女の子から逃げる自分がひどく情けないと思った。だけど、いつもはくるりとした瞳をキッと睨ませて追い掛けてくる相手は自分の好きな子だからしょうがないと言い聞かせてしまう。
これ以上嫌われたくないという思いからの逃走を彼女は許してはくれず、背後から「こらー!」と高い声で叫ばれて、今日と言う今日は許してもらえそうにないことを俺は悟る。


「みょうじ、目立ってるから静かにしようよ……」

「話の途中なのにそんな態度ですか、忠くん」


いけませんねぇと腕を組んで閉じられた目で頷いてから、またぐっと力を増した。愛らしい一部であった縁取られた睫毛がくっきりと見えるほど近付いてきたみょうじ。肩が触れ合ってしまいそうで身を引いたら、自分の背中が冷えた壁にぶち当たった。
首を傾げて俺を覗き込むみょうじの中に残る一定の隙間にひとまず感謝する。まさかこんな学校の廊下で恋人同士がするような触れ合いはしないだろう。まあ今の、男を壁に押し付ける寸前の女って図も充分目に痛いものだけど。


「また逸らす」

「……うん?」

「山口くん、私のことちゃんと見てる?いつも避けられてるような気がして嫌なんだけど」


そりゃあもう、むしろ君が引いてしまうぐらい見つめているつもりなんだけど。
熱狂的な言葉はとてもじゃないけど口に出せやしない。どんな表情の彼女だって俺の胸の中に焼き付いているのに、それはどれも俺に向けられたものではない。笑った顔や困った顔も可愛いなぁと俺がこっそりシャッターを切った記憶の中の彼女が今、目と鼻の先にいる。
ねえ、と問い掛ける甘い声と柔らかい何かが伝わってきて、俺はまたみょうじから目を離す。言っても直らない俺を良しとしない彼女が唸り、そんな顔も好きだと思う俺は一瞥で仕舞い込む。


「そんなに私と話したくないんだ」

「え」

「もういい。知らない」


意識ばかりしてしまう格好悪い自分は、放っておいてくれない彼女の優しさに寄り掛かっていた。今、みょうじからはすべてを切り捨てる決心が垣間見えたような気がした。二度と話せないかもしれない、そんなのは嫌だ、と俺はみょうじの手を取った。驚いたように振り返った彼女と当然のように見つめ合う。
赤く染まった頬に幻滅されてしまうんじゃないかとか不安や恐怖はもちろんあったが、そんなことよりも彼女の手に触れ、目と目で語り合うこの空気が運命的な何かに感じた。これで告白失敗したら俺はきっと一生笑い者だ。


「好きだよ!」


想いを伝えるつもりなんてなかったから、止まってしまった時を進める方法が分からなかった。きょとんとはちょっと違うけど、呼吸をするだけのみょうじの唇は動かない。


「ずっと前から好きだったんだ。でもみょうじと話すと恥ずかしくなって顔も赤くなるし、どうしても意識しちゃって。この前下の名前で呼び合わないかって言ってくれたときも曖昧にしちゃったけど、俺なんかを気に掛けてくれる意味が分からなくてさ。本当はすごく嬉しかったし、気付いていないと思うけど俺ずっと目で追ってて……あ」


精一杯の気持ちと、理由と、希望と。果ては自分のストーカーのような熱い思いを語り終えた頃、気付けば彼女は下を向いてしまっていた。
ひゃあ。変な悲鳴を上げながらみょうじから一歩距離を置く。まずい、絶対余計なことまで言ってしまった。


「みょうじ……?」

「なまえって呼んでよ。忠くん」

「へ」

「……ごめん、ちょっと待って」


ぼやーっと沸騰しそうになる浮ついた熱も自身の勘違いではないと信じよう。
彼女の肩を掴んで、顔が見たいとか言って上を向かせたい。今一つ踏み出せない俺の手が震えているのを見破るかのようなタイミングで潤んだ目に本格的にノックアウト。ああ、捕らわれている。


「今絶対、変な顔してるから」


真っ赤な頬に添えられたのは誤魔化しで隠すてのひら。もっとちゃんと見せて、って強気な言葉は出て来ないのに、俺はこのときばかりは本能に従うほかなかった。ずっと触れたかった本日二回目のなまえの手に触れて、手中に抑えるべく進み始める。
あのね、私も好きだったと消え入りそうな声だったが、きちんと受け取りました。だけどまだ、満たされないよね。


「俺と話すときは、ちゃんと目を見ましょう」


いつしかなまえから言われた注意を繰り返して、逆転した彼女の反応に喜びを噛み砕く。


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