甘えるなんて出来るような可愛らしい女の子になりたい。強くそう思っていても、恥ずかしくて甘えたりなんか出来ない。別にわたしは最近流行りのツンデレとかそういうのではなくて、ただ恥ずかしがり屋なだけなのだ。もういっそうのことツンデレになってみようかなんて馬鹿なこと思っても、実行出来ないのはこれまたわたしが恥ずかしがり屋だからで。もう本当、自分の性格を治したくて仕方ない。だってこのまま恥ずかしがってばかりいたら、いつか彼に飽きられてしまうかもしれないもの。彼はバスケは上手いし、かっこいいし、モデルをしているし、ちょっとげすなところがあったりするけれど、回りにはいつも女の子がいる。だから可愛らしいことが出来ないわたしは、いつかティッシュのように丸めて捨てられるかもしれない。


「黄瀬く、ん」

校門に黄瀬くんがいた。どうしてここに、と思ったけれど、多分テツヤに会いに来たんだろう。テツヤなら今日も部活で遅くなるから、直接体育館に会いに行った方がいい。そう告げようとしても、わたしは黄瀬くんに近づくことさえもできない。なぜなら黄瀬くんはファンの女の子たちに囲まれているから。彼はモデルをやっているのだから、しょうがない。仕方のないことなのだ。心の中で何度そう繰り返しても、チクリとした痛みは消えそうにない。
ファンの子の中心にいる黄瀬くんはいつもの笑顔。それがまたわたしの胸を痛め付ける。女の子たちはみんな自信を持ったように黄瀬くんを取り巻いている。わたしはそれが羨ましくて、でも嫉ましくって、どうにかなりそう。わたしもあの子たちみたいな自信があれば、囲まれている黄瀬くんの元に堂々と行って、見せ付けるように抱き着くのに。
笑顔の黄瀬くんが目を覆った膜のせいで歪んだ。黄瀬くんは少し離れたところで突っ立っているわたしに気づいてくれない。あんなにたくさんの女の子が回りにいるから分からないのかもしれない。けど、それが悲しかった。わたしはテツヤと双子なだけあって影が薄い。だから気づいてもらえないことにはなれているけれど、今日はなぜか悲しい。ぽろり、涙が零れた。
その時、黄瀬くんの目がわたしを捕らえた。目を丸くする黄瀬くんにわたしは思わず走って校門を通り抜ける。後ろから黄瀬くんが何か叫んでいるのが聞こえたけれど、泣いているのを見られたことが恥ずかしくって足を止めることは出来なかった。
疲れて走るのを止めると、気づけばそこは近所の公園だった。ここまで自分が走ってこれたことに驚きながら、棒のようになった足を休ませるためベンチに腰掛ける。息をつくと同時に、涙がとめどなくながれ始めた。誰もいない公園だったからこそ、わたしは珍しく声をあげて泣いた。いつもはあんなことでは泣かないけれど、今は心が弱っていた。ポケットから取り出したティッシュで鼻をかむ。隣にあったごみ箱にそれを捨てようとすると、いつか思ったことが頭を過ぎる。ティッシュみたいに丸めて捨てられるかもしれない。
涙が止まらない。あまりに泣くものだからティッシュもなくなってしまったし、ハンカチもこれ以上水分を含めないと主張する。それでも溢れる水滴にわたしはもうどうしようもなかった。が、そんな時、不意に目の前にタオルが現れた。どこかでみたことのあるスポーツタオル。わたしが黄瀬くんの誕生日にあげたものだった。

「名前っち」

頭にのせられる大きな手に、肩を上下させる。それをみた彼は多分悲しそうに笑っているだろう。俯いているから分からないけれど。顔、あげて欲しいッス。優しい声でそう言った黄瀬くんにわたしは頭を横にふる。わがままでごめんなさい。心の中で謝った。
突然タオルがわたしの顔に押し付けられる。驚いて顔をあげると、泣きそうな目をした黄瀬くんと目があう。ぽろぽろとまた涙がでてくる。それを黄瀬くんは丁寧にタオルで拭ってくれる。タオルは黄瀬くんと黄瀬くんの家の洗剤の良い匂いがして、少しだけ心が安らいだ。

「ごめんね」

わたしの言葉に黄瀬くんは何か言いたげに口を開く。けれど黄瀬くんは何も言わない。そんな黄瀬くんを良いことに、わたしは何度も謝る。ごめんね。テツヤに会いにきたのに邪魔してごめんね。せっかく可愛い女の子たちに囲まれていたのに、ごめんね。

