どうもわたしと若松くんが付き合っているということに、意外だと思う人が多いようだ。わたしたちが付き合うことになったと友達に言った時の反応はひどかったもの。「脅されたの!?」なんて迫ってくる彼女に「若松くんはそんな人じゃないよ。すごく優しいもん」と言えば彼女が鳩が豆鉄砲をくらった時のような顔をしていたのは記憶に新しい。あと、クラスメートの男子からも冷やかしの言葉よりも、何であいつなんだという言葉を連呼されたときはすごく腹がたったっけ。少なくとも若松くんは、わたしが今まで出会ってきた男の人の中で1番かっこいいもん。声がものすごく大きくて言葉使いが悪くて、髪の色や顔付きとかで怖く見られがちだけれど、実際はすごく優しいし。それに、バスケに真剣に取り組む姿は圧巻だもの。独特の掛け声さえもかっこよく思えてしまうぐらいに。



「帰るぞ」

ショルダーバックを肩にかけながら若松くんは、体育館のステージに背を預けていたわたしを呼ぶ。今日は珍しく午前練だけだったため、かんかん照りの中を帰らなければいけない。あくまで寮までの短い距離だけだが、気が引ける。しかし若松くんが呼んでいるのだから仕方がない。少し重く感じる頭を上下させて立ち上がろうとする。が、体も妙に重い。もしやと思いながらも踏ん張って立てば、ガンガンと痛みだす頭。熱中症、だろうか。
わたしの様子がおかしいことに気づいた若松くんが駆け寄ってくる。「大丈夫か?」と肩をつかまれたので、「大丈夫だよ」と答えると若松くんはムスッとしたような不機嫌な顔付きになった。なので「ちょっときついかな」と本当のことを言えば、若松くんは息をつく。
くらりと揺れる脳みそ。ふらりふらりと千鳥足になってしまう。そんなわたしを若松くんは支えてくれて、体育館の入り口の方へ連れていった。壁に寄り掛かるようにして座れば、隣で若松があぐらをかく。軽い熱中症だなと思って意識をどことなくとばしていると、グッと何かを押し付けられた。

「これ、飲んどけよ」
「あ、りがと」

渡されたのは1.5リットルのペットボトルのポカリ。すでに少しばかり飲み干されている。500ミリリットルのペットボトルじゃないんだ、さすが男の子とぼーっとする頭で思っていると、「あー…」と若松くんは頭をかいた。「口つけたくねえよな」なんて気まずそうに目を細める若松くん。そうじゃないの、そう思ってペットボトルを両手で強く握るけれど言葉は上手く口にだせなくて、阿吽と化す。間接キスが嫌なんじゃなくて、1.5リットルの大きいペットボトルで直接飲むのは初めてだったから戸惑っただけなのに。「自販機いって飲み物買ってくる。ちょっと待っとけ」と立ち上がる若松くん。誤解を解かなければと思い、とっさに若松くんの手をとった。わたしの行動に目を見開く若松くん。わたしはもごもごと口を動かした。

「あのね、口をつけるのが嫌なんじゃないの。大きいペットボトルだったから、ちょっと、戸惑っただけなの。それに、若松くんのなら、口つけるの抵抗ないよ」

くらりと揺れる頭にムチを打って必死に弁解をする。誤解しないで、それだけを思って言った言葉は、どこかおかしいところがあったのではないかと心配になった。なぜなら、立った間々わたしを見下げる若松くんは、額に手を当て、小刻みに震えているから。そんな若松くんの顔は少し赤くなっていて、もしかして怒らせてしまったのかという嫌な考えがポッと出てくる。謝るべきなのか、どうするべきなのか、波打つ脳内でそれらは漂流物のように漂う。


