俺には好きな人が居るけれど、恥ずかしいことにまだ姿を見たことがない。 俺の家の向かいの、一軒家に住む彼女が外に出てこないからだ。 俗に言う引きこもり、なのだと思う。 恐らく年上である彼女がなぜ引きこもっているのか、どうやって生活資金を作っているかは知らない。 知らないことだらけのようで、毎日必ず二回、俺は彼女を見かける。 見かけるといっても、肘から手までの部分だけだ。 朝、彼女は近所の誰より早く雨戸を開ける。 最初は、朝練で特に早く起きた時に偶然見かけた。 カラカラと控えめな音がして、カーテンの隙間から覗いてみると俺の家に面した雨戸を彼女がゆっくり開けていた。 あまり音を立てないのはまだ寝ている近所に配慮してのことだろう。 白くて、日に焼けてない腕がそろりそろりと動いていた。 気付けば俺は彼女の腕一つに見惚れていて、その時から惹かれていたんだと思う。 閉めるところは、これまた部活で帰りが一層遅い時に見かけた。 雨戸を閉めようと思い立った頃にはいつも深夜らしく、夜でもやっぱりそろりそろりと閉めていた。 夜の闇に浮かび上がるように、月光に照らされた腕は一際白かった。 彼女はきちんとした性格のようで、洗濯物はいつも周りが気付かない内に風に揺れているし、休日には淡い色合いの布団も干されている。 人目を盗んで生活する彼女には好意と共に好奇心も湧き上がっていった。 綺麗好きな引きこもりなんて、と笑ったけれどこの考えはこっち側に居る俺の偏見かもしれないから、早々に打ち消した。 彼女はどんな姿で、どんな声で、どんな風に動くのだろう。 そればかりが気になって、目を閉じれば青白い腕が浮かび上がる。 毎朝と毎晩に見かける腕は相変わらず細くて健康的には見えなかった。 ふと思いついた考えを、俺は実行することにした。 悪戯を考える子供の気分で、俺はとても朝早くに目を覚ました。 手早く制服を着て、音を立てないように外へ出る。 季節の関係なく、静まり返って涼やかな空気をすう、と吸い込む。 しばらく待っていると、普段なら聞き逃すような小さい、カチリという音がした。 来た。 回り込むようにして、少し気が引けるものの彼女の家の敷地内に入る。 白い手がふらふら動いて、雨戸に手を掛けた。 わざと顔を出さないようにするからそんなに開けにくいんだよ、と言う代わりに足下の靴がざり、と鳴った。 びくりと強張って引っ込もうとした腕を掴む。 ここまでは計画通り。 引き寄せると、彼女の上半身が外気にさらけ出されて、一つ身震いをしていた。 久しぶりの日の光はどんな気持ち? 「ようやく会えたね。初めまして」 さて、彼女はどんな声で俺に話し掛けてくれるだろうか。 20100623 |