わたしの片割れは、自分に逆らうやつは親でも殺すとか言うけっこう危ない人だ。わたしは別にそんなこと思いもしないのにね。よく親戚のおばちゃんたちに双子なのに全然似てないねと言われたものだ。そういえばそう話すおばちゃんたちの話を聞いた片割れが、おばちゃんたちにハサミを向けそうになるのを必死に止めたっけ。後から口には出せないくらい恐ろしい目にあったが。まあ、そのおかげで片割れが危ない人だということが親戚に知れ渡ることを防げたのは言うまでもない。
そんな昔話はさておき、片割れが帝光中のバスケ部の部長となった今、部員にあの絶対君主制っぷりを見せている。が、それは家でも同じだ。親はもちろんわたしだってそう。絶対君主制に従わなければいけない。だからわたしは物心ついた時からずっと片割れのパシリ状態だった。もう何かがある度にこき使われ、逆らおうものならハサミが飛んでくる。そのせいか分からないが、人より精神力がかなり強くなったのは確か。それと高速で飛ぶハサミを避けていたせいか無駄に反射神経がついてしまった。
さてそんな不幸な私赤司名前は、今まで生きてきた中で最大のピンチをむかえております。小学生の時に片割れを怒らせた時以上のやばさだ。あの時とは違い命の危険はないけれど、ある意味最悪のピンチだ。

「や…もう…こんなところで…」
「いいじゃん。な?」

そう聞こえた声にわたしは頭を抱える。只今放課後、本来バスケ部のマネージャーであるわたしはすぐさま部活に行かなければいけない。しかし、片割れがお弁当箱を教室に忘れるというミスをしたが故に、わたしがそれを取りに行かされたのだ。片割れがこんな凡ミスをするなんて有り得ない。だからわざとなのではないかとわたしは踏んでいる。多分今日の昼休みに、片割れにパシられて買ったジュースが間違っていたことを根に持っているのだろう。本当、あの暴君っぷりはどうにかならないものか。
教室の前に座り込みため息をつく。お弁当箱を取りに教室に入りたい。けれど中でいちゃいちゃしている男女のせいで入れない。空気を読まずに入ってもいいが、気まずすぎる。でも早くお弁当箱を回収して部活に行かなければ、痛い目をみることは目に見えている。わたしはどうすればいいのだ。

「あ、ん…」
「…あんまり声だすなよ」

やばいやばい。学校で、しかも誰か来るかもしれない教室で彼らは何をしているんだ。止めてわたしまだピュアだから。まだキスもしたことない純情だから。ていうか君たち中学生だろう。不純すぎる。教室からもれる声を聞きたくなくて、わたしは両耳を塞ぎ、階段の方へ一目散に逃げ出す。この際不純でもなんでもいいから早く終わらせて欲しい。そうしてくれないと、色々危ないんだ。そう思いながら角を曲がると大きな衝撃と軽い痛み。ぐわんぐわんとする頭で誰かにぶつかったのだと理解し、とりあえず謝ろうと口を開く。

「ご、ごめんなさ…ってなんだ、青峰くんか」
「何ぶつかってきてんだよ」
「いや、ちょっと急いでて…」
「ふーん。なんでもいいけど、さっさと部活行くぞ」
「うん?」
「赤司にお前が中々来ねえから連れてこいって言われてんだよ」

