これ以上、優しくしないで。ぽろりとでた本音に、彼は目を細めた。

「お前、バカだな。本当、バカすぎて笑えねえ」

さつきと俺が付き合ってるとか抜かすわ、抱き合ってたとかほざくし。俺がどんだけお前のこと好きだか分かってんのか。小学生のときからだからな。いい加減気づけよ。それに前に言ったじゃねえか。好きでもねえやつにこんなことしねえって。
一方的に噛み付くようにそう言い切った彼は、わしゃわしゃとわたしの髪をかき乱す。ぐちゃぐちゃになった髪よりも、先程の彼の言葉の方がインパクトが強くて、わたしは目を見開くしかできない。彼は何を言っているのだろう。こんな少女漫画みたいな展開、ありえない。彼は嘘をついているのだろうか。今までされてきたことを考えると、彼を信用するなんて難しいことだ。
けれど有りがちな話みたく、彼がわたしにちょっかいをかけてきていたのは、わたしの気を引きたかったのではないかという考えがふつふつと沸き上がる。そんなわけないと思う反面、期待する自分がいて頭が痛い。

「抱き合ってたの、見たから」
「だから抱き合ってねえって。あいつの背中に虫がついてて、ぎゃあぎゃあ言うから取ってやっただけだ」

フンとそっぽを向く彼。虫がついていた、だから取ってやった、別に抱き着いていたわけではない、先程の彼の言葉を整理していく。わたしは勘違いをしていたのだろうか。ぐちゃぐちゃの頭の中に現れたそれは、ほぼ100パーセントの確率で正解だろう。でも、強情で意地っ張りなわたしは中々それを受け入れられなくて、「嘘は、駄目」だなんて言ってしまう。
ムッとしたようにわたしを見る彼。そんな彼はわたしの後頭部に手を回し、だんだんと近づいてくる。このままではあの日のようになってしまうと察したわたしは、自分の口を両手で覆う。すると彼はわたしの手をぺろりと一舐め。驚きのあまり手を離してしまったわたしを見て彼はにやりと笑う。

「好きでもねーやつにキスなんてしねえよ」

唇と唇をくっつけるだけの彼のキスは優しかった。


へたくそなぬくもり


----------
Dear 理子さん
20000hit thanks

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -