美人で色っぽい三年生の先輩に、小さくて可愛い一年生。その二人と月島蛍は、いや、烏野高校男子バレーボール部は遠征に行き、さらには今現在、埼玉で合宿をしているのだ。月島蛍から聞いた話によると、関東からいくつかの強豪校が集まっているのだという。かわいいマネージャーもいるのだろう。

「はあ、」

わたしのため息はもっともだ。もう、中学生じゃないのだ。いとも簡単に間違いが起こる。ましてや何日も同じ屋根の下過ごすのだ。何が起こってもおかしくない。可愛げのないわたしより、隣のクラスのあの小さくて可愛いマネージャーは月島蛍のことをよく知っているんじゃないか。わたしは普段滅多に足を踏み入れない第二体育館へ向かった。夏休み、グラウンドで汗を流す野球部の野太いかけ声と、蝉の鳴き声だけがわたしの鼓膜を震わせる。

「意外と、狭いんだ」

ここに入ったのは初めてだ。月島蛍はわたしが練習を見に来ることを決して許さない。覗こうと思ったことはあるが、後々ケンカになっても困る。ちなみに月島蛍は、わたしにいつ合宿から帰るのかを知らせなかった。ここ数日はメールも来ない。

「もう、終わりなのかな」

何も知らせず連絡もなく、わたしのことなんてきっとどうでもいいのだろう。何てことないことで驚くような、怯えるような、あの可愛いマネージャーとよろしくやっているのだろう。会えない日々が愛を育むだなんて、全くもって嘘なのだ。据え膳食わぬは男の恥だともいうし、正直会いたいだのさみしいだのと言わないわたしよりも、反応が大きい新鮮な女の子の方がいいだろう。

「くっ、そ、」

それでも、わたしはまだ終わらせたくない。自分で考えていて涙が出てきそうになる。わたしはぐっと唇を噛んで、迫り来る感情の波を殺す。喉に想いがつっかえてしまって、言葉にも声にもならない。うまく嚥下も吐露も出来ずに、可愛くないわたしは憂鬱なこの時間を、わたしの見たことのない月島蛍がいるこの体育館で過ごすのだ。わたしはその場に座り込んだ。

「け、い、」
「なに」

待ち望んだ声にわたしはばっと振り返る。

「なんでここにいるの」
「け、蛍こそ、なんで、」
「合宿終わって帰ってきたとこ」

着いたらなまえぽい奴が体育館に入って行くのが見えたから。蛍はわたしの前に座り込む。歩いてきたにしては、やけに汗ばんだ彼の額を見つめた。

「走ってきたの」
「うん、ちょっと急いだけど」
「なんで」
「そんなの、」

早く会いたかったからに決まってるでしょ。蛍の言葉にわたしの視界が歪む。やめてよ、そんなこと言われたら我慢出来なくなってしまう。

「メール返してよ」
「ごめん」
「帰って来る日知らなかったよ」
「ごめん」
「ごめん以外にないの」
「うん、ごめん」

ああ、もう終わった。これまでずっと我慢してきたのに涙が溢れ出した。蛍が目を丸くする。まさかわたしが泣くだなんて思っていなかったのだろう。わたしはその反応に耐えきれずにばっと立ち上がって駆け出そうとした。

「なまえ、」

後ろからぐっと身体が熱に包まれる。大きな蛍の顎が頭に乗る。今までこんなことなかった。

「ごめん、」
「謝らないで、よ」
「なまえ、何も言わないから勝手に安心しきってたよ」

我慢してたんだよ、結構。

「でも、それと同じくらい、絶対に妬かないところがさみしかった」

わたしだってさみしかった。

「会いたかったよ、蛍」

素直になればよかっただけなのに。素直にさみしいよ、会いたいよと言えていれば涙を流すこともなかった。強がってばかりいたから、蛍を想ってこんなに憂鬱な時間を過ごしたんだ。

「うん、僕も」
「だいすき」
「僕も、好きだよ」

首に回された腕をぎゅっと握った。ああ、蛍ってそういうことちゃんと言ってくれる人だったんだな。今更になってそんなことを思って目を閉じると、涙が頬を伝った。自分を卑下して他人を羨んだあの憂鬱な時間も、今、蛍がそばにいてくれるのならそれもよかったんじゃないかと思う。わたしは彼の身体がゆっくりと離れるのを感じて、くるりと振り返る。

「泣くなよ不細工」
「泣かせるなよ性悪男」
「そんな不細工が好きなんだけどね」
「もう、」

わたしはもう一度彼の胸に飛び込んだ。優しく包んでくれる、この性悪男がわたしはどうしようもなく好きなんだ、なんて思って自分で恥ずかしくなった。この憂鬱な時間も、君との愛を育むためのものだったのだと思えば、


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