真ちゃんとのじゃんけんに負けたオレはしぶしぶと購買の前にある自動販売機に向かう。やっぱり真ちゃんとじゃんけんなんかするんじゃなかったと嘆いても、今更なことでオレは嫌々ながら例のものを買いに行くのだ。この学校に例のものであるお汁粉なんて飲むやつは真ちゃん以外に絶対いないと言い切れる自信がある。分かりきっていたことだけど、真ちゃんは変人だ。初対面ではそんなやつに見えなかったんだけどな。まあ面白いからいっか。
百円玉を入れてポチリと1番下の右端のボタンを押す。何度か真ちゃんにパシられてお汁粉を買いにきたことがあるけど、このボタンに×マークが表示されているのは見たことがない。まあ、そりゃあそうか。だってお汁粉買うの真ちゃんしかいねえし。ガコンと音をたてて落ちてきた缶に手をのばす。ひんやりとしたそれに、冷たいお汁粉なんてまずいに決まっているしと思わず呟いた。そんな時、


「ああ!ああ…」

後ろからこの世の終わりと言わんばかりの奇声が聞こえた。つい大袈裟なくらい肩を震わせてしまうが、それはしょうがない。とにかく誰の奇声か気になるので、恐る恐る振り向けば、コンクリートに膝をつく女子がいた。なんだこの子。この光景を見れば誰しもそう思うはずだ。いくらなんでも異様すぎるだろ。大丈夫?なんて声をかけたいのは山々だけど、一風変わりすぎたこの状況に言葉が出てこない。突っ立った間々の俺と膝をつく彼女。回りに人がいなくて良かったと心から思う。もしいたらめちゃくちゃ目立つし。そう思うけど、彼女は相変わらず負のオーラを纏ったまま。このままほっといて帰ってもいいけど、なんとなく良心が痛んでできない。


「お汁粉が…ない…」

不意に聞こえた声。お汁粉がない、何度も繰り返される声に俺は目を見開く。そして自動販売機を見ると1番下の段の左端に×が表示されている。初めてお汁粉が売り切れたのを見た。それにしても、俺は真ちゃん以外にこの学校でお汁粉を買う人間なんていないと思っていた。でもそれはどうやらハズレだった様。
お汁粉を欲しがるなんて珍しい子もいるもんだ、この際顔をおがんでみたい。でも彼女はショックで俯いているから顔は見えない。どうしたもんかと思っていると、自然に彼女が顔をあげた。うわっ普通に美人なんだけど。そう思ったと同時に、俺の手は無意識のうちに彼女に向かってお汁粉を差し出した。彼女が何度も瞬きをする。俺はハッと我にかえった。無意識でお汁粉あげそうになるとかどうした俺。とりあえず差し出したものをやっぱりあげないと言うわけにもいかないから、驚きを隠せないでいる彼女にあげるよと言う。

「え、いいんですか!?」

コンクリートの上にひざまずいたままオレを見上げる彼女。きらきらと目を輝かせながらの上目遣いにドキリと胸が高鳴るのはしょうがない。だってこの子、けっこう美人だし。多分さっき無意識にお汁粉を差し出したのもこの子が美人だったから。あれは男の性だ。でもなんか、誰かに似ているような気がするのは気のせい、のはず。
もしこの子にしっぽが生えていたらブンブンと勢いよく振っているだろう。見た目は猫っぽいけど、中身は犬だなんて思いながらお汁粉を手渡す。そうすれば彼女はコンクリートの上でお汁粉の缶を抱きしめた。変な子だと素直に思ってしまう。というかこんな子うちの学校にいたんだな。見た目とか雰囲気からして同い年っぽいけど。

「なあ、君って一年?」

お汁粉を大切そうに持ったままにやける彼女に聞けば、そうですよと答えた。やっぱり同い年。それにしてもみたことない子だよな。まあ同じクラスじゃないからってのもあるんだろう。
とりあえず面白そうな子だから名前を聞いておこうと思い、名前何んていうのとたずねる。すると彼女は目を見開く。あれ、名前聞いたら駄目だったの。そう心配になる俺を尻目に彼女は勢いよく立ち上がり、名乗るような者じゃないんでと颯爽と走り去った。そして角を曲がる時にお汁粉ありがとうと笑顔を向けてくれた。彼女が立ち上がって見えなくなるまでの時間は、5秒もかからなかったのではないだろうか。
一瞬で一人になった今のオレに効果音をつけるなら、間違いなく「ぽかん」だ。何なんだあの子。真ちゃんと同レベルで変人なんだけど。オレはしばらく彼女の走り去った廊下を見つめながら立ち尽くしていた。



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「遅いのだよ」

椅子に座ると同時に目の前の友人が文句をはいた。そんな友人に適当な返事をかえす。今、俺の頭の中は先程の彼女のことでいっぱいなのだ。美人だったよなあ、変人でもあったけど。そう思いながら窓の外を見ていると、目の前の友人、真ちゃんが汁粉はどうしたと低い声をだした。そんな真ちゃんにあげちゃったと一言。真ちゃんの顔は今世紀最大といっても過言じゃないくらいに歪んだ。
言い訳として、お汁粉が売り切れて泣きそうな女の子にあげたのだと伝える。すると真ちゃんは何かを思いついたように目を見開いた。そしてすぐさま席をたち、教室を出て行った。なんだなんだと急な真ちゃんの行動に疑問をおぼえる。が、あんな般若のような形相の真ちゃんは初めてみたし、面白いことになりそうなので、俺は急いで真ちゃんのあとを追った。

真ちゃんの後を追ってついたのは隣の隣のクラス。同じ一年のクラスだ。そこで真ちゃんはある席に向かって足を進める。俺は思わず声をあげてしまった。なぜなら真ちゃんの行く先には先程のあの子がいたから。
そこで俺は思う。真ちゃんはあの子のことを知っていたようだ。そしてあの子がお汁粉を大好きなことも。もしかして彼女?なんて思ってしまうが、真ちゃんに彼女がいるなんて聞いたことがないし有り得ないと思う。顔は良いけど性格に難がありすぎるからな。でも彼女じゃないとしたら、一体何なのだろう。友達?同じ中学の子?分かんねえや。

「名前」
「あれ、真太郎だ。どうしたの」

度肝を抜かれた気分だった。あの真ちゃんが女子を名前呼び、そしてあの子も真ちゃんを名前呼びしているのだから。しかも当たり前のように。

「名前、俺の汁粉をかえすのだよ」
「え?お汁粉?」
「高尾にもらっただろう」
「高尾?あ、あの子か!あの子が例の高尾くんかあ」
「とにかくかえせ」
「嫌だよ。ていうかあと半分しか残ってないし」

俺の前で繰り広げられる二人の会話。何この二人、すごい仲良いんですけど。それにしても例の高尾くんって、なんであの子が俺のこと知っているんだ。しかも例のとかすごい気になる形容詞付けられているし。俺何も悪いことしてないよな?
そんなことを考える俺を余所に二人の会話、いや口喧嘩はヒートアップしていく。何これ。

「お汁粉はわたしのだもん。高尾くんからもらったし」
「金は俺のだ」
「じゃあ百円返すからそれでいいでしょ」

がさごそと鞄を漁りだすあの子に真ちゃんはそういう問題ではないのだよと眉間の皺を深くする。そんな真ちゃんを見たあの子は何を思ったか、お汁粉の缶を取り、一気に飲み干した。そしてそれを真ちゃんに突き出す。ドヤ顔をきめるあの子に対し、真ちゃんの顔は怒りで放送できないくらいの状態になっていた。押し付けられた空き缶を握る真ちゃん。視線だけで人を殺せそうな勢いに俺の口角は引き攣る。そんな俺に気づいたあの子は俺を見てにこりと笑う。さっきはありがとう、と。美人に微笑まれて幸せだが、真ちゃんの視線が痛すぎて顔が見れない。やばい、嫌な汗がながれ出てくる。

「高尾くんのこと、たまに真太郎から聞いてたよ」
「え、」
「真太郎、かなり癖があるから高校で友達できるか心配だったんだ」

だから高尾くんのことを真太郎から聞いたときはすごく嬉しくて、ついお汁粉の缶を投げそうになったの。
満面の笑みで話してくれるあの子に、真ちゃんが俺のことを話してくれるなんてと少しジーンときた。が、余計に真ちゃんとあの子の関係が想像つかなくなってしまった。それにしてもお汁粉の缶のくだりはスルーすべきなのか分からない。

「なあ、真ちゃん」
「…なんだ」
「この子と真ちゃん、どういう関係?」
「は?」

真ちゃんが真顔で俺を見る。え、何この感じ。高尾、お前知らなかったのかと聞いてくる真ちゃんに知らねえよと言えば、真ちゃんはまた額に皺をよせた。

「俺とこいつは双子だ」
「は?」
「双子だ」
「え?」
「高尾くん、わたしたち双子なんだよ」

わたし、緑間名前っていうの。全然似てない、いやむしろ似てる要素なんて皆無。というか似てるところがあったら逆に教えて欲しいくらいなんだけど、一応真太郎の双子の姉なんだよ。語尾に星が付きそうなくらいのテンションで自己紹介をしてくれる彼女。そこそこ美人なのに変人。なるほどと思った。確かにこの子は真ちゃんと双子にちがいない。全然似てないという彼女だけれど、お汁粉が好きなところとか美人なところとか変人なところとか、似過ぎだと思う。似てないのはテンションだけだ。
真ちゃん、と隣でお汁粉の空き缶を握り潰す真ちゃんを呼べば、なんだと睨まれる。真ちゃんこわーいなんて内心ふざけながらも俺は言う。双子はやっぱ似るんだな、と。すると真ちゃんと目の前の彼女から似てないと鉄拳をくらった。
やっぱ似てる。


緑間姉弟と高尾和成

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