「それ、反則だろ……」

若松くんは深いため息をついて、再びわたしの隣に座った。怒っているようではなさそうで、むしろ呆れられているみたい。とりあえず一安心だ。そう思いながら若松くんを見ていると、若松くんは「早く飲めよ」とペットボトルのキャップを開けた。急かしてくる若松くんに頷き返して、ペットボトルを持ち上げる。思っていたより重いなあとぷるぷる震える腕を見て思う。そんなわたしを見兼ねてか、若松くんはペットボトルの底を持って支えてくれた。ちょっと気恥ずかしいけれど、ありがたい。
ゆっくりとポカリを口に含み、飲み下す。からからに渇いた体全体にポカリが染み渡っていくような感じはとても心地好い。ごくりごくりと何度も喉を動かす。

「……んん!」

胃がポカリで満たされた頃に、わたしは口を離そうとする。しかし、若松くんがペットボトルの底から手を離してくれないので、それはできない。もう胃に入らない、このままでは吐きそうだ、そう思って無理矢理口を離せば、ばしゃり。生温いポカリが制服にかかる。それを見た若松くんは慌てて謝ってきた。

「わ、わりい…。すげえ美味そうに飲むから、」

見とれて、た。そう口にした若松くんは咄嗟に自分の口をふさぐ。火がついたように顔を赤くする若松くんにつられて、わたしも頬を染める。見とれていたなんて若松くんはとんでもない爆弾を投下してきた。たった一撃でわたしの心臓にどれだけダメージを与えたのか計り知れない。
居心地が悪くて目線をゆらりゆらりといろんな場所へうつす。若松くんも気まずそうに目線をきょろきょろと動している。そんな若松くんの目がわたしの胴体をうつしたとき、若松くんの顔は茹でダコ顔負けの色になった。

「おまっ…!と、とりあえずこれでふけ!」

がさがさと乱暴にショルダーバックをあさった若松くんは、わたしにタオルを押し付ける。そういえば濡れてしまってたんだっけと呑気に自分の制服を見れば、わたしの顔も若松くんと同じ色に早変わり。なんと、ポカリがこぼれたせいで制服が透け、下着が見えていたのだ。白い夏物ブラウスの下にあるピンク色に、恥ずかしすぎて頭がくらくらし始める。なぜよりによって目立つピンクを着用していたのかと頭を抱えそうだ。熱射病でめまいがしていたはずのわたしは、今では羞恥心で目がくらむ。制服を見たときの若松くんの反応が、さっそうと脳内を通り過ぎ余計に顔が熱くなった。
不意に隣の若松くんが気になりだす。さっきのことどう思っているのかなとか、気が気でないのだ。目を合わせたくなくて下を向いていたわたしは横目でちらりと隣を見る。すると、同じようにちらっとわたしを見ていた若松くんと、目が合った。
心臓はとんでもない力で握られているようなのに、それでも高速で脈打つ。ばっちりとあった目を若松くんは中々反らそうとしなくて、なんとなくわたしも反らしがたくてわたしたちは見つめ合った間々凍りつく。こんなに暑いのに。
だんだんと視界にうつる若松くんが薄れていく。キャパシティーをとっくにオーバーしたわたしはそのまま意識をとばした。




ぱちりと目を開けば真っ白な天井。目だけを動かしてみると、短い針が4を差し掛けた時計が視界に入り、あれからけっこうな時間が経ったのだと理解する。白い天井に調度いいくらいの温度、そして少し固いベッドと毛布、ここは保健室だろう。多分若松くんが運んでくれたのだろうなあと思いながら、上半身だけを起こす。するとベッドの横の椅子に座り、壁に体を預けた若松くんがそこにいて、わたしはクスリと笑みをこぼした。だって寝ている時まで険しい顔をしているんだもん。


「ん、あ…、起きたのか」
「うん。あの、運んでくれてありがとう」
「ああ、気にすんな」

若松くんは照れ臭そうに頬をかく。そんな若松くんを見てわたしは胸が温かい何かで包まれたような不思議な感覚に捕われる。そして心の底から思った。わたし、若松くんを好きになって本当によかった、と。



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