「わたしが彼女で」

ごめんね。そう言おうとした時だった。黄瀬くんの口にわたしの口は塞がれた。そのため謝罪の言葉は口内で空気となる。急な接吻に驚きを隠せないでいると、黄瀬くんは片手でわたしの頭の後ろを支え、何度も唇をくっつけた。こんな激しいキスは初めてで、息のさえできないわたしの頭は酸欠を訴え、くらくらしてくる。黄瀬くん、黄瀬くん。何度呼んでもそれは頼りない息にしかならなくて、わたしはつい黄瀬くんの背中を強く叩いてしまう。それで黄瀬くんは我にかえったのか、キスをするのを止めた。

「…彼女でごめんとか、言わないで」

黄瀬くんが今にも泣きそうな顔をする。いつもみたいな軽い口調じゃない黄瀬くん。ごめんと謝罪の言葉さえも言えないわたしはただ涙を零すだけ。そんなわたしを黄瀬くんは力強く抱きしめる。わたしの涙の量が更に増えたのは、骨が軋むくらいに抱きしめられて痛いからではない。自分が情けなさすぎて、でもそんな情けないわたしを捨てない黄瀬くんの優しさに泣いてしまうのだ。

「名前っちは俺の自慢の彼女っス」

だからもっと自信をもって。抱きしめる力を弱めた黄瀬くんの言葉にわたしは頷けない。自信なんて持てないのだ。自分が可愛くないなんて百も承知だし、甘えることもできないから。それに黄瀬くんと釣り合う自信なんて持てるはずがないのだ。抱きしめてくれる黄瀬くんの背中に手を回したい。そう思っても行動にうつせないのは、そういうことなのだ。

「名前っちは馬鹿っスよ。何も分かってない。俺がどれだけ名前っちのことが好きか分かってないっス」

心臓の音が大きく鳴り響く。確かにわたしは黄瀬くんの気持ちを分かっていないのかもしれない。でも、それは。そう反論しようとすると、また口を塞がれる。俺はどうにかしたいくらいに名前っちが好きっス。今だって、目真っ赤にして泣いてる名前っちが可愛すぎて家に連れ帰りたい。ずっと抱きしめていたいし、もっとキスしたいし、それ以上だってしたいっス。まくし立てるように言う黄瀬くんはいつもの独特の余裕みたいなものがない。そんな黄瀬くんに頬がだんだんと熱を持ちはじめる。恥ずかしいくらいに赤くなっている顔を隠したくて、両手で黄瀬くんと自分の顔の間に壁をつくる。けれどそれはすぐに黄瀬くんに取り除かれた。

「俺、恥ずかしがり屋な名前っちが好きっス。あと影が薄いところも」

悪戯っ子みたいに笑う黄瀬くん。影が薄いは余計だ。いいよ、どうせ黄瀬くんと違って影薄いもの。でもそんなわたしを、さっき黄瀬くんが公園にいるわたしを見つけてくれたことはすごく嬉しいの。恥ずかしいから言わないけど。

「俺、他の人より名前っちを見つけるの上手いっスよ」
「嘘だ」
「嘘じゃないっス。さっきだって、ここにいる名前っちを見つけたじゃないっスか」
「ぐ、偶然だよ」
「そりゃあ今は偶然かもしれないっスけど、将来的にはどこにいたってすぐ見つけるから」

黄瀬くんの言葉にわたしの口は弧を描く。将来的って、そんなのまるでプロポーズみたい。くすくすと笑えば、わたしの両目を片手で覆う黄瀬くん。どうしたのと聞けば、なんでもないッスとかえってくる。でもそれこそ嘘。だって指の隙間から見える黄瀬くんの頬っぺたは朱色に染まっているから。きっとプロポーズみたいだなんて思いもしなかったんだろうなあ。いつの間にか渇いた頬をだらし無く緩めながら、ありがとうと精一杯の気持ちを込めてわたしは微笑んだ。

可愛くないし恥ずかしがり屋だし影が薄いわたし。けど、黄瀬くんが好きだと言ってくれたそんなわたしを、わたしは頑張って少しでも可愛く出来るようにしたいと思う。それでいつか、黄瀬くんを今みたいに真っ赤に出来るような甘えをして見せたい。



黒子名前と黄瀬涼太

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