めんどくさそうに頭をかく青峰くん。ひりひりと痛む額を押さえながらそんな彼を見上げていると、さっさと行こうぜと腕を引っ張られる。そんな彼にわたしはお弁当箱を持って行かなければいけないということを告げる。彼はなんで早く取りに行かないんだというように眉間にシワをよせた。厳ついなあと思いながらかくかくしかじかと教室の中の二人のことを話す。いちゃいちゃするなら他のところでしてほしいよねと彼に同意を求めると、青峰くんはにやりと口角をあげた。これはやばいと思ったのもつかの間、青峰くんは教室の方へ歩きだす。そんな彼がしようとしていることなんて目に見えている。なのでわたしは必死に両手で青峰くんの右手を握って引き止めるが、青峰くんはわたしを引きずった状態でそのまま足を進める。教室の中の二人に興味津々な青峰くんを止めることなんて出来ないのだ。
「のぞきなんて変態のすることだよ青峰くん」と何度も繰り返して言うが、「男なんてこんなもんだ」と返される。少なくともうちの片割れはこんなんじゃない、そう思っているとついに教室の前まで来てしまった。度々漏れる押し殺したような甘い声に青峰くんはにやにやとあやしい笑みをうかべている。わたしは小さな声で、「お弁当箱はもういいから早く部活に行こうよ」と誘ってみるが青峰くんは廊下に座り込んでしまった。そんな彼を見て泣きそうになる。青峰くんは変態だし、教室には入れないし、片割れには怒られそうだしでわたしの涙腺はゆるみにゆるむ。いくら片割れに精神力を鍛え上げられたとはいえ、追い詰められればわたしもただの女の子と化してしまうのだ。
早く行こうよ。ずっと握っていた青峰くんの右手を引っ張る。が、青峰くんは石のように動かない。スン、泣きべそをかくように鼻を啜れば腕を引っ張られた。

「あ、お、みねく、ん」
「あ?」
「なんでこうなるの」

胡座をかいていた青峰くんの上に倒れ込んだわたし。そんなわたしの腰には何故か彼の腕が回される。目と鼻の先にある彼の顔に思わず体をのけ反らせてしまうが、それを気に入らなかった彼はわたしを更に自分の方へ引き寄せた。青峰くんの足の上で向かい合うように座ることになったわたしは顔を隠すために俯く。きっと頬っぺたが真っ赤になっているから。男慣れしていないわたしは彼との距離に心臓が痛め付けられる。
ちらりと目だけ動かして彼の様子を伺う。しかし近すぎるあまりに下から見ると彼のあごしか見えない。いくらなんでも近すぎだ。青峰くんは一体何を考えてこんなことをするのだろう。まさか教室からの声を聞いてムラムラきたとかそんなのではないと信じたい。

「やべ、ムラムラしてきた」

頭が痛くなった。青峰くんはそんな簡単に女の子を襲うような子ではないと信じていたのに。
俯いた間々、どうやってこの状況を打破するかを考える。必死に脳を働かせていると、不意に顔を上に向けさせられた。ぎらぎらと獣のような彼の瞳に一瞬で捕われる。目を逸らしたくても深海のように深い色の瞳はわたしをそうさせない。だからどうしようもなくて目をつむった。
まぶたに柔らかい感触。これはもしやと思いうっすらと目を開けると、今度は額にその柔らかで少しかさついたものが押し付けられる。青峰くんにキスされているなんてすぐに理解できた。思わず腰を引くが、回された腕のせいで離れられない。ダラダラと汗が背中をつたう。ゆっくりと近づいてくる青峰くんの顔。目を強く閉じ、下唇をぎゅっと噛んだ。

「痛ッ!」

予期していなかったドカンッという鈍い音と彼の大きな声にびくりと体を揺らす。そしてなぜか床に転がるバスケットボールにわたしは目を点にした。目をつむっていたため何があったのか理解できない。頭を抱える青峰くんと謎のボールにぽかんと口を開ける。


「名前に手を出すとは良い度胸だな」

声がした方を見れば例の片割れが腕をくんでわたしたちに近づいて来ている。多分片割れが青峰くんの頭にバスケットボールを当てたのだろう。ボールにしては有り得ない音がでていたような気もするが、とりあえず青峰くんは生きていた。それにしても何故校舎内にボールを持ってきていたのだろう。片割れの考えはずっと一緒にいるが未だに理解できない。

「青峰、分かってるな?」

真っ黒いオーラを出す片割れの背後には鬼が見える気がする。青峰くん終了のお知らせが聞こえた瞬間だった。



赤司名前と青峰大輝

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