浮かぶのが見えた。
目の前の女子は俺が食べているものと同じメーカーの棒付きキャンデーをくわえていて、なんだか奇遇に感じる。
こんな風に相手を急速に親密に感じる瞬間は珍しくない。
こんな風に浮いていれば尚更。
ふよふよ宙を漂う彼女がスカートを押さえながら目を白黒させて、俺を見た。


「へえ、お前も浮かべるんだな」

「…お前、も?」


引っかかったのか、首を傾げる姿に頷いて、少しだけ足を地面から浮かせると女子の顔がぱっと明るくなる。
俺の今の気分と同じ。
仲間を見つけた時の高揚感。
その証拠に、無意識でくるりと一回転した彼女は再び俺の鼻先で漂っている。


「よかったぁ。話には聞いてたけど、浮かぶのって初めてで」

「まあ、みんな一番最初以外は基本的に人前じゃ浮かばないからな。あ、つっかえたら危ないから飴は持っとけよ」


素直に笑った彼女はカリカリ、と飴を噛み砕いて食べてしまった。
俺もつられて小さくなったそれを噛んで飲み込む。
残った棒は近くのゴミ入れに投げた。
目の前でまた回りそうだったので、手を掴んでやる。


「…で、これ、どうやって降りればいいの」

「初めは浮遊が安定しないからな。思いっきり浮かんだ後で降りた方がいいぜ」


行くか、と呟いて自分もふわりと浮いた。
二回目からはこうして意思通りに浮かべるだろうと教えると、彼女は嬉しそうだった。
ゆっくり上昇して屋上を目指す。
「飛ぶ」という感覚とはまた違う。
風に流されないように上手くやるのが意外と難しいんだ。


「よ…っと」

「屋上?」

「今の時間なら人居ないだろうと思ってな」


俺がすとんと着地をしても、手を繋いだ先の彼女は風船のように不安定に揺れている。
そっと手を離して、慌てる彼女がまた流されない内に目の前でパン!と手を合わせた。
身体をびくつかせた彼女は驚き顔のまま屋上へ落ちてきて、尻餅をつく。


「いたた」

「驚くと気を張ってるのが緩むんだよ。近くに誰かが居ないと頼めない方法だけどな」

「あ、ありがとう…自分で調べたの?」

「いや、俺も教えてもらった」


あいつにそんな気はなかったんだろうけど。
それから俺たちは座り込んで話をした。
俺が初めて浮かんだ時、やっぱり屋上まで来てしまって、そこでは部活仲間が授業をサボっていた。
そのまま上昇していく俺を見てとっさに腕を掴んでくれたけど、降り方はどちらにも分からなくて。
そいつが吹いていたシャボン玉が目の前でぱちんと割れた時にようやく降りられた。


「浮かばない人に見られたの?」

「ああ、あいつは浮かばない。でも空気に色が付いて見えるって言ってたな」

「へえ」


元から不思議な雰囲気の奴だったけど、それから互いの秘密を共有し合った。
何か力のことで困れば、自然と相手を助けるのが今では当たり前だ。
俺が話をする間、彼女は終始楽しそうに笑っていた。


「いいねぇ、友情!」

「なんで羨ましがってんの?」

「え?」

「俺、お前ともそういう仲になりつつあんだけど」


自分と相手を交互に指差して言えば、やった!と声が上がる。
携帯を開いてみれば昼休み終了間近だった。
そろそろ戻るか、と扉に近付いて引いてみるがびくともしない。


「…鍵、閉まってら」

「えっ」

「しょーがねぇな、浮かんで降りるか」

「うん!」


もう彼女は自由に浮かべるだろうに、気付けばその手を握って、屋上の柵を蹴っていた。


20100707
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